Black7.おめでとう! くろのは じんがいに しんかした!
長くなりました……。
あと、ちょっとはっちゃけてるかもしれません。黒乃が。
図書館の横にある、ハンナの自室にて私と野渡君はお茶をご馳走になっていた。
そこで私はここ数日間であったことを話す。
封印された宝物庫のこと、【黒姫】のこと、魔剣アストリッドのこと、オイゲンさんのこと、そして私が【黒姫】に選ばれてしまったこと、何故かオイゲンさん……もとい、オイゲン師匠の元で厳しい訓練を行っていること。
といっても、数日のうちにグレゴールさんが言いふらしたせいで二人ともとっくに知っていたのだけれども。
……やっぱり、あの時グレゴールさんの頭を殴って記憶を飛ばしておくべきだった。後悔先に立たず。
ハンナは「驚きはしたけど、それでクロノさんが変わるわけじゃないでしょう」と言ってくれた。
……ほんとにこの子は……救いようの無いドジだけがなければ、ほんと完璧なのに。
野渡君は私と腰にぶら下がっているアストリッドを交互に見て、そして渋い表情をしてこう言った。
「灰澤……ついに人外と化してしまうとは」
「メガネごと存在消されたい?」
他人事だと思いやがって、ていうか誰が「人外」だ。
確かにここ数日間の訓練で、大の男を数人投げ飛ばすまでには成長したけど、私はまだかよわい十六歳の少女だ。
なのに「人外」呼ばわりされるなんて……非常に心外である。
ぎろり、と力いっぱい睨みつけると、野渡君はゆっくりと私から目を逸らして横にいるハンナに話しかける。
「そういえば【黒姫】以外の【戦士】達の伝承はないのか?」
「そうですね……例えば【奏者】とか」
「奏者?」
はい、とハンナは頷くと本棚から一冊の本を取り出した。
少し古ぼけてはいるが……保存状態がいいのか、青色の表紙がとても美しい。
ハンナはその本を机に置いて、話し始める。
「これは【奏者】についての伝承が書かれた本です。ちなみに一冊しか存在しないかなり貴重な本でして、何でも先々々々々々代の皇帝様が伝説の魔術師から直接賜ったものらしく……」
「……とりあえず先に『奏者』について説明してくれるかな?」
「あっ、それもそうですね。えっと、まず【奏者】というのは……」
ハンナが話し始めた【奏者】の話は、大まかに説明するとこんな感じだ。
【奏者】とは異世界から召喚された五人のうち、一番冷静だったと言われている【精霊使い】のこと。
普通の精霊はもちろん、それを統べる【大精霊】まで使役できるほどの魔力と精神力を持っていた……らしい。
奏者、奏者ねぇ……。
戦士の【遺物】であるアストリッドなら何か知ってるかも。
「アストリッド、奏者って知ってる?」
『……ええ、知っておりますわ。知っておりますとも』
あれ、なんか機嫌悪い?
アストリッドはしばらく小声でブツブツ言っていたと思ったら、突然
『……あぁああああ! あの嫌味杖めぇええええ! 声を思い出すだけでも腹が立つぅううううう!』
と叫びだした。
きーん、と頭の中にアストリッドの声が響く。かなりうるさい。
その叫び声に耐え切れず、思わず私は……
「うらぁっ!」
力いっぱい、アストリッドを床に突き刺した。
どすり、と剣は刃の根元まで床に突き刺さる。……これも修行の成果か。
そのままアストリッドの叫び声は小さくなり、聞こえなくなった。
代わりに、何やら艶めかしいため息が頭の中に響くが……聞こえなかったことにしよう。
「……く、クロノさん?」
ハンナの戸惑っている声が聞こえる。……ああ、しまった。ここはハンナの自室だった。
私は顔を上げるとにこり、と微笑み、
「ごめんねー、私の剣がハンナの部屋の床に穴開けちゃって」
と、謝った。
「いや、やったのは君だろう」
野渡君の容赦ないツッコミが入るが、私はそれをぎろ、と睨んで黙らせる。
野渡君は一瞬びくっ、として咳払いをした後に私から目を逸らした。
「あ、あの別に……気にしてませんから」
そう言って微笑むハンナ。笑顔がちょっと引き攣ってるのは気のせい……じゃないな、うん。
「言っておくけど、わざとじゃないんだよ? いきなりこいつが大声で叫ぶもんだからびっくりしちゃって」
「剣が……叫ぶ、のか? 僕達には聞こえなかったが」
「えと、【遺物】は持ち主である【戦士】とだけ言葉を交わすことが出来るそうです」
「なるほど……テレパシーのようなものか」
「そこまで便利じゃないけどね」
そう言いながら、私はアストリッドを引き抜いた。 とたんに、アストリッドは大声でわたしに抗議する。
