代理巫女始めました(年下王子×平凡女子)
01
幼馴染の律子はなんだかとてもミラクルな女性だった。
宝くじを引けば一億円があたり、外を歩けば御曹司と出会いがしらにぶつかり、求婚される。小さい頃から幸福が服を着て歩いているような彼女に、次はどんなミラクルが彼女の身に降り注ぐのだろうと、私は密かにわくわくしながら見守っていた。
そうして二十歳をすぎたある日のこと、彼女はとんでもないミラクルに行き当たった。
「異世界!?」
なんと、私たちの住む世界とは別の世界から巫女としてそちらに来てもらえないかと打診を受けたというではないか。
いやあ、実にミラクル! 彼女と付き合いの長い私でも流石にそんなことが起きるなんて予想だにしなかった。
「わー、オメデトウ。ついに異世界進出まで来ましたか、で今のお気持ちは?」
テレビのインタビューよろしく他人事のような気持ちで訊ねた私に、律子はにっこりと微笑んで頭をかいた。
「いやー、私も流石にここまで自分が凄いと思っていなかったわ」
「ですよね、ですよねー」
なかなか異世界から召喚を受けるなんてあることじゃないですよ。
「で、行くの? どうするの?」
あくまで他人事。わくわくしながら聞いた私は、その次の律子の言葉にしばし固まることになる。
「うーん、異世界生活も楽しそうだけど、私には御曹司との結婚生活があるから代わりに朝子、行って来てよ」
――はい?
「大丈夫、先方にはもう代役立てる話はしてあるから。あちらは地球人なら誰でもいいそうだし、朝子は私の大切な親友だからきっと上手くやっていけるわ」
ええと。最後の親友だからのくだりはあまり関係ないような気がするんですがって、そうじゃなくて!
「律子!?」
「それに朝子前から異世界トリップしたいとか言っていたじゃない? その手の本大好きだったし」
「うん、まあ行きたがっていたけど、でもそれはあくまで仮定の話で……!」
反論しようと言葉を紡いだ時、
「古川朝子さま、ご準備の方整いましたでしょうか?」
世にも不思議な格好をした魔術師っぽい男の人が律子の後ろに現れた。
「あ、ご苦労様。今話し終わったところだから」
いやいやいや、まだこっちの話は終わってませんが。
「そうですか、では、参りましょうか」
「ちょっ」
参るって、どこへ!
「西の王国、リューンへ」
「西の王国って、それ何処の世界の西のこと!?」
最後の突っ込みは果たして律子に届いただろうか。
私は一瞬の内に異世界へと連れ攫われ、そうしてやってきたのが西の王国リューン。
緑が生茂り、自然溢れるこの国で律子に代わり代理巫女をすることになってしまいました。
一体どうなることやら……。
02
とある異世界に存在する、西の王国リューン。
そこは緑が生茂り、自然が溢れ、生活している人々の暮らしは平和そのもの。
敵に攻められたり、魔王に支配されかけていたり、そんな国の危機? なにそれ美味しいの? な穏やかな国に親友の代理巫女として召喚されてしまった古川朝子、二十二歳。
――わあ、異世界に永久就職? 就職活動で行き詰っていたから丁度いいやー
「……なんて思うわけなかろうが!」
まさかの異世界初体験に、朝子の頭と心は激しく動揺。これから一体、私になにをしろというのか。
朝子をここへ連れてきた魔術師曰く、
『アサコ様はこの国にいてくださるだけでよいのです。我が王国は数百年前、迷い込んだ異世界人を国に保護したことから長き繁栄を得、それ以来定期的に異世界から巫女様をお招きしており……』
いるだけで繁栄を得られるって、私は招き猫かなにかか。
そりゃあ、ずっとこちらに居続けなきゃいけないのなら、家族や夫のいる律子には無理なのだろうけども。いくら親や夫、恋人がいない私だからって流石に一生異世界で暮らすのは厳しいものがあるぞ!
それに、もう律子に会えないっていうのも
「寂しいじゃないか……」
「あら、かわいいこと言ってくれるのね」
「!?」
ぽつりと一人呟いたはずの言葉に応えが返され、私は驚いて振り返った。
広い、広い“巫女様”専用の部屋。その中には、確かに私一人しかいないはずだが「あ、こっち、こっちー」と耳に馴染んだ律子の声がどこかから聞こえてくる。
「律子……?」
声を頼りに室内を探し回り、行き着いたのは大きな鏡の前。
恐る恐る覗き込んで見るとそこにはなんと律子の姿があるではないか。
「なっ!?」
背後の景色から察するに、どうやら彼女はどこぞのリゾート地にいるようである。
「って、人を異世界に放り込んでおいて、あんたは優雅にバカンスか!」
「えへへ、新婚旅行なんだー」
照れながら翳される左手には銀色の結婚指輪。お前というやつは……。
「で、どう? どう? 異世界トリップして一月ほどたちましたが、その後の様子は」
くそう、こいつ絶対に楽しんでやがる。
今まで他人事のようにしてきた私に対する報いか。
「別に、これといってなにか特別なことはないよ。ていうか、なんで律子、鏡の中にいるの?」
「それはねー、朝子が寂しがるんじゃなかろうかと、魔術師さんにテレビ電話ならぬ鏡電話? らしきものをお願いしたのさ」
なんだか曖昧だな。
「これで朝子が異世界にいてもいつだって会えるよ」
「うう、それだったらなんでもっと早く顔を出してくれないのさ」
「だってそんなに早く顔を出したら朝子ホームシックにかかるでしょ、それに設備が整うまでに色々と時間もかかってね」
