白峰の、もうどこへも行くことはない追憶
今からだとちょうど十年前、になるんスかね。
ああ、もちろん卒業してからっスよ。
僕もそんなに若い方じゃないんで。
僕の高校があったのは、長野県の中でもけっこうぶどう農園で有名なトコだったんスよ。
今はもう無くなっちゃったんスけど。
その高校にいた先輩が、僕の高校時代の一番の思い出っスかね。
高校時代の記憶を一つを除いて全て消せ、って言われたらコレを残すと思うっス。
まあ高校時代の記憶のほとんどが、その先輩に関するものなんスけど。
……何の話でしたっけ。
そう、その先輩のことを思い出せって話っスよね。
あの先輩、吹奏楽部でも何でもないのに、バンドやってたんスよ。
何だったっけな、テニス部?
全然行ってなかったみたいなんで、もうあんまり覚えてないんスけど。
一応ボーカルもイケるんスけど、メインはギターやってたんスよね。
バンド自体はそこまで大きくなくて、趣味の集まりみたいなもんだったんスけど。
それでもあの先輩はやっぱり楽しそうで、ただ頭がいいだけの僕よりよっぽど輝いて見えたんス。
それが一番印象的で、えーと…
この話やめません?僕絶対こういうの向いてないと思うんスけど。
えー、やっぱ必要?悪趣味っスねえ。
あーもう、認めますよ。
僕はあの先輩のことが好きだった。
人間は青年期に手に入らなかったものに一生執着するって、誰が言い出したんスかね。
今でも目を瞑ると、あの何も考えてなさそうな笑顔を思い出すんスよ。
幼少からずっと何かを考え続けることを善とし、それだけを磨き続けてきた僕からすると、そのぬぼーっとした顔が羨ましかったのか、欲しくなったのか。
独占欲にも似た何かを感じてはいたんスけどねぇ。
その先輩は地元の大学に進学して、僕は東京の大学でひたすら出世を目指した。
別に人様より偉くなりたいとか、大金が欲しいだとか、身に余る幸福を求めて出世を望んだ訳じゃなくて。
極めて裕福ではないにしろ、馬車馬のように汗水たらして働かずとも、日々の暮らしといくらかの娯楽には困らない程度の社会的地位と財力が欲しかったんス。
あわよくばいつか地元に戻ってきて、先輩と二人屋根の下で暮らしたいなあ、なんて。
ちなみに先輩はその大学で普通に彼氏作って、それを聞いた僕は三日三晩泣き喚いたっス、ハイ。
僕が今日の今日まで長野に帰らなかったのは、その負い目というか、現実逃避というか、何なんスかね。
帰ろうと思ったことはあるんスけど、後ろ髪を引かれるような思い、であったのは確かなんでしょうね。
先輩が、僕のいない世界で幸せに生きているのを見たら、僕の中の何かに穴が空いてしまうような気がして。
せめて今の職場に就いたことぐらいは報告しに実家へ帰ろうと思ったんスけど、先送りに先送りを重ねてもう帰れなくなっちまったんスよね。
見方を変えれば、今帰ってるようなもんスけど。アッハハ。
何笑とんねんお前、殺すぞ。
……そんで話戻すんスけど。
先輩はちょっと他のヒトたちとズレてる所があって。
……いや、嘘ついたっス。ちょっとじゃなくて、だいぶっスね。
文化祭で、先輩のバンドが学生新聞の表紙に載ったとき、先輩のパンツが若干映り込んでいたのに気付いて新聞部の部室に突撃したり。
これは又聞きなんスけど、土下座する新聞部の部長に向かって「どうせ映すならもっと派手に映せ」と言い放ったとか何とか。
それに、文化祭でバンド発表した時に、めっちゃ鳥の羽ついたどっかの民族衣装着てきたり。
あと、けーぽっぷとかじぇーぽっぷってのを全く聞かなくて、ずっと
一言で言うと先輩は、所謂『変なヤツ』だったっス。
そういう意味で、良い方向にも悪い方向にも、先輩は色んな奴からの視線を浴びてたわけで。
そのうち六割が好奇、三割が嫉妬、残りの一割が純粋な好意って感じだったっスかねぇ。
嫉妬が三割っスよ、三割。
なんでああいう類いの輩は悪感情を隠そうともしないんスかね。
実際に嫌がらせみたいな事をする人間はいなかったらしいっスけど。
自分が、そんな先輩に純粋な好意を向けている数少ない人間であることに、充足感と一種の自己陶酔を覚えてたりもしたと思うっス。
多分あの人教祖とか向いてるっスよ、絶対。
この世に存在する『変なヤツ』たちの特徴ってのがあって。
独自の『風』みたいなものがあるんスよ、あいつら。
雰囲気と読み替えてもいいっスけど、ムードメーカーとかそういう意味じゃないっス。
自分たちなりの法律なり概念なりを埋め込んだ世界を有していて、その世界から、対話という手段で他者に風を運んでくる。
分かんないなら分かんないで良いっス、そのうち本物の変人を前にしたらどうせアンタも理解するんで。
先輩の風は、初春みたいな匂いがしたっス。
暖かく、どこか寂しさも残り、次の瞬間にはどこかに消えているかのような、ふわっとした風を纏って、先輩はあちこちに遊び回ってたっス。
これじゃあ風を纏ってるどころか、自分自身が風みたいなモンっスけど。
先輩との馴れ初め?
あの、馴れ初めって普通カップルとかの話で使うモンじゃないんスか?
言わせないで欲しいんスけど、こういうの。
僕も結構後悔してるんスよ?
こうやって急に会えなくなるなら、例え先輩が既婚になってたとしても、自分の気持ちぐらい伝えときゃ良かったって。
重い奴だって言われるかもしんねーっスけど。
あの先輩なら、適当に笑って、変な話して、酒飲んで誤魔化すと思うっス。多分。
だから、あの先輩がもういない、恐らく死んだって言われても、全く信じられないというか。
今もきっとどこかで、あのほんわかした風を吹かせて生きているとしか思えないんスよ。
正直今も現実味が湧かないし、起きたら全部嘘で、あの間抜けな顔で笑う先輩とまた会えるような気がして、何だか胸を鋭利な刃物でメチャクチャに掻き回されているような。
あー、自分の心境を言語化するって結構難しいもんっスねぇ。
考えも言葉もまともに纏まんねぇや。
とにかく僕は、あのちょっと抜けている顔で、朝露に濡れるパンジーのように笑う先輩を、いつまでも忘れられないでいる。
僕がこれから死ぬとしたら、それが一番後悔することだと思うっス。
……ちょっと待てよ。
アンタ誰だ。
かみんぐ、すーん




