第32話:初見殺しの連続――最強剣士の技を“見た瞬間に超える”
影の気配を払い終えたのと同じ瞬間、競技場全体の空気が変わった。
ざわつきが凍りつき、観客席の視線が一点へ吸い寄せられるように集まっていく。
中央通路の先から、重い足音を響かせてひとりの男が歩いてきた。
真紅のマントを揺らし、帝国の紋章を刻んだ大剣を携えた剣士。
鍛え抜かれた肉体と、鋭い殺気が周囲の空気を押し潰していた。
「乱入者。名を名乗れ」
低く響く声に、思わず顔をしかめる。
「……名乗りたくないんだけど」
「ならば倒して黙らせるだけだ」
剣士が一歩踏み出すたび、石畳がわずかに沈む。
彼の気迫に、まるで本来の競技の場ではないような圧力が満ちていく。
セレナが叫んだ。
「リオ、下がれ! あいつは実戦科でも最強クラスだ!」
しかし下がる場所はどこにもなかった。結界は完全に閉じられ、僕を逃がす気など欠片もない。
(……もう、やるしかないのか)
帝国剣士は迷わず踏み込み、その大剣を高く振り上げた。
剣が風と魔力を巻き込みながら落ちてくる。
その瞬間、僕の目には彼の動きが“止まって”見えた。
振り下ろす前の肩のわずかな緊張、腰の回転角度、足の位置、靴底の摩擦の方向。
大剣を扱うための最も効率的な軌道が、まるで線を描くように脳内へ流れ込む。
(ああ……この技、分かる)
気づいた時には身体が横へ滑り、完璧な回避をしていた。
髪先すら触れさせず、影のように剣の死角へ回り込む。
「……なっ!?」
帝国剣士の驚愕が聞こえる。
だが、まだ終わっていなかった。
彼は即座に半回転し、逆袈裟の高速二連撃を撃ち込んできた。
帝国流剣技の極致。
熟練の戦士ですら扱いを誤れば自滅するほどの高難度の奥義。
しかし僕の頭の中では、剣が振り上げられた瞬間に“別の技”が出来上がっていた。
(この技なら、こっちのほうが強い)
理由なんて分からない。
ただ、そうした方が良いという確信だけが脳に流れ込んでくる。
落ちていた試合用の木剣を拾い、剣士の軌道より半拍早く振り抜いた。
その一撃は大剣の中心を正確に叩き、相手の力の流れを完全に折る。
金属が悲鳴を上げ、剣士の握力が砕ける。
大剣が軌道を外れ、帝国剣士はよろめきながら後ろへ退いた。
「ぐっ……あり得ん……!
この技を……見ただけで……!」
観客席が水を打ったように静まる。
そして――ざわめきが爆発した。
「今の、見えたか?」「速すぎて分からなかったぞ!」
「木剣で帝国の剣士の奥義を!?」「なんなんだあいつ……!」
(ああ……本当に最悪だ……)
どうしてこうなるのか。
静かに観戦していたかっただけなのに。
フィアが震える声で呟く。
「やっぱり……リオは……」
その瞳は確信で満ちていた。
セレナは僕を見て目を大きく見開き、驚愕と安心が入り混じった声を漏らす。
「お前……本気を出せば……ここまで……強かったのか……」
エリスは口元を押さえながら涙ぐみ、
ミュリスはにっこりと微笑んだ。
「ね、言ったでしょ? リオはすごいんだから」
帝国の兵たちはざわつき、ざんばら髪の男が叫ぶ。
「あの黒髪……! 噂の“怪物”だ!」
「報告しろ! 将軍に伝えろ!」
「もう戦術レベルじゃない……!」
胸がざわつく。
もうこれは“隠せるもの”じゃない。
(また……封印が……)
胸の奥の欠片が震えた。
学園の熱気とは関係なく、冷たい脈動が全身を巡る。
(……本当に、普通のままじゃいられないんだな)
覚悟が、遅れて胸に降りてきた。




