第26話:ノアとザガルド、初の接触――目的は“黒髪の少年”
月の光が弱く差し込む夜。
アルケディア学園の外縁――深い森の奥で、風が止まった。
そこに立つ男の影は静かだった。
黒い法衣が闇に紛れ、仮面が淡い光を受けてわずかに光る。
ノアは、遠隔魔術で学園を観察した直後だった。
その視線は一切揺れない。
彼にとって世界は“秩序”と“異物”でしか分けられない。
「完全適応――やはりここにいる。
封印がここまで揺らげば、対象は間違いない」
抑揚のない声が闇に溶ける。
その瞬間――地面が重く震えた。
足音。
巨大な魔力。
まるで魔獣が突き進んでくるような圧。
ノアは仮面をわずかに向けた。
木々を押しのけて現れたのは、鋼鉄の鎧より硬そうな肉体を持つ巨漢。
ザガルド将軍。
帝国が誇る最強の魔闘士。
「ほう……ここにいたか、黒衣の男」
「……帝国の兵か」
静と動。
闇と炎。
両者は相容れない空気を纏いながら向かい合う。
「この先に“黒髪の怪物”がいるらしいな」
ザガルドの声は、森を振動させるほど低く響いた。
「怪物ではない。
世界の均衡を壊す“欠陥”。
……ゆえに抹消する」
「抹消? そりゃ困るな」
ザガルドは口角を上げ、不敵に笑う。
「帝国はそいつを“兵”として欲しがっている。
次の魔族戦で使えるなら、手に入れておきたいんだよ」
「戦力として扱うつもりか。愚かだな」
「そっちこそ、勝手に消されちゃ困る。
帝国にとって価値のある“素材”だからな」
互いに言葉を交わしながらも、二人の間の空気は急速に冷え、凍りつく。
「邪魔をするなら排除する」
ノアの声が一段低くなる。
「奇遇だな。
俺も同じことを考えてたところだ」
ザガルドが拳を鳴らす。
骨ではなく、鉄塊がぶつかるような重い音が響いた。
森の奥で、光のない風がざわめく。
どちらも譲らない。
どちらも退かない。
目的は違えど、向ける先は同じ――
黒髪の少年。
リオ。
遠くの木の上、細い枝に止まる小さな影。
魔族の使い魔が、震える羽をすぼめながら二人を見下ろしていた。
「やだ……やだ……
あれ、ミュリスの……リオを……」
月の光が震える羽を淡く照らす。
「二つの勢力が……同時に来てる……
リオ、逃げて……!」
小さな声は風に掻き消され、誰にも届かない。
ノアは仮面の奥で目を細めた。
冷たい殺意がゆっくりと空気を侵す。
「帝国の干渉など、取るに足らない」
「……面白ぇ。
その口ぶり、帝国を相手にしても勝てるつもりか?」
「勝つ必要はない。
任務を果たせばよいだけだ」
ノアが一歩踏み出す。
ザガルドも同時に前へ出た。
空気が裂け、森の獣たちが一斉に逃げ出す。
もしこのまま衝突したなら、森がひとつ消し飛ぶほどの衝撃が起こるだろう――
だが二人は、ぎりぎりで足を止めた。
互いの力量を、理解したのだ。
無駄な戦闘になりかねないと。
「黒髪の少年――必ず見つける」
「いや、帝国が先に捕まえる」
互いに背を向け、別々の方向へ歩き始めた。
目的は同じ。
だが協力する気など微塵もない。
その意志は、闇より黒く、鋼鉄より固かった。
そして――二つの影が去った後の森には、
ただ静かな夜風だけが残された。
だがその風は、学園に向けていた。
まるで次の嵐を告げるように。
(リオ……)
誰も知らぬところで、包囲網だけが確実に狭まっていた。




