第16話:ミュリスの告白――『あなたの中には魔族王の欠片がある』
朝の光が差し込むはずの時間なのに、世界が少し霞んで見えた。
夜の異変のせいで、眠れたのかどうかも曖昧だ。
身体の奥で残響のような脈動がまだ微かに続いていて、胸の奥に不安が貼りついて離れない。
(……あれは、一体なんだったんだ)
封印が軋むような音。
背骨を焼くような熱。
結界が歪んだ瞬間。
あの異常は、ただの体調不良なんかじゃない。
けれど理由が分からないまま、僕は半ば引きずられるようにして寮を出た。
そんな僕の後ろから、そっと影が寄ってくる。
「リオ、おはよ〜。今日は……顔色悪いね?」
「うわ……ミュリス……急に後ろから出ないでよ……」
「ん〜……だって、心配だったんだもん」
いつもは明るく無邪気な声なのに、今日はどこか低い。
笑っているようで、笑っていない。
その目は、観察するように僕の顔をじっと覗き込んでいた。
「ねぇ。ちょっと……人がいないところで話そ?」
「え……?」
「お願い。リオだけに話したいことがあるの」
ミュリスがこんな顔をするのを、僕は見たことがなかった。
ふざけるでもなく、無邪気でもなく、真剣に。
その眼差しに逆らえるはずもなく、僕は頷いてしまった。
連れてこられたのは、学園裏の小さな森の奥。
昼間でも薄暗い場所で、風の流れも少し淀んでいる。
静かすぎる空気に、胸の鼓動が余計に響いた。
「ここなら、誰にも聞かれないよ」
ミュリスは光を受けて揺れる黒髪を払い、こちらへ向き直る。
いつもの笑顔は消え、代わりに真剣な瞳だけが残っていた。
「リオ。あなたに……大事な話があるの」
「……?」
僕が言葉を探す前に、ミュリスは深く息を吸い込んだ。
「あなたの中の魔力……昨日、夜に暴れたよね?」
「っ……!」
胸が跳ねた。
誰にも気づかれないようにしていたつもりが、ミュリスにはすべて見透かされていた。
「わ、分かるの……?」
「うん。だって……“あれ”は私たちの血に近い。
魔族の気配だもん」
「魔族……?」
それは、僕にとって触れてはいけない領域。
あの闇の囁きの正体が、それなのか。
ミュリスはそっと手を胸に当て、視線を落とした。
「リオ。あなたの中には……古代魔族王の“欠片”が眠ってる」
時間が止まったようだった。
「……欠片?」
「そう。
普通の魔族じゃない。
まして人間の魔力でもない。
もっと深いところにある、“王の力”。
世界に恐れられた存在の……その残響」
ミュリスの声は震えていた。
でもそれは恐怖ではなく、覚悟を伴った静けさ。
「あなたは、ただ強いだけの人間じゃない。
世界の法則の外側に立つ力を持っているの」
心臓が痛いほど脈打つ。
(世界の……外側……?)
頭が追いつかない。
でも昨日の異常を思い返すと、否定できなかった。
封印の軋み。
結界の歪み。
内側からあふれた異質な魔力。
全部が“説明できてしまう”事実だった。
「……そんな……馬鹿な……」
「嘘じゃないよ」
ミュリスは近づき、僕の手をそっと取る。
冷たいはずの指先が、微かに震えていた。
「あなたの中の力……ずっと眠ってたの。
でも最近、周囲の環境と刺激が重なって……封印が揺れ始めた」
「封印……」
「うん。“王の欠片”は本来動かないはずだった。
でもあなたの《完全適応》が、それを無理矢理生かそうとしてる」
ミュリスの声は静かに深く、森の空気を震わせた。
「リオ。
あなたは……この世界にとって“危険”なの。
人間にも、精霊にも、魔族にとっても」
息が止まった。
「なんで……僕は普通に生きたいだけなのに……」
「分かってるよ」
ミュリスは優しく微笑んだ。
今まで見せたどんな笑顔より、悲しみを秘めたものだった。
「だから言うの。
世界はあなたを放置しない」
「……!」
「力の揺らぎは人間の結界にも、精霊にも……魔族の上層にも届き始めてる。
“完全適応”が、ただの便利な能力じゃないと……世界はもう気づいたの」
世界が僕を恐れている。
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥で何かが崩れる音がした。
「じゃあ……僕はどうすれば……」
「リオ」
ミュリスは僕の手を強く握った。
「逃げなくていい。
でも、隠してばかりでもいられない。
あなたが力を制御しないと……世界のどこかが壊れる」
「……っ」
「私が助ける。
あなたがどんな存在でも、そばにいるから。
世界がどう言おうと……私は味方だよ」
その言葉は、救いであり、重荷でもあった。
ミュリスの手の温かさが、心に深く染み込む。
でも同時に、胸の奥の“欠片”が再び脈動した。
まるで応えるように。
(……僕は……何になってしまうんだ)
吐き出せない問いだけが、胸の中でいつまでも渦を巻いていた。




