第3話:実戦科トップ・レオン登場。逃げたいのに模擬戦が組まれる
昼休みが終わり、基礎科の午後授業が始まるはずだった。
だが、その静けさは唐突に破られた。
教室の扉が勢いよく開き、廊下から熱を帯びた気配が流れ込んでくる。
次の瞬間、鮮やかな赤髪が視界に飛び込み、少年が教室の中央へ一歩踏み込んできた。
「よう、ここが基礎科Eクラスか?」
声が響いた瞬間、教室中がざわついた。誰もがその名を知っている。
レオン・アークライト。
実戦科トップの天才。
入学一年目にして実戦科の上位選抜を全勝で通った“炎の剣士”。
その本人が、なぜか基礎科の辺境クラスへ乗り込んできた。
僕は嫌な予感しか感じていなかった。
そして、その予感は一瞬で現実になる。
「天城リオはどこだ?」
教室の空気が凍る。
レオンの視線がまっすぐ僕へ突き刺さった。
(……どうして僕なんだ)
隣の席の男子が囁く。
「うわ……やば。なんで実戦科トップがアイツを?」
「もしかして、本気で無能かどうか確かめに来たんじゃ……?」
「てか普通に無理だよな、勝ち目ねぇって……」
悪意のない囁きが、逆に胸へ痛く刺さる。
「お前が天城リオか」
レオンが一歩近づく。
その動きには迷いがなく、炎のような気迫があった。
「噂は聞いた。“魔力ゼロの無能”らしいじゃねぇか」
「…………」
「だけどよ、おかしいよな? 実戦科の生徒が言ってたんだ。
“黒髪のやつが異様に素早かった” “避け方が普通じゃなかった” ってよ。
……まさかお前じゃないよな?」
(……あれは、偶然……ではないけど……説明できない……)
肯定も否定もできない僕は、曖昧に視線を逸らした。
その仕草を見逃すほどレオンは鈍くなかった。
「ははっ、おもしれぇ。
お前、無能じゃねぇんだろ?」
「ち、違うよ……僕は本当に——」
「だったら証明してみろよ。模擬戦でな」
「……っ」
教室が一気に沸き始める。
「え、模擬戦!?」「やば、死んだ……」「リオ終わった……」
終わった。
完全に終わった。
僕は戦いたくない。
ここで力を見せれば、また隠す場所がなくなる。
でも戦わなければ、余計に怪しまれる。
(どうすれば……)
そう迷っていると、レオンが肩を掴んだ。
「いいから来いよ、時間はとらせねぇ。避けるだけなら誰でもできる。
それで本当に“無能”だって証明できるなら、俺は何も言わねぇ」
避けるだけ……。
(……そのつもりだったんだけど)
僕は唇を噛む。
避けるだけのつもりでも、完全適応は勝手に最適化してしまう。
戦意がなくても、回避能力や身体能力が勝手に上がってしまう。
それでも——拒否する余地はなかった。
教室の空気が「逃げるの?」と無言で押してくる。
「……わかった。少しだけなら」
「よし、決まりだ」
レオンの笑みは挑戦者のそれだった。
その後ろで、フィアが呆れたようにため息をつく。
「ほんとに行くの……? 無理だと思うけど」
セレナは腕を組み、僕の全身を観察するように見ていた。
「リオ、本当にやるのか。……怪我するなよ」
エリスは心配そうに小声で呼び止める。
「り、リオ……無茶しないでね……?」
ミュリスだけは、なぜか楽しげに笑っていた。
「ふふ、リオって困ってる顔もかわいいね」
——お願いだから余計なこと言わないで。
心の中で叫びつつ、僕は渋々、教室を出た。
演習場に着くと、すでに噂を聞きつけた生徒たちが集まっていた。
半ば学園行事のような騒ぎに、僕の胃は締め付けられるように痛む。
(……はぁ。どうしてこうなる)
レオンは既に中央で準備運動をしていた。
その姿勢は無駄がなく、身体能力の高さが一目で分かる。
「よし、お前の準備ができるまで待っててやるよ」
「準備も何も……戦わなくていいならそれで……」
「戦わなくていいならいいさ。避けるだけで十分だ。
俺が本気で斬りかかっても避けきれたら、お前の勝ちだ」
「……それ、避けれる前提じゃない?」
「ははっ、避けられねぇから言ってんだよ」
言葉通り、彼の自信は揺るぎなかった。
観客席の端で、クロード教官が腕を組んで見守っている。
その眼差しは優しいが、どこか僕を“測る”視線でもあった。
(……やっぱり見抜かれてるのかな)
息を整えようとしても、胸のざわめきが止まらない。
レオンが腰の剣を抜いた。
炎の魔力を宿す細剣——赤熱の軌跡を描きながら構えが決まる。
「いくぞ。遠慮はしねぇ」
「……う、うん」
(避けるだけ……避けるだけ……避けるだけなら……)
その瞬間——
「——始め!」
観客の誰かの合図をきっかけに、レオンが地を蹴った。
目の前の赤色が一気に迫る。
(速——っ!?)
反射的に体が動いた。
一歩下がり、上半身を反らし、剣先を紙一重で避ける。
自分の意思より早く、身体が勝手に最適回避を選んでいる。
(やばい、完全適応が勝手に働いてる!)
「ほぉ……避けたか!」
レオンが笑う。
すぐさま二撃目、三撃目が襲いかかる。
炎を纏った斬撃が連続で飛ぶ。
そのたびに僕は、風の流れに乗るように身体を傾け、足を滑らせ、寸前で回避する。
(止めろ……もっと鈍く……!)
願いとは裏腹に、動きはどんどん精密になっていく。
レオンの剣筋を“見た瞬間に理解し、最適な避け方を選ぶ”という、常識外の動作。
観客がざわめき始める。
「おい……今の見たか?」「避け方がプロの動きじゃね?」
「無能じゃなかったのかよ……!」
視線が集まる。
もう誤魔化すのが限界に近い。
「ちっ……避けられるなら、これはどうだ!」
レオンの魔力が一気に膨れ上がる。
炎の斬撃が地面を焼き、熱風が爆ぜた。
避け切れない。
この規模は——避けたら逆に不自然。
なのに、僕の身体は——勝手に最適解を選んだ。
地を蹴り、炎の軌跡の“死角”へ滑り込む。
気づけば、レオンの懐に入り込み——
「う、わ——っ!?」
レオンが勢いよく地面へ転がる。
僕は彼の剣を無意識に弾き飛ばしていた。
——静寂。
観客の視線が、すべて僕に向けられた。
レオンが立ち上がり、驚愕と笑みが混じった顔で言う。
「……お前、本当に無能かよ」
その瞬間、クロード教官が小さく息を呑む音がした。
鋭い視線が僕の動きを正確に把握していた。
(……やばい。完全にやり過ぎた)
演習場の中心で、僕の心臓は激しく鼓動していた。
——逃げられない。
隠しきれなくなる予感が、確かな形で迫っていた。




