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深夜四時のプロポーズ(一般人♀×芸能人♂)

 物足りない、とは思わなかった。会えない日が続き電話やメールさえもなくて正に音信不通。まともに言葉を交わしたのは確か一ヶ月も前のこと。会ったのは三ヶ月前くらいだったかな? 初めの頃は寂しい、悲しい、と嘆いてばかりいたけれど、いつのまにかそんな感情もなくなった。ていうか、TVや新聞を見れば顔を見れるし(一方的だけど)、声だって聞ける。最近は週刊誌などにもよく載っていらっしゃって、腹の立つことにそれは主に女関係のことなのだけど、でも、もうそんなことどうでもよくなっちゃった。

「で、何しに来たの?」

「つまみとビール、持ってきた。飲もうぜー」

 深夜二時。突然家の呼び鈴が鳴って眠い目をこすり、怒りを押さえ込み玄関の扉を開ければ、酔っているのか、それともわざとなのか、笑顔を浮かべた彼がコンビニの袋を持ちそこに立っていた。結構です、と扉を閉める間もなく、良太は勝手に部屋へと上がりこみ、ビニール袋に入ったお酒やおつまみやらを次々とテーブルの上に広げていった。そして、あたしの手に無理やり缶ビールを握らせ、

「カンパーイ」

 と言いながら一方的に缶をぶつけてくる。普段から割とテンションの高い方だけど、今日は異様なほどハイテンションだ。なにかあったんだろうか。様子を窺えばにこにこと笑顔を浮かべ美味しそうにビールを飲んでいる。こんな風に笑っているということは、よほど良いことがあったに違いない。

 どうしたの、と一言聞けばきっと嬉しそうに語ってくれるんだろうけど、なんだか面倒で。なかなか聞く気にはなれなくて、待っていれば良太が話し出すだろうと思い、考えることを放棄した。最近思考を停止させてばかりだ。

「麻奈」

 他愛もない話しを繰り返し、段々と話題もなくなって酔いも回ってきた頃、不意に良太があたしの名前を呼んだ。先程までの明るい声とは違う、トーンの低い、囁くような声に一抹の不安を覚える。なに、と返事をすれば良太はにへ、と笑って、

「俺のこと好き?」

 首をかしげた。なにを今更、と思った。

 そりゃ三ヶ月ほど会ってなかったけど。一ヶ月も声を聞いてなかったけど。その上あなたはどこの誰とも分からないようなアイドルと勝手に週刊誌に取り上げられたりしてるけれど。

 それでも、どうしてか私は、あなたを好きでいるのをやめられない。

 こうして会いに来てくれれば嬉しくて、突然でも、例え深夜に押しかけられたとしても、まぁいいや、で思考を停止させてしまう。怒りよりも悲しみよりも、どんな鬱屈した感情よりも、愛おしさだけが先に立つ、あなたへの気持ち。

「愛してるよ」

 と柄にもなく呟けば(酔っていたからこそできた発言だと思う)、良太は信じられないというような表情を浮かべ、持っていた缶ビールを床に落とした。まずい、もしかして別れ話でもするつもりだったのだろうか(だとしたらあたしはとんでもなく空気の読めない女だ)。

「あの、良太……?」

 何も言わない良太に、不安になって呼びかけるが、聞こえているのかいないのか。何の反応も返ってこない。気まずさから逃れるため、空き缶を片付けようと手を伸ばしたあたしは、突然重ねられた手に引き寄せられる。

「結婚してくれ」

 間近で聞こえてきた低い声。瞬間頭が真っ白になって気がつけばあたしは「はい」と頷いていた。

 深夜四時。もうすぐ夜明けというこの時間に、空き缶や食べ終えて空になったつまみの袋が転がる部屋でプロポーズ。なんて夢もロマンもないシチュエーションなのか。

 普通だったら突っ込みを入れている場面なのだろうけど、抱き寄せられたぬくもりが愛おしすぎて、囁くように耳に落とされた愛の言葉が嬉しすぎて。

 ああ、もう、どうだってよくなってしまったのだ。


 (思考を止める、あなたの言動)

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