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Sleeping Boy(高校生×高校生)

 この世で僕の眠気を誘うもの。

 春のうららかな日差し。

 退屈な現国の授業。

 そして、岩城由香里いわしろゆかりの声。


「……立花春哉たちばなはるや、廊下に立ってなさい」

「ふぁい……」


 ※※※※


「お前、今月入って何回目だよ、居眠り注意されんの」

「……十五回目、かな」

 欠伸をしながら答える僕に、友人は呆れた視線を送ってくる。

「まだ今月も十日しかたってないってのに、お前ってやつは……」

 お恥ずかしいことに、一日に二回以上注意されたこともあるのだ。

「そんなに寝不足なのかよ。一体毎晩なにしてんだ?」

 ニヤニヤ笑いを浮かべる友人。その笑いやめろ、キモイ。

「んや、寝不足ってわけじゃないんだ。昨日も十時間は寝た」

「むしろ寝過ぎだろ、それ」

 お前の方がきもい、と言って顔を顰められた。

「……なんかさぁ。俺、岩城の声聞いてると眠くなるんだよね」

「はあ?」

 うららかな春の日差しも、退屈な現国の授業も。

 みんな強力な眠気を誘う敵だけど、どれもこれも岩城由香里の声にはかなわない。

 彼女の声を聞くと僕は、子守歌でも聞いてるみたいに、途端に睡魔が襲うのだ。

「……ぐぅ」

「寝るなっつーの!」

「はっ!」

 ほら今みたいに、彼女が僕の側で話しているだけで眠くなる。授業中の朗読、女子同士の他愛ないお喋り。僕に向けられた声でもないというのに、彼女の声はまるで魔法みたいに僕を眠りに誘うのだ。

「そんなにいい声か? 確かに聞きやすい声だけど。別に他の女子と大して変わんねえだろ」

「そんなことない! 高すぎず低すぎない、いい声だ。俺の耳にどストライク!」

「……お前、声フェチだったんだな」

「いや、そういうわけじゃあないんだけど」

 と言いつつも、襲ってくる眠気に、僕はまた欠伸を漏らした。

 本当に、なんていい声なのだろう。岩城の声を聞く度、揺りかごに揺られる赤ん坊のように穏やかな気持ちになっていく。


 ※※※※


「立花君?」

「はっ!」

 やばい、また寝てた。

 岩城の話を聞きながら、いつの間にか夢の中に身を委ねていた僕は慌てて姿勢を正した。

「ご、ごめん岩城。ええとなんだっけ?」

「あの、だからこのまえクラスでやったアンケート、出してないの立花君だけなんだけど……」

「ああ、そうか。ごめん、今出すよ」

 ええと、アンケート、アンケートっと。

 ガサガサと机の中をあさった後、皺くちゃになったプリントが出てきた。

「……これだっけ?」

「うん、それ」

 ははは、と笑って誤魔化し、僕は手を使ってプリントの皺を伸ばした。

 そして、岩城にそれを手渡そうとしたのだが――

「あの、岩城?」

 岩城はそこに突っ立ったままで、受け取ろうとしない。

「ええと、岩城、さん?」

 様子を窺おうと顔を覗き込むと、岩城はがばっと伏せていた顔を上げた。

「ねえ、立花君て、あたしのことどう思ってるの!?」

「へ?」

 突然の問いに、僕は驚いて彼女を見つめ返す。ど、どうと言われましても……。

「正直に言って。あたし、ずっと気のせいかなって思ってたんだけど、立花君てさ……」

 一息置いて、そしてまた口を開いた。

「あたしのこと嫌いなんでしょ?」

「はい?」

 思ってもみない、そんなこと。

 けれど岩城は続ける。

「だって、立花君授業中とかあたしが先生に指名されるたびに居眠りするし、立花君のそばであたしが友達と話してるときだって、鬱陶しそうに狸寝入りしたりして。今だって途中からあたしの話聞いてなかったし……」

「ちがっ!」

「なにが違うって言うの?」

 なにもかも、だ。

 僕は君のことが嫌いだから眠ってしまうんじゃない! むしろ心地良すぎて眠りに落ちてしまうんだ。早く何か弁解を……!

