第20話:自覚する“危険性”。リオの決断と迷い
夕暮れの光が、学園の石畳を赤く染めている。
その景色はいつものはずなのに、胸の奥がずっとざわついていた。
ミュリスの告白。
フィアの光。
セレナの覚悟。
エリスの行動。
全てが重なって、僕の心の中心に突き刺さっている。
(……僕は、本当に“普通”じゃないんだ)
思いたくなかった。
気のせいだと誤魔化したかった。
でもあの日、結界すら歪ませたあの暴走を、僕自身が一番よく覚えている。
胸の奥——あの“欠片”が脈打つたび、皮膚の下が冷たく震える。
「僕がここにいるだけで……誰かが傷つくかもしれない」
呟いた声は風に消えた。
誰かが聞いてくれなくてもよかった。
自分で自分に言うしかなかった。
校舎裏の小道を歩きながら、胸の奥に手を当てる。
脈がひどく早いわけではない。
痛みがあるわけでもない。
ただ——
(……怖い)
昨日の夜に起きたことが、ずっと頭から離れない。
制御できなくなった魔力。
勝手に動く身体。
押し広げられるような熱。
結界の歪み。
あれは、僕自身ではどうにもできなかった。
(また暴れたら……どうする?)
フィアがまた必死に光で抑えてくれるだろうか。
セレナが止めてくれるだろうか。
エリスが結界で守ってくれるだろうか。
ミュリスが支え続けてくれるだろうか。
――そんなの、違う。
「僕が……守られちゃいけない立場なんだ」
胸が鋭く痛む。
彼女たちの覚悟は本物だ。
けれど、その覚悟に甘える権利なんて、僕にはない。
(僕が抱えているものは……世界を壊す力なんだ)
ミュリスが言っていた“欠片”。
古代魔族王の残滓。
世界に恐れられた存在。
そんなものが僕の中に眠っていて、
完全適応によって目覚め始めている。
それが意味することを、僕はようやく理解し始めていた。
風が吹き、髪が揺れる。
寮の方から、誰かの笑い声が聞こえる。
普通の学生たちの、何気ない日常。
(僕も……こんな生活を続けていいのかな)
そう思った瞬間、胸が締めつけられた。
「逃げた方がいいのか……?」
呟いた自分の声に、自分が驚く。
(このまま学園にいて、また暴れたら……)
最悪、誰かが死ぬ。
たったそれだけの想像だけで、足が震えた。
(だったら、いっそ——)
学園を出る。
誰も巻き込まないように一人で過ごす。
でも、それを思い浮かべた瞬間、胸がひどく痛んだ。
フィアの声が頭に響く。
セレナの瞳が脳裏に浮かぶ。
エリスの涙が思い出される。
ミュリスの震える手が重なる。
「……僕、そんなこと……できるわけないだろ……」
ひとりになれと言われたら、きっと耐えられない。
(でも一緒にいる限り……危険に巻き込む)
どうすれば正しいのか。
自分がどうあるべきなのか。
答えが出ない。
逃げても地獄。
残っても地獄。
そんな袋小路に追い込まれているようだった。
ふと、胸の奥が脈動した。
ドクン。
「う……っ……」
まただ。
まだ暴走が始まるほどではない。
でも、確実に近づいている。
封印の向こう側で、何かが身じろぎするような音。
(……崩れかけてる)
自覚はある。
僕の中の“それ”は、確実に目を覚まそうとしている。
ミュリスが言った通り、
僕の完全適応が封印を破りかけている。
(……時間の問題だ)
フィアが止めてくれた暴走は、あくまで一時的な抑制にすぎない。
セレナの決意も、エリスの結界も、ミュリスの理解も——。
(全部……僕が壊してしまうかもしれない)
嫌悪とも恐怖ともつかない感情が胸を満たす。
でも同時に、心の奥には微かな意志も生まれ始めていた。
(このまま逃げる?
それとも……向き合う?)
未来の選択を迫られたのは、初めてだった。
ずっと“隠す”ことでやり過ごしてきた。
でももう隠せない。
逃げても意味がない。
「……どうすればいいんだよ……」
誰に向けてでもなく、空に投げた問いは、風に散って消えた。
その風に紛れるようにして、
ほんのわずか、魔力が脈動した。
ドクン。
さっきよりはっきりしている。
胸の奥で、封印の“外殻”がひび割れるような感覚。
(……まずい)
歩いている足が止まらない。
呼吸も速くなる。
背中の中心が熱くなり、視界の端に黒い影が揺れる。
(まだ……暴走じゃない……でも……)
遠くで、結界の膜がひときわ強く揺れた。
まるで警告のように。
(時間がない……)
胸の奥の欠片が微かに笑った気がした。
封印は確実に、静かに、そして着実に崩れ始めている。




