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雪解け(雪女×少年)

 毎年冬の終わりには珍客がやって来る。


 名残雪が降り始めると、雪女がコンコンと窓をたたいて早く中へ入れろとせっついてくる。

 そう、冬の終わりの珍客とは雪女のことなのだ。

 春も近づき今季の命も尽きる頃、彼女は毎年冬哉のもとにやってきては半分溶けながらコタツに入り、ミカンを食べては文句を言いつつ消えていく。

 変な妖怪だな。冬哉は最初そう思ったが、けれど何故だか気に入ってしまい、毎年家に招き入れている。雪女、といっても人を凍らせたりはしない。前に聞いたらそう言うのは趣味じゃないのだと言っていた。

 雪女との逢瀬は短い。彼女は雪だからだ。コタツで温まるうちに溶けてしまう。

 けれど彼女自身はこれまた変わったことに寒がりだそうで、冬の終わりくらいコタツで温まりたいとこぼしていた。どうせ春がきて雪解けが始まったら自分も一緒に溶けるんだから、いまここでそうなっても大差ないことだ。彼女はそういって笑う。

 短い時間に、二人は他愛ない会話をしたり、ときにはただ二人じっとしていることもあった。せっかく一年に一度の逢瀬なのだから、もっと色々話せばいいのに、けれど長年連れ添った友か夫婦のように二人はただ穏やかにその時を過ごした。

 ゆっくりゆっくり流れていく時間。雪女はゆっくりゆっくり溶けていった。

 雪女には名前があった。雪女はみな一様に雪女という名前かと思ったら、どうやら人間と同じで個々を識別する名前があるらしい。どんな名前かあててみろ、というので、冬哉は雪とか雪子とかと答えたら、ナンセンスだ、といってみかんをぶつけられた。


 私の名前はサクラ。

 すてきな名前でしょう。


 そういって彼女が笑った時、冬哉は彼女のことをやっぱり変な雪女だと再確認した。寒がりで、コタツが好きで、名前はサクラだなんて。まるで人のよう。

 思ったままにそう伝えると、雪女はきょとんとした表情でだってあたし元は人間だもの、なんて重大な情報をあっさり暴露した。

 驚く冬哉をよそに雪女はやっぱり笑って人間だった頃のことを話し出した。

 彼女は冬哉同様この町に住む普通の女の子だったらしい。黒髪を腰のあたりまで靡かせて、白い肌に色づいた頬がそりゃもう愛らしかったのよ、と彼女は話す。

 今でも彼女の長い黒髪や白い肌は美しいけれど、色づいた頬だけが欠けているのが、冬哉は少しばかり残念な気がした。彼女は本当に、それこそ雪のように真っ白なのだ。死んだ瞬間時間を止めてしまったように、体温の感じられない体。

 美しいと評判だった彼女は、けれど恐ろしく体が弱かった。季節の変わり目は必ず風邪を引き、家の外に出たことも数えるほどしかなかったらしい。医者は20歳まで生きることはできないだろうといい、両親たちはそれを悲しんだ。

 ある雪の日、彼女は雪女に出会った。ひどく美しく儚げな雪女だった。彼女はその日も熱を出し、寝込んでいたのだが、なんとか布団から起き出して、庭にたたずむその雪女のほうに近寄ってみた。


 「そこでなにをしているの?」


 縁側に座ってそう尋ねると、雪を見てるの、と答えが返ってきた。


 「楽しい?」

 「まあまあ」


 こんな会話をポツリポツリと交わしているうちに、雪が止み、雲間から太陽が差し始めた。


 「そろそろ行かなくちゃ」


 雪女は言った。


 「どこへ?」

 「雪のあるところ、雪が降るところ」

 「私もいっていい?」


 なぜかサクラはそう聞いていた。

 寒いのは嫌い。雪も、降る度に熱が上がるから嫌い。でも、どこへも行けず、このまま一人寂しく死んでいくのはもっと嫌だ。


 そして彼女は、雪女になった。


 幾年月を超えて冬の間だけを生きる。雪の降るところならどこへでもいける。見たことのない風景。行ったことのない場所。あの時あのまま死んでしまったら、出逢えなかったものたちに逢える。

 けれど、目に映る風景はいつもいつも真っ白な雪景色ばかり。春になれば溶けてしまう体。自分の名前の由来でもある桜はもう二度とその花が咲いているのを見ることはできない。


 気づけばいつも凍えている。

 気づけばいつもひとりぼっちだ。

 切ない。寂しい。悲しい。


 そんな思いを抱えつつ、数え切れない冬を越えてきた。

 そしてある日、冬哉に出会った。あの日、雪女に会った自分のように、冬哉は庭にたたずむサクラに声をかけた。


 「なにしてるの」

 「雪、見てる」

 「面白い?」

 「まあまあつまらない」

 「なんだそれ。ねえ、寒くないの?」

 「寒い」

 「中、入る?コタツあるけど」


 雪女にコタツあるよ、なんて変な招き文句よねぇ、なんて彼女は笑った。けれど、それで招かれる雪女も相当可笑しな雪女だ。

 話をしている間にも、大分温まってしまったのか、ミカンをつまむ彼女の指はぐずぐずに溶けていた。あら、そろそろかしらねぇ、彼女は指が完全に崩れ落ちる前に残りのミカンを口に頬張った。

 もごもごと口を動かしつつも溶けていく彼女を冬哉はなんとなく引き止めようとした。けれど彼女は冬哉が何かいう前ににこりと笑って、また来年ねと言って消えた。

 今年も冬哉はコタツにミカンを用意して、風変わりな雪女の訪れを待っている。

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