紳士兎と乙女の恋(中年兎×女子大生*ペット擬人化)
※ペット擬人化です!普通の人間に獣耳プラス尻尾が付いているのが標準装備として話が展開していきます。苦手な人はお逃げ下さい。
我が家には紳士的な中年兎が一羽いる。
年のころは四、五十代。
チャームポイントは黒縁インテリメガネと、その長くて真っ白な耳、ふさふさの尻尾。
飼いはじめの頃はただのオジサンがバニー耳&尻尾つけてなにやってんの、とか思ったけどもう慣れた。
意外と可愛いし、料理や洗濯なんかも得意なので結構重宝している。
ただ最近の困りごとは、この兎、紳士のくせに、いや紳士だからこそなのか? とにかく、妙な色気がある。
「スノーさん、色っぽいっすね。へへへ」
スノーは兎の名前だ。
誘惑にころっと負けて抱きつこうとすると、ひどく紳士的な笑みを浮かべてこう言われる。
「六花さん、はしたないですよ」
ちょっと眉が寄っているのがポイントだ。笑いながらも、幼い子を「めっ」とたしなめるような感じで。
それがまた、色っぽく。
「女性がそんな下品な笑い方してはいけません」
下がった眉毛と、メガネの奥の優しい灰色の瞳。
年を経て穏やかに皺の寄った眦は少しばかり垂れ下がって、なんだかとても魅力的に思えるのです。
※※※※
「私、このままだとスノーさんを押し倒す日が近いうち来そうで怖い」
私の言葉に、向かいに座っていた友人はブッと勢いよくシェイクを噴出した。
「友花、汚い」
眉を顰めてティッシュを投げつけると、「ありがと」と言って飛び散ったそれを拭き始める。
ほらほら、隣に座ってる子が信じられない、という顔で見てくるじゃないか。
久々に学食にしようというから来たけど、やっぱり人が多すぎて苦手だ。
「その大勢人がいる前でよく押し……なんてこといえるよね」
呆れる友花に、私は「平気じゃない?」と周りを見やった。
大学の学食では、みんな食べることやお喋りに夢中で他の人のことなんか気にしてない。
そりゃ、友花がシェイク噴出したのはばっちり見られたけど。
「あんたのせいでしょうが」
「他人の会話なんて気にとめる人なんていないよ」
「たとえ聞かれてなくても、そういうこと人前でいうのはどうかと思うけどね」
「だから学食やめようって言ったのに」
「だって私お弁当ないもの、あんたみたいに」
「友花の家の兎さんは作ってくれないの?」
スノーさんお手製のヘルシー弁当を摘みながら友花を見やると、友花はケッと“はしたなく”舌打ちをした。
「ミミが作ってくれるわけないでしょ。あいつが興味あるのは雄兎のことと、セクシーな下着のことばかりよ」
「普通雄の方が性欲強いのにね」
友花の家の雌の兎さんは、飼い主曰く年中発情期らしい。
いつもどこかの雄を誘惑してはフラフラと茂みに連れ込み、飼い主の友花を困らせているとか。
我が家の紳士さんとは正反対で、私は絶対に友花の兎さんとスノーを会わせるのはやめようといつも心に固く誓っている。
「あいつのこと話すと十八禁になるからやめよう」
昼間の学食で話すことじゃあない、と友花は箸を振った。
「六花のとこの兎はいいよねぇ、家事上手な紳士で」
「そうなのよ、それに色っぽいのよ」
「またそこに戻ってくるか。折角十八禁を回避したのに」
「だって本当に色っぽくて、二人っきりでいるとどうにも誘惑に負けそうになるの!」
「六花さあ、今まで彼氏いたことあったっけ?」
「なに、急に?」
ないけど、と首を振れば、友花は「だからだよ」と箸で私を指差した。ちょっ、お行儀わるいよ!