『んもう、主様ったら! 突然なんですの? サプライズ? 嬉しいですけれど、わたくしにも心の準備というものが……』
どすり。
私は、もう一度アストリッドを床に突き刺した。
***
あの後、私は訓練の予定があったので、私達は早々にお茶会を切り上げた。
野渡君は、結局ほとんど内容が読めなかった「奏者」について書かれた本が気になったのか、ちゃっかりハンナから借りていた。
そんな貴重な本を軽々しく貸していいのか、とも思ったが……まぁ、野渡君だから大丈夫だろう。
途中の道で野渡君と別れ、私は修練場への道をひたすらに歩いていた。
アストリッドは先ほど、床に力いっぱい突き刺した衝撃で気絶しているので静かなものだ。
久しぶりにこの変態剣のセクハラ猥談から解放されたなぁ……今度からはお仕置きは床に突き刺すことにしようかな。うるさくないし。
そんなことを考えながら歩いていると、途中で見知った顔を見つける――ルキだった。
あの日、一緒に宝物庫に忍び込んだとき以来に見かけるその姿。
私は思わず、ルキに声をかけようとした――その瞬間。
「何をしとるか」
と、突然現れた師匠に捕獲された。
………………
「なんでいるの師匠!?」
「お前がいつまでたっても来ないから探しに来たんだろうが」
「え、もうそんな時間でしたっけ?」
私がそう言うと、師匠は呆れた顔でため息を吐いた。
そして、苦々しい顔で口を開く。
「……一時間だ。一時間経った」
「何がですか?」
「……訓練の予定時間からだ!」
「へ?」
どうやら、私は時間を間違えていたらしい。
その証拠に、目の前の師匠は怒った表情をしている。
………………。
「すみませんでした!」
私は素早く土下座をした。その速さたるや、上手くいけば世界記録なんじゃねぇの? くらいの速さだった……と思う。
しかし目の前の鬼……もとい、オイゲン師匠には通じない。
師匠は怒鳴りもせず……ただ、
「……言いたいことはそれだけか?」
と、静かにものすごい威圧感と怒りを私にぶつけてくるだけだ。痛い! 威圧感のアタックがどかどかと私を襲ってくるー!
まぁ、そんな冗談を言っている場合じゃないワケで……。
今の師匠はひたすらに怖い。
このままでは、鍛練場についた途端に地獄の訓練が始まってしまう。下手したら死ぬかもしれない。
確かに時間を間違えた私が悪いです。悪いけど!
お願いです勘弁してください私まだ死にたくないよー!
「何をごねている。早く行くぞ」
「師匠、私お腹痛いです! お腹めっちゃ痛い! だから今日の訓練は休みます!」
「さっきまでピンピンしていただろう」
師匠はそう冷たく言うと、座り込んだ私の腕をつかんでずりずりと引き摺ろうとした。
その時、
「……クロノ?」
聞き覚えのある声がした。
それは、先ほど私が声をかけようとしていたルキのもので。
顔を上げると、そこには不思議そうに私達を見つめるルキの姿があった。
「ルキ……」
「クロノ、一体どうし――」
「助けてぇえええええええ!」
私はそう叫ぶと、師匠の手を振り払ってルキへと一直線。
そしてがっちりと抱きついた。
「く、クロノどうしたの? 何かあった……とうさん?」
「ルキ聞いてよぉ! 私これから殺されるかもしれな……へ、とうさん?」
思わず顔を上げると、そこにはきょとんとした顔で前を見つめるルキの姿が。
振り返り、ルキの視線の先を辿れば……そこには渋い顔したオイゲン師匠の姿が。
「ルキか……」
「とうさん、こんなところで何してるの?」
「それはこちらの台詞だ。お前、また何もせずにふらふらと……」
なんだなんだ、一体どういうことだ?
驚く私をのけ者に、二人は会話を交わす。
「別に、ふらふらはしてないよ」
「目的もなくただ城内を歩いているだけなら、ふらふらしとるのと一緒だ。聞けば、また最近になって訓練をサボっているらしいな?」
「サボってるワケじゃないよ、兵士達と走って足腰の訓練だよ」
「それを逃げているというんだ! やはりサボっていたんだな!?」
師匠はルキに向かって怒鳴った。
しかしルキはそんなのどこ吹く風で、へらへらと笑いながら聞き流している。
さて、ここで私は意を決して、先ほどから抱いている疑問をぶつけようと思う。
私はびしぃっ、と元気いっぱいに手を挙げた。
二人の視線がこちらに向く。
そして私は大きな声で、
「あの! おとうさんってどういうことですか?」
***
「親子!? 言葉の通りに!? 嘘ですよね!?」
思わず私はそう叫んでいた。
……でも、それくらいに衝撃的だったんだ。
まさか……まさかルキとオイゲン師匠が親子だったなんて!