うぐ、そ、そうなのか。
「ねえ、私そっちの世界に戻りたいよ。こっちには律子もいないし、それに――」
鏡にこつんとおでこをつけて弱音を吐きかけたそのときだった。
――ズバン! と勢いをつけて朝子のいる部屋の扉が開かれる。
「アサコ! アサコはどこだー!」
――ああ、うるさいのが来た……。
大きな声で入ってきた侵入者――ならぬ来訪者は、ぐるりと室内を見回した後、鏡の前に佇む朝子の姿を認め、走って近寄ってきた。
金色の癖のある短い髪と金色のキラキラとした瞳。王族だけに受け継がれるというその美しい色素を有するこの若者は――正直眼を疑いたくなるが――正真正銘、西の王国リューンの王子様。
「レオルト様……」
朝子がげんなりとした視線を返すと、レオルト殿下はにっかりと笑い「そんなかしこまらずとも、気安くレオと呼んでいいと言っているではないか」という。
若干十四歳、若いからか元からの性格なのか、人懐っこいのはいいが、あまり無茶を言わないでほしい。
「殿下、お久しぶりでーす」
「おお、リツコ殿と話していたのだな。うむ、実に久しぶりである」
鏡の中から手を振る律子に、殿下はまたニカッと爽やかな笑みを浮かべて手を振り返す。
実はこの律子の代わりになった(ならされた)巫女という役目、ただ国に招かれ異世界で暮らす……だけでなく、もう一つ重要な役目が存在する。それは、
「どうです? 殿下、朝子はなかなかにいい女性でしょう?」
「ああ! まことに。朝子は少し地味だが、よーくみれば可愛らしいところもある。よい妃になりそうだぞ」
――地味は余計だ、地味は。
そう、巫女の大切な役目、それは王子と結婚してこの国の王妃となること。この国にいるだけでいいだなんて魔術師の嘘つきめ……。繁栄の為には、王族の血に異世界の血を混ぜることが必要なのだとか。
律子を召喚した当初、彼女は結婚はしていなかったが既に御曹司と婚約済みで、婚前交渉の方も済ませてあったので、王子の嫁として好ましくないと判断されたらしい。
そりゃあ、私は年齢イコール彼氏いない暦で、生粋の生娘ですが。だからって八歳も下の、それも異世界の王子様の嫁になるなんて無茶な話――
「あのう、王子、私やっぱり」
今からでも巫女の座を辞退したいのですが。
そう口にしようとした朝子は、けれど「アサコ!」大きな声で名前を呼ぶ殿下に遮られ、その機会を失った。
「なんですか、王子……」
はあ、と溜息をつき顔を上げると、殿下が「あれ、あれをみろ!」と律子の映った鏡の中を指差す。
「あれ?」
殿下の指差す先を同じように覗き込めば、そこには青く美しい海が波打っている。
くそう、律子のやつ。自分だけ幸せそうで、ずるいぞ!
「海がどうしたんですか、王子」
「海だ、海へ行こう、アサコ」
「……は?」
朝子はきょとんとして王子を見つめ返した。王子の顔には相変わらずどこかの運動部男子のような爽やかな笑みが浮かんでいる。
呆ける朝子を他所に、王子は彼女の手を取ると「さあ、海へ行くぞ!」ともはや決定事項で外へと走り出した。
「えっ、ちょっ!」
我に返った朝子が声を上げるが、そんなことお構いなしだ。
走り去っていく二人を見ながら、鏡の中に取り残された律子がぽつり。
「本当に、朝子が好きなのねえ……」
実はこの代理巫女のお話し、律子から言い出したものではあるが、代理として朝子の写真を見せた瞬間王子の方がノリノリの乗り気になった。
律子のようなぱっと人目につく美人ではないけれど、愛嬌があり素朴で可愛らしい朝子を王子は一目見て気に入り「すぐにでも巫女として招きたい!」とあっさり律子の提案に承諾したのである。
その後はあっという間に事が進み、今現在王子は無邪気さを装いながらも手練手管を駆使して朝子を落としにかかっていることだろう。
――あのぼんやり屋な朝子がいつまで抵抗できるか。
リューンは平和でいい国だし、王子は朝子を命に代えても大切にすると誓ってくれた。朝子に言ったら勝手に人の運命を決めるなと怒られそうだが、でもあの孤独で意地っ張りな親友は強引にことを進めない限りいつまでたっても本当に大切な人を作ろうとしないだろう。親を亡くした過去のせいか、朝子は大切な人を失うことを恐れるあまり自らすすんで人と関わろうとしない。
律子に対しても、そうだ。律子が御曹司との結婚を打ち明けた時や、異世界召喚の話をした時、彼女は一見わくわくと話を聞いているように見えたが、内心では律子が自分の側からいなくなってしまうのではないかと、恐ろしくてたまらなかったはず。
――でも、私はいつまでも朝子の側にはいてあげられない。
電話やメールなどのやりとりはできるだろうが、旦那様について海外に移住する為、もう今までどおり頻繁に会うことはできなくなってしまう。
だから、その代わりに――私の代わりに朝子の隣にいてくれる人を、朝子を支えてくれるその役目をレオルト王子に託した。
「アサコー! アサコは泳がないのか?」
「いやいやいや、水着持ってませんし。ていうか殿下、そんな高いところから飛び込んだりしたらあぶなっ! うあああああ!」
――王子、私の大切な親友を悲しませたりしたら許しませんよ?
――当たり前だ、歳の差はあれど、私には愛がある。私がアサコを世界で一番幸せにしてみせるからな!
そんな風に、親友と王子の間で交わされた会話を知りもせず、今日も朝子は親友の代理巫女として異世界ライフを(渋々)送る。