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めぐりあい(前世もの。再会したはいいけど、旦那様が変態でした)

 ピンポーン

 軽快な音を立てて玄関の呼び鈴が鳴る。部屋の主がこんなにも憂鬱な気分でいるというのに、客人を出迎えるべきか、はたまた居留守を使うべきか、悩んでいる間にも呼び鈴はまたピンポーンと音を響かせた。

「……」

 それでもまだ悩んでいると、今度は呼び鈴とともに男性特有の低い声で呼びかけられる。

頼子よりこさーん、いないんですかー」

 いない。と、答えられたらどんなにいいか。

 その後似たような呼びかけが二度三度続き、さすがにこのままでは近所迷惑になりかねないと思った頼子はついに重たい腰を上げた。

「なんだ、いるんじゃないですか」

 玄関を開けた途端に軽くなじられる。

 出るか、出まいか迷っていたのよ。

 こちらとは正反対に無邪気な笑みを浮かべる人をジトと睨みつけ、渋々彼を部屋へと迎え入れる。

「どうぞ」

「お邪魔します」

 言って、靴をそろえて家に上がる。

 一般的な1LDK。築十年もたっていないので、内装・外装はそれなりに綺麗であるものの、やはり一八〇はあろう男性がこの部屋にいると改めてその狭さを実感する。


 彼の名前は瀬名幸也せなゆきや。初めて私たちが会ったのはつい最近、なんと三日前のことである。しかもその初対面時、私はほとんどUターンでその場を後にし、彼とは知り合いともいえぬほとんど他人の間柄を保持している。――のだが、そのほとんど他人の彼がどうして我が家を訪れているのか。

 それは二人の過去に遡る。といっても数年、数十年前の過去ではない。こういうとおかしく思われるかもしれないが――というか、誰しもがおかしく思うだろうが――私たちの出会いは、二人が今の二人――瀬名幸也、そして石沢いしざわ頼子として生まれるよりも昔、前世へと遡る。なんとも信じがたい話ではあるが、どうやら私たちは前世で夫婦であったらしいのだ。


「瀬名さん、お茶飲みますか?」

 部屋に上がった後、物珍しげにあたりを見回す人へ、いい加減興味をそらさせようと声をかける。

 瀬名幸也は、けれど視線は相変わらず辺りへ向けたまま「ああ、いただきます。コーヒーか紅茶はありますか? あるならば、それで」とぬかした。

 その後、お望みどおりコーヒーを入れて戻る。インスタントだが、仕方がない。なにか文句を言ったらはりたおしてやろうと思う。


「お待たせしました」

 二人前のコーヒーを盆に載せて戻ると、瀬名幸也はようやく部屋の観察を終えたらしく、今度はカップを差し出す私の顔をじっと見る。

「……なんですか」

 不機嫌を隠しもせずに低い声で問いかける。

 と、彼は何故か嬉しそうに顔を綻ばせる。

「いや、一切の面影がないと思っていましたが、そのような顔をすると、やはり彼女を思い出します」

 喧嘩を売っているのだろうか。

「瀬名さんは、面影はありますが性格は大分変わられたようですね」

「そう思いますか」

「ええ」

「まあ、彼はあまり思ったことを口に出すタイプではありませんでしたから」

 嫌味を言えば、嫌味で返される。


 正直に言えば、彼とは二度と会いたくなかった。前世で私たちは夫婦だったけど、その結婚は、成金の大商人が金に物を言わせ、落ちぶれた貴族の青年を己の娘の婿とした、いわゆる政略結婚であった(ちなみに、言うまでも無く成金の娘は私で、その我がまま娘と無理矢理結婚させられた貴族の青年というのが、彼だ)。


 小さい頃から何でも買い与えられて育った我がまま娘がある時、とある貴族の青年に恋をして、彼の家の借金を肩代わりする代わりに自分との結婚を迫る。

 ある意味王道。

 けれど、された本人からすればなんとも傍迷惑な話である。

 しかも、その傍迷惑加減は結婚時それだけではおさまらない。

 結婚生活中もアレが気に入らない、コレが気に入らない、なんで貧乏人となんか結婚してしまったのかしら、あなたは顔くらいしか取り柄がないのだからせいぜい妻の機嫌を損ねないようにね……等々。

 前世と知っていても、思わず頼子自身ドン引いてしまいそうな言動をし続けた挙句、長男――といっても正確に誰の子ともしれない子を生み落としその自分勝手な生を終えた。


 きっと、彼は彼女(前世の頼子)のことを恨んでいる。

 だから三日前再会したとき、真っ青な顔で逃亡した頼子を、どんな情報網を使ったのかたった三日で見つけ出し、こうして家まで押しかけるほどの執念をみせたのだろう。

 ――こ、怖い。これから一体何をされるのか。

 内心、心臓バクバクでコーヒーを啜る。

 転生後、すっかり小市民として生まれ変わった頼子は、それゆえに前世の自分が犯した罪の重さがいやと言うほど分かる。前世の名残かビクビクと怯えながらも虚勢を張ってしまうのだが、気分は刑の執行を待つ死刑囚のようだ。


