自宅夜 インスタ ~告白
部屋は静かだった。
彩はシャワーを浴びて、髪を乾かし、ベッドに腰を下ろす。何となくスマホを開く。
直接、見てと言われたわけではない。
今日、給湯室の前を通りかかった時。
「大樹さんのインスタ、見た事ある?」
「スノボの写真、普通にかっこよくない?」
「わたし、フォロバしてもらったんだよね」
「いいな~」
笑い声とマグカップのふれ合う音。
中には、同僚が二人。彩は廊下側に立ったまま、足を止めた。入る理由がなかった。
この会社では、大概みんな下の名前で呼び合う。誠、葵、紫音・・・そして、大樹。給湯室の中でも、自然にその名前が呼ばれる。
壁一枚。それだけなのに、自分はいつも外側にいる。
自分は、ああいう風にできない。単に扉を押して、笑いながら混ざる。軽く相槌を打って、「見た見た」と言えばいい。それだけの事。
多分。
けれど、彩はいつも考えすぎる。タイミングを測って、言葉を選んで、結局、黙る。
だから苗字で呼ぶ。
佐藤さん。
それが一番、安全だ。
正直、その関係が羨ましくないわけじゃない。服装も自由。オープンな職場を目指そうと考えた支店長の意見には概ね賛成だ。それでうまく回っている。
自分だけが、違う。それは、仕事だと線引きしたいためだ。プライベートと仕事は違う。否、そうしないとうまくできない自分。
佐藤大樹。
検索欄にその名前を入れる。
表示されたアカウントを、少しだけ見つめる。
迷ってから、タップ。
集合写真。大勢の男女が肩を組んで笑っている。「毎年恒例キャンプ」。
BBQ。焚き火。
肉を掲げている笑顔。
スワイプ。
雪山。ゴーグルを上げた笑顔。髪は今より少し短い。
今はハーフアップにできるくらい伸びている髪。
職場では軽くまとめて、ジャケットを羽織る。
服装自由の会社だ。ジーンズやTシャツ出勤の人もいるのに、彼はそこまで崩さない。
けれど写真の中では。
パーカー。ダウン。ラフなニット。
Tシャツにジーンズ。
海水浴。強い日差し。サングラスを少し持ち上げてキメ顔。
スノボ帰りのアウトレット。仲間と並んで、自然に肩が触れている。
アウトレットのインスタ映えな建物を背景にした自撮り。
慣れたカメラ目線。
飲み会の写真。
女の子と距離が近い。
別の投稿。
また別の女の子と、くっついて笑っている。自然に。
スクロールする指が、止まらない。
都会的な街並み。
ガラス張りのビル。
ただ、スタバのコーヒーを持つだけの写真。
ピンクの髪は今と同じ色。でも少し短くて、軽い印象。
今より、少し若い。
自由で。
人の中心にいるのが似合う人。
スマホを持つ手が、わずかに冷える。
職場で見る彼は、ジャケット姿で、落ち着いた声で話す。「佐藤さん」と呼ぶたび、ほんの少しだけ距離を置く。
みんなが「大樹」と呼ぶのを聞きながら、自分はその名前を使わない。使えない。
でも。
心の中では違う。
大樹。
声に出さないだけで、もう何度も呼んでいる。
あの夜。
バス停まで並んだ時も。
ちゃんと隙間があった。
写真の中では誰ともあんなに近いのに。
あれは。
距離を取られたのか。
それとも・・・
考えて、胸がざわつく。都合のいい解釈はしない。そんな自分勝手な事を夢見る年頃も通り過ぎた。
スマホを伏せる。
天井を見つめる。
それでも、また手が伸びる。
通知はない。
当然だ。見に行ったのは、自分。
画面の中で、大樹が優しく笑っている。人の輪の中心で。
自分はいつも、その外側。それは昔から変わらない。それでいいと、思ってきた。
ただ。
そこにいる自分を、どうしても想像できない。彩は目を閉じる。
大樹。
声には出さない。
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