第22話:帝国の圧力――“最強の兵を求めて”学園に迫る影
朝から、学園の空気が妙にざわついていた。
生徒たちの会話が落ち着かず、廊下に立つ教官たちもどこか張り詰めている。
「今日、すごい人が来るって噂……ほんと?」
「帝国の……あの将軍が?」
「いやいや、なんで学園に……?」
そんな声が飛び交う中、僕は胸のざわつきを抑えきれずにいた。
(帝国……? なんで学園なんかに)
嫌な予感だけが、身体の奥で重く沈んでいた。
午前の授業が終わるころ。
突然、学園の門近くに巨大な影が現れた。
地面が震えるほどの足音。
空気を押しつぶすような魔力の波。
教官たちが慌てて走り回り、生徒を止めに入る。
「全員! 勝手に近づくな!」
「今日は……“特別な来客”がある!」
その“特別”という言葉の意味は、門が開いた瞬間に理解した。
――巨漢。
――鋼鉄のような筋肉。
――魔力の爆風そのものの存在感。
歩くだけで石畳が沈むような圧。
圧倒的で、常識外れで、暴力そのもの。
(……あれが……帝国の将軍……?)
見ただけで、喉がひゅっと細くなる。
レオンでさえ、目を見開いていた。
「嘘だろ……あの魔力……!」
ザガルド。
帝国最強の魔闘士として名高い男。
体躯は人間離れし、全身が鎧のように分厚い筋肉で覆われている。
その視線ひとつで、近くの学生が膝をつきそうになるほどの威圧感。
「ふむ……ここが“魔法文明の中心”か」
低い声が、空気を震わせる。
その声だけで、周囲の空気が一段重くなる。
(……やばい……本物の化け物だ)
表向きの名目は“学園との友好視察”。
だがその裏で走る噂はまったく別物だった。
「帝国……次の魔族戦に備えて兵を探してるらしいぞ」
「今の若い世代から“最強の戦士”を集めるとか……」
やっぱり、ただの視察じゃない。
そしてザガルドは、実戦科の学生たちの前に立つと、
まるで品定めでもするように腕を組んだ。
「ほう……この中から“使える”奴はいるのか?」
その一言で、実戦科の空気が一気に凍りつく。
レオンですら、歯を食いしばっていた。
「……舐めてんじゃねぇ……!」
彼の炎属性がわずかに揺らぐ。
(レオン……挑んだら死ぬぞ……!)
ザガルドの魔力は桁違いだ。
彼の体に宿っているのは“魔力を肉体へ変換する”帝国独特の技術。
最強の魔闘士。
それは伊達ではなかった。
ザガルドは実戦科の生徒たちを一通り見渡したあと、
ぴたりと視線を止めた。
その方向は……僕ではない。
だが、妙に近い。
「……黒髪の……少年、だと?」
「将軍、ここには……まだ該当者の候補情報が――」
「黙れ。
学園で噂されている“影の守護者”。
黒髪の少年が帝国兵を倒したと聞いたぞ」
背筋が冷たくなった。
(……終わった……完全に噂が届いてる……!)
周囲の空気がざわつき始める。
「黒髪……あいつか?」
「いや、名前は分からないって……」
「まさか本当に強い子がいるの……?」
レオンが振り返る。
「リオ……お前、何かしたか?」
「な、なんもしてない……! 僕は無能で……!」
「絶対嘘だなそれ」
「なんでだよ!」
もう誤魔化しようがない。
さらに最悪なことに、ザガルドが次の指示を部下に出した。
「いいか。表向きの視察は続ける。
だが裏で“黒髪の少年”を探せ。
冬の戦役に備えて……最強の手駒を手に入れる」
「御意!」
部下たちが散開し、学園中へ散っていく。
その動きはあまりに迅速で、訓練された軍の影であることが一目で分かった。
(……完全に僕を狙ってる……!)
フィアたちもただならぬ空気を感じ取ったようだ。
「リオ……また何かに巻き込まれてない……?」
「君の方に視線が集まりすぎだ……おかしい」
「リオ……本当に大丈夫なの……?」
「他国の軍は、甘くないよ……?」
胸の奥が痛む。
(巻き込んでる……完全に、僕が原因で)
逃げたい。
でも逃げられない。
そんな気持ちが胸を覆う。
そして――ザガルドは校舎を見渡し、ひとり呟いた。
「黒髪の少年……。
気配はまだ分からんが……
必ず見つけ出してみせる」
その声は戦場の覇者の声だった。
僕がどこにいようと、いずれ捕まる。
そんな予感だけが、胸に重く刺さる。
(どうすれば……?)
逃げても、追われる。
隠しても、暴かれる。
ノアの影。
帝国の圧力。
世界の均衡の揺らぎ。
すべてが、僕という小さな人間へ向かって迫ってくる。
日常は、もう遠くにかすんでいた。