「そういえば頼子さん、ご両親は同じ市内にお住まいなんですよね」

 先ほどのように部屋の中をぐるりと見回して何気なく言う。

 こちらが話していない(勿論、話すつもりもない)情報を何故貴方が知っているか。おそらく、いとも簡単に頼子の住所を突き止めた際と同じ手腕だろうが、恐ろしすぎて聞くこともできない。

「……そうですけど」

 頼子は相変わらず不機嫌なままの顔で答える。

「大学もご実家から通える範囲内だとか、どうしてわざわざ一人暮らしを?」

「……」

 大学、実家ともに把握済みときた。

「わ、我が家の教育方針で。学生の内に一度は一人暮らしを体験しておきなさいと、父が。……ちなみに、瀬名さんは今なにを? 社会人ですよね、ご結婚とかは? ご両親は? ご自宅はどこに?」

 こちらばかりが情報を明かしていて溜まるか。すこしでも反撃できるネタはないか。頼子は思い当たるだけ質問を投げてみた。

「僕ですか? 勿論、社会人です。ああ、まだ歳も言っていませんでしたね。あなたの七つ上で今年二十八になります。仕事はA商事に勤めています。両親は健在、瀬名製薬って聞いたことありますか? 父はそこの会長を、母は専業主婦です。実家は東京、僕は会社の近くのマンションに一人で住んでいます。結婚はまだ、ちなみに恋人もいませんのでご安心を」

 最後の意味不明な言葉まで全て一息に言い切った瀬名幸也は、どこか嬉々とした様子で「他に聞きたいことは?」と更なる質問を促した。

「……」

「ちなみに、誕生日は十月十日。覚えやすいでしょう」

 若干引き気味の頼子に、瀬名はまだ聞いてもいないのに自分から言葉を継ぎ足した。

 別に覚える気なんてありませんから。

「貴方の誕生日は確か八月の五日でしたか。よろしければなにか贈物を?」

「い、いや結構です」

 ぎこちなく首を振ると、彼は珍しいものでもみるように口に手を当て、首をかしげた。

「……なんですか」

「いや、前世の貴方ならば『なにか贈物を』と聞けば、いや聞かずともドレス数着、アクセサリーを数セット、香水をいくつかねだられたものですから」

 ……だから、嫌味ですか。

「やはり、生まれ変わりとはいっても別人なのですね」

 ――何故か、寂しそうに言う。


 瀬名幸也の前世は、とても優しい人だった。

 薄茶色の髪と、穏やかな緑色の瞳。落ちぶれてはいたけれど、遡ればその血筋は王室へとつながる由緒正しい血筋で、彼の父の代で事業に失敗し、急激に傾き始めた。

 我がまま娘との出会いはその失敗した事業を通し父親同士が知り合いになったことがきっかけだ。借金まみれになっていく彼の家を我がまま娘の父が色々と援助し、それをチャンスと思った彼女が父親に彼との結婚をどうにかしてくれと望んだ。

 彼は、優しかったからこそ我がまま成金娘の言いなりになってしまったのだろう。なにを言われても穏やかに笑う。結婚を迫った時も、結婚が決まった時も、そして結婚生活中にありえない我が侭を言われたときも彼はただただ笑っていた(だからこそ、我がまま娘の傲慢さは日に日にまして言ったのだけど)。


「あの、瀬名さん」

「はい?」

 呼びかけると、瀬名幸也は嬉しそうに顔を上げる。まるでご主人に呼ばれた犬猫のようだ。

「ええと、コーヒーおかわりいれましょうか?」

「ああ、どうも。でも結構ですよ、インスタントのものは初めて飲みましたが、一杯で充分です」

 が、口を開けばこれである。

「そうですか」

 言うんじゃなかった。また低い声でそう言って、自分の分だけ継ぎ足そうと席を立つ。と、後ろから名前を呼ばれる。

「頼子さん」

「なんですか」

「僕がここに来た理由を知りたいですか?」

「え?」 そ、それは前世の復讐をするためでしょうか。

 聞きたいような、聞きたくないような。曖昧な気持ちそのままに、ぎこちない声で反応を返し、コーヒーを淹れる。

 これが、最後の晩餐になるのだろうか。などと思わず考えてしまうほど、動揺している自分がいる。

 なんとかコーヒーを淹れて戻ると、彼は頼子を見つめて口を開いた。

「僕は、生まれ変わってからずっと、貴方に会いたかった」

 前世の彼を髣髴とさせる、穏やかな笑みで言う。

「記憶が蘇ったのは貴方と同じ、三日前に僕たちが再会したあの時ですが、でもそれよりも前からずっと僕はこの世界で誰かを探し続けていた」

 聞きようによっては愛の告白のようだが、頼子には死刑宣告のように聞こえた。

「頼子さん」

 ぎゅ、と手を握られる。

「僕が探し続けていたのは貴方だ。貴方は僕の隙間を埋める欠片」

 そんな詩的なことを言われても騙されないぞ。

 睨み付ける頼子の手を握り、反対の手で瀬名幸也は彼女の頬に指を滑らせる。

「僕の愛しい人……ご主人様」

「……」




 ――はあ?

