第27話:闇の包囲網――リオ、狙われていることに気づき始める
学園の帰り道。
夕暮れの街は暖かい灯りに包まれて、穏やかな空気を漂わせていた。
行き交う人々の笑顔に、少しだけ心が安らぐ。
(……こういう時間、好きなんだけどな)
けれど、胸の奥のざわつきは消えなかった。
風が一瞬だけ止まり、背後でわずかな“気配”が揺れる。
足を止めそうになったが、あえて止まらず歩き続けた。
(……まただ)
昼間も、学園を出た直後に同じ気配を感じた。
誰かが距離を取りながらついてきている。
気づかれないように、でも確実に。
(気のせい、じゃない。
あれは……“追跡者”の動きだ)
胸がひどく冷える。
商店街を抜け、人気の少ない道に入る。
わざと曲がり角を増やし、気配を揺さぶってみる。
ついてくる。
ずっと後方で、間合いを崩さず。
(……狙われてる。
何か……僕に用がある)
胃が重く沈む。
でも、誰にも言いたくなかった。
(普通に……過ごしたいんだ。
みんなに心配なんて、かけたくない)
それが本音だった。
寮の近くの公園を通り抜けようとしたとき――
「リオ?」
突然声をかけられ、振り返るとミュリスが立っていた。
「どうしたの? 変な顔してる」
「え……そう見える?」
「見えるよ。
あと……リオの後ろ、なんか“変な匂い”した」
ミュリスの紫の瞳が細められる。
魔族特有の感覚が、確実に何かを察知している。
「リオ、危ないよ。
“影の人”がついてきてる」
息が詰まった。
「ミュリス……君も気づいてたの?」
「当たり前だよ。
リオの匂いと混ざってる、嫌な闇の匂い……知らない人の」
彼女の目に浮かぶ不安が胸に刺さる。
「大丈夫。寮に戻れば――」
「違うよ。
戦うとかじゃなくて……ちゃんと、誰かに頼ってほしいの」
ミュリスが袖をぎゅっと掴む。
「リオは優しいから、ひとりで抱え込むでしょ。
でもね……そういう時ほど、危ないんだよ」
言い返せない。
本当に、何も言えなかった。
「……大丈夫。僕は平気だから」
「だからそれが嘘なんだってば!」
声が震えていた。
ミュリスが怯えている理由が、痛いほど分かる。
(……巻き込みたくないんだよ、ミュリス)
でも、言えない。
「とにかく……今日はもう帰ろう」
「……うん」
ミュリスの手をそっと離し、歩き出した。
だが――その瞬間だった。
公園の奥の暗がりから、重い靴音が近づいてきた。
「黒髪……
お前が“噂のガキ”か」
帝国の偵察兵。
鎧の表面には帝国の紋章。
鋭い視線が僕に突き刺さる。
ミュリスが一歩後ずさった。
(……来たか)
心臓が強く脈打つ。
気配を感じた尾行者とは別だ。
これは、正面から僕に狙いを定めてきている。
偵察兵は腰の武器に手をかけた。
「逃げる必要はない。
お前を連れていくだけだ。
……抵抗しても構わんがな」
(やめてよ……今だけは……)
暴力の気配を前に、僕の心が強く拒否した。
一歩でもこの男が近づけば、また誰かを傷つける。
その瞬間――
胸の奥が勝手に反応した。
「……っ!」
視界が揺れ、世界の色が変わった。
相手の動きが“止まって見える”。
(完全適応……勝手に発動してる……!)
足が自然に動く。
影のように地を蹴り、相手の死角へ滑り込む。
偵察兵が驚いて振り返る前に、
僕の手が彼の武器を弾き飛ばしていた。
金属音すら聞こえない。
動きの全てが“本能の最適解”として体を走る。
「ば、バカな……今……どこに……!」
僕は敵の背後にすでに立っていた。
(こんなの……望んでないのに)
偵察兵は一撃も反応できず、意識を失い倒れ込む。
ミュリスが震えながら叫んだ。
「リオ……!?」
「だ、大丈夫……もう脅威はないから……」
本当は大丈夫なんかじゃない。
完全適応が、また勝手に動いた。
その一部始終を、遠くの屋根の上から“影”が見ていた。
ノアの部隊のひとりだ。
「報告。
黒髪の少年の動き、確認。
……あれは完全適応の初期症状に一致」
通信魔術がノアへ繋がる。
『見間違いではないな?』
「はい。
あの速度……あの無自覚の最適動作……
間違いなく、“標的”です」
しばらく沈黙が落ち、
ノアの冷たい声が返ってきた。
『……確定した。
対象は黒髪の少年。
完全適応の保持者と認定――』
闇がわずかに震えた。
『――抹消対象とする』
その言葉は、夜の底まで響いた。




