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まなざしのむこう(高校生男子)

 〇一:セーラー服の君


 ……あ、


 まただ。春樹が視線を感じて振り向くと、いつものようにあの少女がこちらを見つめていた。

 いや、見つめているというか、あれは。


 睨んでる、よな。絶対。


 濃紺のセーラー服は確か秀華女子高の制服。長い黒髪を緩く二つで縛り、可愛いというよりはどちらかというと綺麗という形容が似合う少女。笑った顔はどんなだろ。少女の美人っぷりに、ふと好奇心がわくも、春樹に向けられるのはいつも気難しげな表情ばかりだ。


「ねえ、なに見てるの?」


 隣を歩いていた少女が春樹の袖を掴む。

 セーラー服の君とは対照的に、愛らしい印象の少女。柔らかい色合いの髪の毛はふんわりとウェーブし、くりくりした瞳が見るものの庇護欲をかきたてる。数週間前告白された、春樹の新しい彼女である。


「いや、なんでもないよ」


 にっこり微笑んでそういえば、可愛らしい恋人は恥ずかしげに「そう」と呟き俯いた。


 初心だなあ。


 春樹が初めての彼氏だという彼女は、付き合ってまだ数日ということもあり、彼の一挙一動に緊張し、その白い頬を朱に染める。

 告白をされたときもそうだった。見ているこちらが心配になるほど緊張し、声は振るえ、ぎゅっと握り締められた手は力を入れすぎて掌に爪あとが残るほどだった。


「す、すき……です」


 あの時、告白され自分のことが好きだといわれた時、春樹は確かに目の前の少女に愛しさを感じた。同じ学校、同じ学年の、それまで話したことがなかった少女。

 彼女曰く、一年のときに同じ委員会になり、その時春樹のことを好きになったらしい。ほとんど一目ぼれで、その後友達に春樹の話を聞き、遠くから彼の姿を見ているうちにどんどん好きになっていったと。

 そう話す彼女はこれまで見たどの女の子よりも可愛く感じられ、春樹はその告白に是と返事をした。付き合っている子はいなかったし、彼女のことを好きになれると思ったのだ。


 傍らに立つ恋人の話に耳を傾けながら、春樹は、少し離れたところからじっと自分をとらえる視線に不思議な感情が芽生えるのを感じていた。


 〇二:夏


 カチカチカチ


 祖母の家の縁側で、春樹は愛しい恋人にメールを打っていた。夏休み、母の里帰りに同行した彼は、それまで毎日会っていた恋人とのしばしの別れを遠距離恋愛ごっことして楽しんでいた。

 祖母の家から帰ったら、海へ行こうとか、そのために買った水着を見るのが楽しみだとか。夏祭りや花火大会にも行こうね、とか。遊びの約束ばかりしていた春樹を、勉強も少しはしようね? と彼女がたしなめたりとか。

 他愛ない内容のメールが行ったり来たり。

 彼女とつきあって二ヵ月と少し。順調だと思う。彼女のことは好きだし、彼女もようやく恋人という関係になれたのか、今では結構素の自分を見せてくれる。恥ずかしそうに頬を染めることは今もよくあるが、初めのときのように緊張することはなくなり、笑顔をよく浮かべるようになった。


「なーにしてんの」


 突然手の中の携帯が奪われ、春樹は驚いて起き上がった。


「ちょ、返せ!」

「ええと、なになに? 『夜電話する。早く声が……」

「わー! 勝手に読むなっ」


 体勢を立て直し、手を伸ばせば、すぐに携帯は己の手の中へと戻ってきた。身長の差と、力の差。相手もからかいのつもりで取り上げただけなので、救出は容易だった。が、メールの中身はすっかり読まれてしまったようだ。