 穏やかな笑みを通り越し、恍惚とした顔で言ってのけた瀬名幸也に、頼子はしばし呆然とした。

「頼子さん、僕の伴侶は生まれ変わっても貴方だけだ」

 呆ける頼子を、瀬名はぎゅっと強く抱きしめてくる。

「――ちょ、ちょっと待った! こらっ変態」

 そこでようやく我に返った頼子は慌てて側面から足で彼の腹部に一撃を加えた。

 どさくさに紛れて、服の裾から手を入れようとするんじゃない!

「いてて……頼子さん、僕の愛を受け入れてはくれないんですか?」

 きょとんと首を傾げられるが、首を傾げたいのはこっちだ。

「愛? なにが? 誰が? 瀬名さん、私のこと恨んでいるんじゃないの?」

「恨み? どうして」

「だって前世であんなに好き勝手されて、よくまだ愛しい人だなんていえるわね。それに、最後の『ご主人様』っていうのはなに?」

「『女王様』の方がよかった?」

「そりゃ彼女は女王様のような勝手な振る舞いばっかりだったけど……って馬鹿!」

 大声でなじると、瀬名幸也はしかし嬉しそうに笑みを深める。

「も、もしかして……マゾ?」

「人を指差すのは感心しませんね」

 指を差す頼子を一度たしなめ、

「ええ、確かに前世の私はマゾ体質のある男でした」

 彼はあっさりと認めたのだった。

 転生後に分かる、元夫の異常体質。

 できれば未来永劫知りたくなかったが。

「だからどんな我がまま言われてもただ笑ってばかりだったの!」

「勿論、そこに貴方への愛情があってからこそのことでしたがね」

「え……」

 大好きだった夫の笑い方で言われ、不覚にもときめく。

 が、

「貴方からきついことを言われれば言われるほど、胸が高鳴り動悸が激しくなりました」

 この言葉で全てが台無しになる。

「それゆえ、貴方の死後僕は生きながら死んでいるようでした。僕の望む言葉を言ってくれる愛しい人はもういない。想像以上の言葉で僕をなじってくれる人は、もう……」

 あの、切ないはずのセリフが全然切なく聞こえないんですが。

「あ、ちなみに僕たちの息子は無事成人して立派に家を継ぎましたよ。さすが貴方の息子というか、大商人の孫というか、僕の代よりもはるかに出世して最終的に王族の遠縁である令嬢と結婚しました」

「そ、そうですか」

 ていうか、誇らしげに語っていらっしゃるその息子さん、父親誰か分からないのではなかったっけ? 寝取られ属性もあるのか、この人。

「あ、ご心配なく。寝取られ(そちら)の趣味はありません。彼は正真正銘僕の息子ですよ」

 心を読むな! 心を!

「ていうか、どうやって判別を」

「顔や性格、その他諸々僕そっくりでしたし、」

 ――その他、諸々。不安になるわ、その言葉。

「それにあなたの妊娠周期は全て把握していましたから。……好きな相手の情報は何でも知りたい性質なんです。だから、転生後も僕は貴方を探し続けたのかもしれない」

「頬を染めて話していらっしゃいますが、色んな意味で凄く怖いです」

「あ、ちなみに今の僕にマゾ体質はそれほど無いようです。前世の影響でなじられても不快とは感じないようですが喜びとまでは感じません」

「充分だと思います」

「前世夫婦だった二人が転生後にまためぐり合う、女性の好きそうな展開ではありませんか」

「ただし、夫が変態だった場合を除くと注意書きをつけくわえておいてください」

「本音を言えばいますぐにでも結婚したいけれど、貴方の意志を尊重して大学卒業までは待ちましょう」

「ちょっと待って! 今すこしでも結婚うんぬんの話した!? 第一、私たち会ったばっかり」

「時間など関係ありません。それにこの三日間で、僕は既にあなたの個人情報を知りうる限り網羅している」

「す、ストーカー!」

「昔から、狙った獲物は逃がさない性質でして」

「昔から? もしかして、前世でもなにか仕組んでいたりした?」

「ふふふ」

 疑いの眼差しを向ける頼子に、けれど瀬名幸也は笑い声を落とすだけ。

「来週あたり、ご両親に挨拶に行きましょう」

「はやっ」

「大丈夫、なにも心配は要りません。あ、先に言っておきますが貴方のお父上の会社は僕の父の会社の系列に属していましてね……きっと、祝福して下さると思いますよ」

「――っ」

 前世頼子がしたことの逆を行なうつもりか。

 ある意味、因果応報。世の中、まったくもって、上手く出来ているのである。

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