第19話:エリス、王宮結界部隊を動かす――揺らぐ世界の秩序
白い塔の上に立ち、遠く学園都市の方向を見つめていた。
昼間だというのに、胸の奥がずっとざわついている。
――嫌な揺らぎ。
魔力の乱れではない。もっと深く、もっと根源的な震え。
(また……揺れた……)
手に持つ通信結晶が淡く光り、王宮の術士からの連絡が入る。
『第一王女殿下。学園周辺の結界に再度、歪みを確認しました』
「場所は?」
『アルケディア学園、南区画付近です。
生徒による暴走……その可能性が高いと思われますが……』
そこまで言われなくても分かっている。
「……リオね」
震えた声が漏れた。
誰にも聞こえない塔の上で、初めて胸元を押さえる。
(昨日からの揺らぎ……全部リオの魔力から来てる……)
幼い頃から誰より近くにいた。
彼がどんな魔力を持っていたのか、どれだけ優しいか、全部知っている。
だからこそ、昨夜の異変にも気づけた。
あれは……ただの力じゃない。
制御できていない魔力でもない。
――世界の法則が悲鳴を上げているような、そんな揺らぎ。
(リオ……あなた、どれだけ苦しんでいるの?)
結晶から再び声が届く。
『殿下。このまま結界が乱れ続ければ、王都まで影響が……』
「…………」
迷う必要なんてなかった。
リオが原因なら、誰より先に手を打つべきなのは自分だ。
私は深く息を吸い、決断を口にする。
「――王宮結界部隊を動かします」
『殿下!? それは……国家級の対応になってしまいます!』
「構わないわ。
学園の結界を密かに補強して。
監視は最小限でいい、リオに悟られないように」
『……理由を伺っても?』
「……彼を守るためよ」
沈黙が走る。
王宮結界部隊は国の宝。
国家を守る盾そのもの。
それをたった一つの学園へ、しかも“非公式”に回すなど、本来は許されない。
けれど――
(リオを……一人で戦わせるわけにはいかない)
胸の奥から熱い痛みが込み上げる。
昨日の夜、彼の周囲の魔力が一瞬だけ爆ぜた時、
私は寮の外で膝が震えるほどの恐怖を味わった。
リオが消えてしまうのではないか、
この世界から突然いなくなってしまうのではないか、
そんな不安に押し潰されそうになった。
(怖かった……本当に……)
幼い頃から、隣にいた少年。
優しくて、誰より傷つきやすくて、
それでも誰かを助けようとする愚かなほどの優しさを持つ少年。
そんな彼が――
世界の均衡を揺らす存在になってしまったなんて。
「……守らなきゃ」
誰にも聞こえない声で、静かに呟く。
世界がリオを“危険”と判断しても、
私の中では逆だ。
(危険なのは世界の方よ。
あなたを“排除対象”にする世界の方が間違ってる)
胸を押さえ、結晶を強く握る。
「リオを守るためなら、私は何だってする。
王女としてじゃなく……
ただのエリスとして」
塔の上から見える空は穏やかな青。
けれど、その青空の下で渦巻く力は確実に狂い始めている。
(大丈夫……私がいる。
あなたを“この世界”から奪わせたりしない)
目を閉じ、静かに誓う。
「絶対に守る」
その言葉は風に溶け、遠くの学園へ向かって消えていった。
誰にも知られないまま、
誰にも言えないまま、
膝の上に落ちる涙の跡だけが、真実を語っていた。