 けれどどうして。

「……立花君?」

 どうして、こんなときまで君の声は心地よく響くのか。

「ぐう……」

 眠りに落ちた僕の頬に、バチーン! 彼女の渾身の一撃が食らわされた。

「そんなに嫌なら、もう話しかけない。クラスが同じだから顔を合わせないなんて無理だけど、でもできるだけ立花君のそばに近寄らないようにするわ!」

 そうして、彼女はアンケートを引っつかみ、教室を出て行ってしまった。


 以来、岩城由香里は宣言どおり僕の前では全く話そうとしなくなった。それどころか、僕に近寄ろうともしない。隣だった席はいつの間にか一番遠い席に移動して、こんなときに限って授業で彼女があてられることもない。おかげで僕は不眠の日々が続くのである。


「どうしたらいいんだ……!」

「いや、いいんじゃねえの? 居眠りしなくなったんなら」

「そんな! じゃあお前は僕に退屈な授業をどうやって乗り越えろと言うんだ」

「勉強をしろよ、勉強を」

「くっ……!」

 もっともな友人の発言に、僕は反論することも出来ず頭を抱えた。

「まあ、不眠うんぬんは別として。岩城に嫌われたくないって言うんなら、素直に理由言って謝ればいいだろ」

「……だって、彼女の声を聞くと眠くなってろくに話しもできないんだ」

「アホか」

 僕も激しくそう思う。

「ったく、彼女の声を聞くと眠くなるんなら、彼女が何か言う前に用件を言えばいいだろ。黙って話を聞いてくれとかなんとか言ってさ」

「上手くいくだろうか?」

「さあな」

 酷い友人だ。

「でもまあ、うじうじして悩んでる暇があるなら、とっとと放課後にでも呼び出して謝った方が言いと、俺は思うけどね」

 それもそうである。

 かくして、僕は岩城を呼び出すことに決めたのだった。

 放課後の教室。

「立花くん……?」

 伝言どおりにやって来てくれた岩城に、僕は全く懲りずに「いい声!」と内心で褒め称えた。

 いけない、いけない。今は彼女の声に浸っている場合ではないのである。

「突然呼び出してごめん!」

 勢いよく頭を下げると、僕は早口で「まずは黙って俺の話を聞いてほしいんだ」言った。

 岩城はこくりと頷いて口を噤む。

「僕は、岩城の声聞くと、すぐに心地良くなって、眠ってしまう。でもそれは決して君のことが嫌いだからとかいう理由ではないんだ」

 言葉を紡ぎながら、僕の方が岩城にこんなになにかを伝えようとするのは初めてだと思う。

 思えば岩城の話もきちんと聞けた覚えがない。いつもその声に気をとられて、気づけば眠気を誘われていた僕。

 今、目の前に佇む彼女は、真剣に僕の話に耳を傾けていた。

「君の声はどうしてか俺にとって気持ちよく響く。春の暖かい日差しのように、赤ん坊をあやす母親のように。まるで催眠術みたいに俺は眠気を誘われるんだ。岩城、」

 顔を上げて彼女の目を見つめる。

「なに?」

「岩城、僕は」

 小首を傾げる彼女に、僕はどうしてか顔が熱くなるのを感じた。

「ぼ、僕は、その」

「うん」

「ええと、僕は……君が、」

 ――嫌いじゃない。

 我ながら意気地がない言葉を続けると、けれど岩城は「なんだ……」安堵したように笑みをこぼした。

「あたしてっきり嫌われてるとばかり思ってた……でも、嫌われてなかったんだね」

 よかった、と嬉しそうに微笑む彼女に、ますます僕の顔は赤く茹っていく。

「じゃあ、これからは話しかけたりしても大丈夫? あ、でもあたしの声聞くと眠たくなるんだっけ?」

「え、は、いや、えっと。大丈夫! 今後はできるだけ眠らないように努力するから」

 言う僕に、また笑みをこぼす岩城。

 久々に聞いた彼女の声はやはり耳に心地良く。

 けれど何故か眠気とは違う感情が湧き上がってくるのを感じる僕だった。

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