第18話:セレナの静かな決意――「お前が暴れたら私が止める」
フィアに支えられたまま、しばらく息を整えていた。
暴走が収まったとはいえ、胸の奥の軋みは完全には消えていない。
魔力が戻ったわけでもなく、ただ沈んでいるだけ。
(……また起こるかもしれない。
僕が完全に制御できない限り……)
思考の渦が胸を締め付け、息が詰まりそうになる。
そんな時だった。
「……リオ」
落ち着いた、しかし鋭く響く声が、風を裂くように届いた。
顔を上げると、セレナがゆっくりと僕の方へ歩いてくるところだった。
銀色の髪が陽光を反射して淡く光り、凛とした表情のまま僕を見つめている。
彼女の周囲だけ、風が静まっているようにすら感じた。
フィアがそっと僕から離れ、セレナに視線を向ける。
「セレナ……」
「フィア、ありがとう。あとはいい」
静かな声。それは拒絶ではなく、役割の交代を促すような穏やかさだった。
セレナは僕の目の前に立つと、ゆっくりと片膝をつき、視線を合わせてきた。
その瞳には怒りも困惑もない。ただまっすぐに“僕”を見ている。
「見た。……全部じゃないが、暴走の一部はな」
「…………」
責められると思った。
怖がられると、避けられると、そう覚悟していた。
でも——
セレナは眉ひとつ動かさず、ただ静かに言った。
「リオ。
お前がどんな存在でも、私は隣に立つ」
「…………え……?」
胸の奥が一瞬凍り、次に熱くなった。
嘘でも慰めでもない。
ただ静かに、事実のように言い切る声。
セレナは続けた。
「そしてな」
真っ直ぐな瞳が僕を射抜く。
「もし……お前が暴れたら、私が止める。
それだけだ」
その言葉は、優しさでも拒絶でもない。
“覚悟”そのものだった。
彼女の声が震えないのは、剣士としての確固たる意志があるからだ。
決して僕を脅すためではなく、離れる理由にしようとしているわけでもなく。
ただ——僕を守るための覚悟。
「せ、セレナ……」
「勘違いするな。
私はお前の力がどうとか、魔族がどうとか……そんなものに興味はない」
彼女は胸に手を当て、静かに言葉を紡ぐ。
「私が知っているリオは、戦いを避け、他人を守ってばかりの優しいやつだ。
それが“何者か”なんて、どうでもいい」
思わず息が詰まる。
「だけど……」
セレナは一歩だけ近づき、僕の肩に手を置いた。
温かくて、でも強い手だった。
「もしその力が……お前自身を壊し、人を傷つけるのなら——
私は剣を持って、それを止める」
風がふっと弱まり、木々の影が揺れた。
「お前が怖いんじゃない。
失う方が、ずっと怖い」
「……っ」
胸が鋭く締め付けられた。
誰にも言えなかった恐怖を、セレナは簡単に見抜いていた。
僕が一番恐れているのは“自分を制御できなくなること”。
そのせいで誰かが傷つくこと。
だからこそ、セレナはこう言うのだ。
「拒絶しない。
逃げない。
ただ……隣に立つ」
「セレナ……君……」
喉が震える。
うまく言葉にならない。
セレナは少しだけ目を細めた。
「だから……お前も逃げるな。
私からも、フィアからも、エリスからも、ミュリスからも。
お前を“ひとり”にする気はない」
フィアが思わず小さく息をのむ。
その横で、ミュリスは静かに微笑んでいる。
セレナの言葉が、胸の奥深くに届いていく。
熱いものがこみ上げてきて、視界が少し滲んだ。
「……僕……本当に……暴れたら……」
「その時は私が止める。
何度でもな」
そう言って、彼女は剣士のように静かに笑った。
「だから安心しろ。
お前はここにいていい」
拒絶じゃない。
同情でもない。
“受け入れ”でもあり、“覚悟”でもある。
その言葉が、どれだけ僕を救ったか。
胸に刺さっていた恐怖が、静かにほどけていく。
(……こんなに……強く……優しい人だったんだ……)
気づけば、身体の震えも止まっていた。
フィアの光が残した温かさに、セレナの言葉が重なり、
胸の奥で暴れていた脈動が、少しだけ静まっていく。
「……ありがとう、セレナ……」
かろうじて絞り出したその声に、
セレナは小さく頷いた。
「礼はいい。
その代わり、次に暴走した時は……容赦しないからな」
軽口のように見えて、決して冗談ではない。
その覚悟が、僕の心をさらに強く締め付けた。
(本当に……僕は……こんなにも守られているのに……)
それでも、まだ胸の奥では小さな“脈動”が生きている。
セレナの言葉の温かさと、内側に潜む不穏が、
奇妙な均衡を保ったまま揺れていた。




