第38話:ミュリスの決断――リオを逃がすための“秘密の脱出行”
武闘祭の混乱が落ちつくことはなかった。
巨獣が崩れ落ちたあの瞬間から、学園全体の空気はどこか歪んでいる。
強まる監視、警備の増強、ざわつく教師陣……
そして、どことなく刺すような視線。
(……嫌な気配が増えてる)
廊下を歩くだけで、見えない“網”に絡め取られる感覚があった。
誰が見ているのか分からない。
けれど、確かに誰かが僕を追っている。
そんな中で――
ミュリスはいつもと違った。
笑っているのに、笑みが震えている。
無邪気に見えるのに、瞳の奥がずっと揺れていた。
夕暮れが落ちるころ、彼女はそっと手を引いてきた。
「リオ……今夜、時間ある?」
「え、あぁ……別にいいけど」
その声が、どこか切迫していると気づいたのは、
夜になってからだった。
寮の裏手。
人気のない古い通路――
ミュリスは壁にもたれたまま、深い息を吐いた。
「リオ……ほんとは言いたくなかったんだけど……」
いつもの軽い調子は影も形もない。
僕は息を呑んだ。
「どうしたんだよ。何があった?」
「……全部だよ。
精霊も、魔族も、帝国も、教国も……
みんな、リオを狙ってる」
その言葉を聞くのが怖かった。
でも、予感はずっとあった。
「もう、“監視”で済む話じゃないんだ。
奪いに来る。
どっちの勢力も……リオを、自分たちに引きずり込もうとしてる」
闇の子である彼女の声は、いつになく重かった。
「僕を……奪う?」
「うん。
精霊は、リオを消そうとしてる。
魔族は……リオを王にしようとしてる」
(そんな……)
息が詰まる。
逃げ道なんてない。
選べる余裕なんて、もっとない。
ミュリスは僕の腕を掴んだ。
「だから――逃げよ?」
「……逃げる?」
「うん。
この学園にいたら、いずれ捕まる。
どっちかに取られて……もう戻れなくなるよ」
その瞳は泣きそうなくらい真剣だった。
「僕は……逃げたくないよ。
みんなを置いて、どこへ行くんだよ」
「違うよ、リオ。
逃げるんじゃなくて……守るの。
リオが消されちゃう前に、どこか安全な場所へ隠れるの」
彼女は震える声で続けた。
「……お願い。
私、リオがいなくなるの……嫌だよ」
小さな声なのに、胸の奥に刺さった。
「行こう。
裏道を使えば、今なら結界が緩いとこがある。
そこなら抜けられる」
ミュリスは僕の手を握ると、夜の通路へ駆け出した。
僕も引っ張られるように走り出す。
(本当に……逃げるのか?)
学園の明かりが遠ざかる。
夜の風が冷たく頬を撫でた。
でも、胸の奥の封印は静かに脈打ち続けている。
(僕は……何を選ぶべきなんだろう)
答えがないまま、
僕たちは暗い裏道へと姿を消していった。