「そこまで驚くな! 養子だ、養子」
「へ、養子?」
私がそう聞き返すと、二人は同時に頷いた。
「そうだ、ただそれだけの話だ」
師匠はちょっとうんざりした顔で答える。
「でも俺と父さん、種族も家名も違うから……すぐ分かると思うけど」
「そりゃそうだけど……」
……それでも十分驚く。
こんなにおっとりなルキが、こんなにも厳しい師匠の息子だなんて……!
「ありえないにも程がある!」
「……聞こえているぞ」
「すみませんでした」
とりあえず土下座をして謝っておいた。プライド? そんなモンとっくに砂になって恐怖という名前の風に吹き飛ばされてしまったよ。
……おいこら、そこの天使と悪魔のハーフとかいうとってもファンタジーな種族ことルキ。へらへら笑うな。
「ごめんねー。……でも、どうしてクロノは父さんから逃げてたの?」
「こいつが訓練をサボったからだ」
違います誤解です時間間違えただけなんです師匠! ……と、弁論する暇も与えてくれず、師匠は私を睨みつけた。
「訓練? ……あー、【黒姫】だから?」
「そうだ。お前の耳にも届いていたか」
「うん。グレゴールさんとか、騎士団の人達がいろいろ言いまわってたよ」
おのれグレゴールさん&騎士団の人達! 私の知らない場所で変な布教活動やってんじゃねぇよ!
……と、ルキの話に多少憤慨する。
ていうか、私まだ【黒姫】やるって言ってないのに……っは! まさかこれはグレゴールさんの計画的な何か……!?
【黒姫】だと判明した私を、さっさと私が逆らえない人種であろうオイゲン師匠のところへと連れて行き、無理やり厳しい訓練を受けさせる。
そして自分はできるだけその事実を噂を広める為に周りの人々に私が【黒姫】だと言いふらし、そしてどんどん私が【黒姫】の役割を受け入れ得ざるしかない状況を作る為に……!?
っく……なんて恐ろしい計画なの……? グレゴールさん……恐ろしい人……。
でもまぁ、今さら何言ってもしょうがないしね。オイゲン師匠にも逆らえないしね。オイゲン師匠もグレゴールさんには弱いみたいだしね。グレゴールさん>オイゲン師匠>>>>>超えられない壁>>>私ですよ。
と、ここで私は現実に思考を戻す。
そういえば私……オイゲン師匠の地獄の訓練から逃げ出そうとして、ルキに声をかけたんじゃなかったっけ。
しかしそのオイゲン師匠は今、ルキとの会話に気を取られているようだ。
……まさか、これはチャンスじゃないの?
私はゆっくりとバレないように二人から離れ、
「それじゃ私はこれで……」
と、さりげなくその場を離れようとした。
しかし。
「待て、どこへ行く気だ」
がしり、と師匠に肩をつかまれる。
その声は、ひどく低いもので……私は全身から血の気が引くのを感じた。
「い、いやあの……ちょっと急用を思い出しまして、」
「ほう。その急用は一時間もすっぽかした訓練よりも大事なのだろうな?」
「えっと、その……」
「………………」
なんだろう、心なしか「ゴゴゴゴゴ……!」的な効果音が聞こえてくる気がする……!
