第23話:魔族側の評議会――“王として迎えるか、封印するか”
闇の中に、淡い紫の光だけが揺れていた。
その光は松明ではない。
闇属性の魔力が凝縮されて生まれる“灯”。
魔族の高位者だけが扱える、静かで冷たい輝き。
その奥に、黒い玉座が三つ。
闇の衣をまとった上位魔族たちが、互いに睨み合っていた。
ミュリスは中央の壇の前でひとり立ち、唇を噛む。
(……嫌だ……この空気。
リオのことを、あの人たちは……ただの“危険物”としか見てない……)
胸の奥が熱くなるほどの怒りと不安が混ざり合っている。
「ミュリス・ナハト。」
低い声が闇の奥から響いた。
「本日は、お前の“報告”を聞くために招いた」
上位魔族のひとり、黒角の長い老人が先に口を開く。
「古代魔族王の欠片が宿る少年。
その者は今、封印を揺らしておるのだな?」
「……はい。でも、彼は……」
「力が暴れ始めているのだろう?」
「……それは……」
否定できない。
リオが二度も暴走しかけたのを、彼女は知っている。
しかしそれだけではない。
彼が必死に抵抗していたことも、ミュリスは知っていた。
別の席から、低い声が響く。
「我ら魔族にとって“欠片”とは王の証。
復活の時を告げる灯火でもある」
その声は重く、誇らしげですらあった。
「王として迎え入れるべきだ。
あの少年は器を持っている」
さらに反対側から、鋭い声が切り込む。
「器など幻想にすぎん。
問題は“制御できるか”だ」
「制御? 我らの王だぞ。従わせればよい」
ミュリスの胸がざわつく。
(従わせる……?
そんなの、リオに似合わない)
冷たい別の声が割り込む。
「むしろ、危険なのはその優しさだ。
優しさゆえに、あの力は暴走する」
「封印を再度施すべきだ」
「いや、王として迎えるべきだ」
「いや、始末するべきだ」
――議場が揺れた。
「やめて!」
声が反響し、闇が揺れた。
ミュリスが一歩踏み出し、こぶしを握りしめる。
「リオは……リオはそんな子じゃない!
誰より優しくて、誰より誰かのことを考えて……
自分がどんなに傷ついても、人を助ける子なんだ!」
空気が凍りつく。
上位魔族たちの視線が一斉にミュリスへ向いた。
「……感情論は不要だ、ミュリス・ナハト」
「感情じゃありません!」
思わず叫んでいた。
「私は……彼のそばにいた。
彼がどれだけ自分の力を怖がってるか、誰よりよく知ってる!」
声が震える。
それは恐怖ではなく、悔しさの震えだった。
「彼は……王になりたいなんて思っていない。
誰かを支配したり、傷つけたりしたくないだけ。
ただ……ただ、普通に笑って生きたいだけなんです……」
ミュリスの瞳に涙が滲む。
「そんな彼を……あなたたちは、“封印”だの“処理”だの言うの?」
沈黙が落ちた。
闇の奥から、低い声が響いた。
「少年が優しいことなど……問題にはならん」
「ならない!? どうして――」
「優しければこそ、欠片は暴走する」
「……っ!」
言葉が詰まる。
理解している。
ミュリス自身、分かっている。
リオの優しさはときに彼自身を追い詰める。
「だからこそ、判断が難しいのだ」
別の声が続ける。
「器を持つ者として迎えるべきか。
それとも再封印し、世界の均衡を守るべきか」
「決めるべき時ではあるが……まだ時期尚早だ」
「……意見が割れている以上、軽々しくは動けん」
その言葉に、ミュリスは息を吸う。
(……保留……?)
まだ救いは残っているのだろうか。
やがて、議場の中心に座る最長老が静かに言葉を落とした。
「結論は……保留とする」
ミュリスの胸にわずかな希望が灯った。
「ただし――」
その光が揺れる。
「“監視を強化せよ”」
闇が低く響き渡る。
「封印が揺らぎ続けるのなら、いずれ決断の時が来る。
王として迎えるか。
あるいは……再び封印するか」
ミュリスの心臓が強く脈打つ。
(……リオ……)
「ミュリス・ナハト」
「……はい」
「お前は、少年の行動を逐一報告せよ。
誰より近くにいるお前の目が、確かな判断材料となる」
その指令に、ミュリスの胸が痛んだ。
(“報告者”としての私なんて……リオが知ったら……)
でも。
(……それでも私は、リオを守る)
ミュリスは静かに頭を下げた。
「……分かりました。
でも――」
最後に、正面を見据え、きっぱりと言った。
「彼を傷つける判断が下ったなら……
私は絶対に従いません」
闇の奥で、誰かが小さく息を呑んだ。
ミュリスは涙をぬぐい、評議会の視線を真っ直ぐ受け止めた。
(リオ……絶対に……あなたをひとりにはしない)