「男慣れしてないのが急に雄の兎なんか買っちゃったから、たかがペットの一挙一動に振り回されることになんのよ」
「そうかなぁ」
「そう! 絶対にそう。で、ここからが本題なんだけど、今日飲み会行かない?」
「はい?」
きょとんとする私に、「いやぁ、一人女子が足りなくてさ」なんていう。
「それはつまり合コンとやらでしょうか」
「イエス!」
「ええー」
私、そういうの苦手なんだけどな。人見知りするし、それに合コンっていう雰囲気が嫌だ。
けれど友花は「ほとんど私の知り合いだし、嫌なら途中で帰ってもいいから」と付け足した。
強引な友花に押され、私は結局飲み会という名の合コンに連れて行かれてしまうのである。
そして、午後十一時。
私はやっぱり行かなきゃ良かった、と後悔の念たっぷりで自宅マンションへと帰りついた。
男の子なんか苦手だ。話合わないし、タバコくさいし、すぐに下品な話をしようとするし。
男子全般がそうとは思わないけれど、特に今日のメンツは最低だった。
メンバーで一番可愛い女の子に夢中になるのはわかるけど、他の子(つまり私とか)はほったらかしで。
二時間という時間がこんなにも長く感じたのは初めてかもしれない。
無駄な孤独感にさいなまれ、友花に言われていた通り、私は早々に席を辞してきたのだった。
「ただいまー」
へろへろになって家の玄関を開けると、待っていてくれたのかスノーさんがすぐにこちらへと歩み寄ってきた。
「ただいま、スノーさん」
ぎゅむ、と抱きつくと、スノーさんはいつもみたいに困った顔をする。
「お帰り六花さん」
「ああ、会いたかった。私の兎さん!」
「酔っていますね? それに、タバコの匂いも」
「ごめん、臭かった?」
慌ててひっついていた腕を放す。
「今日合コンでね、来てた子たちがみんなスパスパタバコ吸ってたの」
「合コン?」
耳慣れない言葉なのか、スノーさんはちょっと耳を揺らして首を傾げた。
長くて白い耳も、彼についていると何故か紳士的な一つのアイテムになる。
友花の家の兎さんみたくピンと立ったタイプの耳じゃなく垂れ耳だというのが一つ重要なポイントなのかもしれない。
私はスノーさんを視界の端に捉えながら靴を脱ぎ部屋に上がった。
「合同コンパの略だよ。簡単に言えば、男女が出会い目的で開催する飲み会かな」
「出会い……」
まだちょっと分からない様子でスノーさんは耳を揺らす。
でもこれ以上の説明は思いつかなくて、私はお風呂入ってくるね、と言って浴室に向かった。
お風呂を出た後、スノーさんはどこか悩ましげにソファに座って俯いていた。
いつになく真剣そうなその表情が、これまた色っぽくて、やっぱり私はこういう男の人に弱いんだなぁ、と再確認する。
若く溌溂とした男の子よりも、落ち着きがあって柔らかく包み込んでくれるような、そんな大人な男性が好きだ。スノーさんが私の恋人だったらいいのに、なんてありえない妄想を振り払って、私はその背に声をかけた。
「スノーさん、なにか悩み事?」
スノーさんはハッと驚いたような表情で振り返る。
どうやら私が来たことに気づいていなかったようだ。
「ああ、すみません。ボーッとしていました」
恥ずかしげに笑うスノーさんはこれまた魅力的で、私は気づかないうちに口を開いていた。
「スノーさんってどうしてそんなに素敵なんですか」
「え?」
「紳士的だし、家事も出来るし、優しいし、色っぽいし、大人だし」
およそ欠点なんか見つからないんじゃないかと思う。
理想の、男性像。
けれどスノーさんは謙虚だから「そんなことありませんよ」と自嘲気味に言ってくるのだ。
「またまた、謙遜しちゃって」
「そういうわけでは……」
メガネの奥の瞳が困ったように揺れるので、私は本当のことなのだけど、賞賛しすぎたかな、と反省する。彼は謙虚で恥ずかしがり屋さんだ。褒めすぎると照れて困ってしまうので、賞賛はこのくらいにして後は心の中に収めることにしよう。
「でも、最後に一つだけ。私スノーさんのこと飼って良かったよ」
へへ、と笑うとスノーさんはやはり困ったように「ああ、もう」と呟いた。
次の瞬間、私はぎゅっと何かに包まれた。
暖かい腕、でも、それは想像していたよりも遥かに力強く私を抱きしめた。
「私は、紳士なんかじゃありませんよ」
耳元で呟かれた低い声に、右耳から熱が生じて体中が沸騰するかと思った。
「ス、スノーさん……」
戸惑っていると拘束が解けて、
「おやすみなさい、私の可愛らしいマスター」
ちゅ、と軽い音を立てて頬に柔らかなものが触れた。
呆ける私の髪を何度か愛しそうに梳いた後、スノーさんは自分の寝室へと入っていく。
「ああ、もう」
数分後、ようやく我に返った私はその場にずるずると崩れ落ち、まだ熱の残る頬を押さえてうずくまった。
「なにが、紳士じゃない、ですか……」
頬におやすみなさいのキスだけして去っていった紳士兎を思って、不埒な私はまた恋情を募らせるのだ。