第5話:勝利の余波でヒロイン集結。「あなた…何者なの?」
レオンとの模擬戦が終わったあと、演習場の空気はしばらくざわつき続けていた。
歓声でも、称賛でもない。
驚愕と困惑が混ざり合った、得体の知れないざわめき。
中心に立たされてしまった僕は、どう距離を取ればいいのか分からず、半ば逃げるように演習場の端へ歩き出した。
熱風が残した焦げた匂いがまだ漂っていて、地面にはレオンの炎斬撃の跡が生々しく刻まれていた。
(……どうしよう。本当に、やりすぎた……)
避けるだけのつもりだった。
戦う気なんてなかった。
それなのに、《完全適応》は勝手に最適解を選び、レオンを“瞬殺”してしまった。
観客の視線が刺さるように痛い。
「……あの速さ……」「基礎科じゃないだろ」「魔力ゼロって嘘じゃね?」
耳に入ってくる言葉に、胸がざわつく。
嫌な汗が背中を伝い、息が落ち着かない。
そんな僕の前に、影も差さなかったのに気配が降ってきた。
「リオ」
名前を呼ばれ、顔を上げる。
光を帯びた金色の瞳。
フィア・ルミナリエ。
彼女は真っ直ぐこちらへ歩いてきて、そのまま距離を詰め、僕の目の前で足を止めた。
「さっきの戦い……説明してくれる?」
「……あ、あれは……その……」
「見た魔法を理解できるのも、剣を見ただけで最適解を選ぶのも——普通じゃないわよ」
いつもの柔らかさがない。
真剣な瞳が、僕の奥にあるものを覗き込むようだった。
「ただの偶然で、実戦科トップを“避けて”“倒せる”なんてありえない。
……あなた、本当に“魔力ゼロ”なの?」
「ち、違うんだ……! 本当に違くて……!」
「その慌てた否定が、一番信用できないのよね」
ぐ……また論破されている。
フィアは容赦がない。天才の洞察は鋭すぎる。
そこへ、影のように音もなく別の気配が割り込んできた。
「リオ、すごかったぞ」
風を背に纏ったような佇まい。
銀髪が揺れ、冷静な鋭さを感じさせる少女——セレナが立っていた。
彼女は戦場のような視線で僕を見つめ、短く告げる。
「次は本気で勝負したい。……あれが君の力の一端なら、私はもっと強くなれる」
「ま、待って……! 僕は別に強くなんか——」
「強い。認めろ。あれを“弱い”とは言わない」
「…………」
反論が、出てこない。
セレナは続ける。
「無能だの劣等生だの、全部ただの噂だったんだな。
私はそういうのに興味はない。見たものだけを信じる」
真っ直ぐな言葉が、逆に刺さる。
そこへ、走ってくる足音。
白髪が風に揺れ、青い瞳を潤ませながら僕の名を呼ぶ声。
「リオ……本当に無事なの……!?」
エリスが駆け寄ってきた。
王族らしい気品をまとった少女が、この場ではただの幼なじみとして僕を案じてくれている。
「噂を聞いて……レオンと戦ったって……怪我してない?」
「あ、うん。大丈夫……本当に平気だから」
「よかった……本当に……」
エリスは胸に手を当て、安堵の息を漏らす。
その姿を見るだけで、胸が締め付けられそうになる。
だが、次の瞬間。
「やっぱりねぇ。リオって、どう考えても“普通じゃない”よね」
柔らかい声が背後から現れた。
空気が揺れ、影が寄り添うように地面から浮かぶ。
ミュリス。
魔族の血を継ぐ少女は、薄く笑って僕の肩に顔を寄せる。
「だって、私……感じたもん。“同族の因子”ってやつ」
「ちょ、ちょっと待って! それを大声で言わないで!」
「言ってないよ? だってここ、みんな騒がしくて聞こえてないでしょ?」
言いながら、紫の瞳が細められる。
「でも……あなたの力、もう隠せないよ?
あんな動き、無能じゃできないでしょ?」
「ち、違うんだ……本当に……!
僕はただ……普通に……っ」
「普通の人間なら、実戦科トップを一瞬で転ばせたりしない」
「そうそう」「確かに」「だよねぇ」
四人が完璧に同時にうなずいた。
「いや、だから本当に違うんだってば……!」
苦しすぎる言い訳。
誰も信じてくれない。
当たり前だ。僕自身、あの動きを“自覚”していないのだから。
視線を外せば、周囲の生徒たちが騒ぎ始めている。
「黒髪の無能……強すぎじゃね?」
「いや無能じゃねぇだろ、どう見ても」
「実戦科より強いってマジ?」
「影の守護者とか呼ばれてるやつ、あいつなんじゃね?」
(……影の守護者? なんの話……)
知らないうちに妙な噂まで生まれているらしい。
学園中に広まりつつある“黒髪の無能が実は最強”という尾ひれが、いよいよ本格的に動き始めていた。
僕は必死に息を整えながら、四人に向き直る。
「みんな……記憶違いじゃない? 僕は本当に無能で——」
「「「「それはない」」」」
四人の声が、綺麗に重なった。
完全に、論破されている。
ああ……どうしてこうなったんだろう。
今日の朝までは、誰にも気づかれずに静かに過ごすつもりだったのに。
四人の視線が絡まり、逃げ道がない。
観客の注目も熱を帯びている。
(……隠しきれない。どこかで線を引かないと……)
そんな焦りが胸の奥で渦を巻いたその時、
演習場の端で、クロード教官が静かにこちらを見ていた。
温厚な顔つきの奥に、確かな観察の眼差し。
彼だけが——僕の“異常性”を正確に理解したような目をしていた。
(……クロード教官……やっぱり気づいてる)
四人の少女と、ざわめく群衆と、鋭い教官の視線。
その全てが混ざり合って、僕の心はどこへ逃げればいいのか分からなくなる。
こうして──
“黒髪の無能”と呼ばれた少年は、一瞬の勝利をきっかけに、学園中の注目と疑惑の中心へと押し上げられてしまった。
僕の意思とは、まったく関係のないところで。