「葉子ちゃんって、春樹の彼女? 『早く声が聞きたい』なんて、アツアツだねえ」

「だから読むなっつの」

「どんな子? 可愛い? 写メとかないの」


 好奇心てんこ盛りの従姉に、渋々1ヶ月記念に撮ったプリクラを見せてやれば満足気に「可愛い子じゃなーい」と背中を叩かれた。


「ちょっと大人しそうな子だけど、守ってあげたい感じ? いいじゃん、いいじゃん、合格」

「合格って、亜紀に俺の彼女をどうこう言われるつもりないんだけど」

「えー、冷たいなあ。一緒にお風呂入った中でしょ」

「何年前の話だよ」

「むむ、その口の聞き方。おしめ替えてやった恩を忘れたか」

「おしめって……俺ら同い年だろ」


 どうやって替えたんだよ。そう突っ込んでやれば、「そうでした」とふざけた応えが返ってきた。

 母さんの妹の子の亜紀は、今年高二の春樹と同い年。地元も近いせいでなにかと交流が多く、従兄弟たちの中では一番仲が良い。言い換えれば一番容赦がないということでもあり、さきほど春樹の携帯を取り上げたように、亜紀は春樹に対してプライバシーという概念をとっくの昔に投げ捨てたようである。


「そういえば」

「ん?」

「亜紀って秀華女子だったよな、学校」

「うん、そうだけど。なんで? あ、もしかして彼女さんがウチの学校……じゃないよね、写メ春樹と同じ制服だったし」

「いや、彼女じゃなくて、」


 そう口を開いて、春樹は言いよどんだ。

 彼女じゃなくて、なんだ?

 自分は一体亜紀になにを聞くつもりなんだろう。

 突然黙り込んだ春樹に、亜紀は首をかしげた。その拍子、彼女の黒い髪がさらりと肩に零れ落ちる。春樹の脳裏に亜紀と同じ黒髪の少女の姿が浮かんで消えた。


 03:帰郷


 彼女とデートの約束があるため、一足早く祖母の家から帰路に着いた春樹は、駅で電車を待っていた。JRから私鉄へと乗り換え、家の最寄り駅まであと一本電車に乗るだけだ。


 暑……


 むわっと身体にまとわりつく熱気に滲む汗を拭おうとしたとき、反対側のホームに涼しげな白いセーラー服が眼に入った。

 夏休み前に彼女を見てから数週間。久しぶりに見る少女の姿に、どうしてか夏の暑さとは別の熱が彼の身体を蝕んだ。初めて彼女を見たときの濃紺の制服とはガラリと印象が異なり、半そでの白いそれから日焼けなどとは無縁の透き通るような肌が覗いている。

 いつも春樹に向けられていた鋭い眼差しは、今日は伏せられ、春樹の存在に気づかないのかじっと電車が来る方向を見つめている。その様子に、春樹は言い知れないもどかしさを感じた。

 出会ってからこれまで、彼女はずっと自分を見つめていたのに、今その瞳は違うものを映している。


 俺に気づけばいいのに。


 向けられるのが決して好意の眼差しでないと知っていても、春樹は彼女に自分の姿を捉えてほしいと願った。

 彼と同じように額に汗を滲ませ、ハンカチでそれを拭う姿が、酷く官能的に見えた。


04:新学期


 春樹が本当に私のこと好きでいてくれるのかわからない。

 自分と同じように、春樹が私を好きでいてくれるのか、自信が持てなくなった。


 夏休み明け、春樹はそう言って恋人にふられた。

 自分は誠実な恋人だったと春樹は思う。初めて異性とつきあう彼女に合わせ、ゆっくりと恋愛関係を進展させてきた。手も握れなかった彼女に、少しずつ歩み寄り、彼女も少しずつそれを受け入れた。

 メールや電話をマメに交わし、デートにだって率先して誘うようにしていた。1ヶ月記念、3ヶ月記念には彼なりに工夫を凝らし女の子が好きそうな計画を練り、常に彼女を大切にしてきた。

……つもりだった。


 ほかに、好きな人でもいるの?


 そういわれたとき、ようやく春樹は心のどこかにいつもあのセーラー服の少女がいたことを自覚した。言葉を交わしたこともない、名前さえ知らない少女に、いつのまにか自分は心を奪われていたのだ。

 大きな瞳に涙を滲ませ別れの言葉をつむぐ彼女を見ながら、春樹はどこか他人事のようにそれを受け入れた。


 自分は、こんなにも冷たい人間だったのか。


 彼女の眼から堪え切れなかった涙が一粒頬に伝って落ちた。

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