そのすさまじい威圧感に、私は何も言えなくなった。
「……今日の訓練、楽しみにしているのだな」
そして死刑宣告。
私は、できれば決めたくなかった覚悟を決めた。
***
私はゆっくりとドアノブを回し、そのまま足を引きずるように部屋に入る。
「おかえ――……は、灰澤? 一体どうしたんだ」
お茶会の後に別れた時とは明らかに雰囲気の違うであろう私に、野渡君は戸惑った様子だ。
しかし、今の私にそれを説明する気力はない。
私はおぼつかない足取りで自分の寝室まで向かうと、ベッドにぼふり、と音を立てて倒れこんだ。
そして「あ~……」と死人のような声を絞り出す。
もう……なんだろう。肉体的にも精神的にもボロボロだ。もうピクリとも動きたくねぇ。呼吸するのも疲れる。
「いや、呼吸をしないとダメだ。死ぬぞ」
「心読まないでよー……肘の部分つねるぞー……」
「……相当まいってるみたいだな。水でも飲むか?」
心配してくれたのか野渡君が、水差しとコップを載せたおぼんを持って入ってきた。
上品なデザインのガラスの水差しに入った水がきらきらと光り、とても綺麗だ。
「飲む……」
「ん、ほら」
野渡君が適度な量の水をコップに注ぎ、私に差し出してくる。
ゆっくりとした動作でそれを受け取り、コップを口に運ぶ。
かなり喉が渇いてみたいだ。私は一気にコップを空にした。
「おかわり」
「君は……まぁ、いい。ほら」
野渡君がもう一度次いでくれた水を、今度は勢いよく飲む。
「戦士の……【黒姫】の修行は、そんなにきついものなのか?」
そして突然の野渡君の質問。
それに少し驚くが、私は空になったコップをおぼんに戻して答える。
「いや、今日は特に」
それに今日は私のほうが悪かった。悪かった、けど……
そりゃ、さすがに私でも時間を間違えたことは素直に反省してますよ。逃げようとしたけど。
でもさ……さすがに五時間休憩なしぶっ続けで騎士団相手の連続組み手はおかしくね……!? しかも最後はオイゲン師匠と手加減なしのタイマン勝負とか。
そしてそれを見事耐え抜いた私はもはや本当に「人外」ですね、わかります。さすがにボロボロだけどねー!
途中で気がついたアストリッドも焦ってたよ。そして今度は疲労で気絶してるよ。……静かだからいいけど。
まぁ、ここら辺は野渡君に愚痴ってもしょうがないから黙っておくけど。
「……んで、野渡君は読書進んだ?」
それ、と私は野渡君が抱えている本を指差す。
戦士の一人――【奏者】についての伝承が書かれた本。
「ああ、なかなかおもしろくて興味深い。童話の観点からと、歴史からの観点。その二つを交えながらの説明と、時折入る著者自身の考察が……」
「うん、わかったから。私にはあまりよく理解できないことが」
そう言って無理やり野渡君の説明を打ち切る。
自分の意見を遮られるのを嫌う彼は、一瞬だけ不満げな表情をしたが、私が疲れていることを考慮したのかあっさりと引き下がった。
「とりあえず、すごく貴重な本なんだよね?」
「ああ。戦士について詳しく記述されている本は、現存のものではこれしかこの国にないそうだ」
野渡君は青い表紙を眺めながらそう言った。
……どうやら相当お気に召したみたいだね。野渡君が一冊の本をこんなに気に入るのも珍しいな。
そう思っていると、野渡君は突然「そういえば」と私に目を向けた。
「少しだけだが他の【戦士】に関する記述もあったんだ」
「え、どこに?」
「ああ、確か――……」
野渡君がそう言いながら本を開くと、突然本から白い光の球がぶわりと溢れ出した。
「うわっ!?」
野渡君は驚き、本を落とす。
おいおい、貴重なものなのにそんなことしちゃっていいのかい? と考える暇もなく……本は開いたまま。そして本から光の球が溢れるのも止まらない。
戸惑う野渡君。思わず固まってしまった私。
光の球はふよふよと浮き出し、何かを探すように右往左往。
そして、何を思ったのか野渡君に向かって一直線……ってえぇ!?
「な、なんだ!?」
パニックになる野渡君をよそに、光の球達は野渡君の体に纏わりつく。
そしてくるくると回ったり、野渡君の体に擦り寄ったりしている。
それはまるで……
「……喜んでるみたいだね?」
「はぁ!? なんで!」
「……野渡君に懐いてるんじゃない?」
「だからなんで!」
野渡君は必死に「やめろ」と叫びながら、光の球達を振り払う。
しかし、光の球達はそれに構うことなくひたすら野渡君にくっ付いている。
その様子に、野渡君はますます混乱している。
そんな野渡君をよそに、私はまるで他人事のようにこの状況を傍観中。……まぁ、実際に他人事か。
ふと、本のほうに目を向けると光の球が溢れ出す勢いが弱まっていた。
しかし、代わりに淡く青い光が本を包んでいる。
え、何? 何が起ころうとしてんの?
「野渡君、何か本が光ってるんだけどー」
「は!? 一体何が起こって――……」
野渡君は慌てて本を拾い上げる。
と同時に、光が強さを増し――……
「うわっ!」
突然、本から何かが飛び出した。
そして【それ】は、野渡君の前へと移動し、ふよふよと浮かんでいる。
「な、なんだ……これは……」
「……杖、じゃない?」
そう。
本から飛び出したのは、繊細な宝飾が施された……青い、杖だったのだ。