第15話:深夜の異変。リオの身体に“封印の軋み”が走る
夜の静寂は、いつもより重かった。
寮の部屋に灯した小さな魔導灯が揺れ、壁に映る影が微かに波打つ。
枕に横たわり、ようやく落ち着いて眠れそうだったのに——
胸の奥が突然、ひどく熱くなった。
「……っ……?」
何かが体の内側で暴れる気配。
心臓の鼓動が急に乱れ、呼吸が浅くなる。
(なに……これ……?)
額に汗がにじむ。
次の瞬間、脳を針で刺すような痛みが走った。
「ぐっ……!」
身体を丸めても、痛みは止まらない。
むしろ、どんどん広がっていく。
胸、腹、腕、そして背中の奥底まで——
何かが軋むような、割れ落ちるような、聞き覚えのない嫌な音が身体の内側から響く。
(なにが……起きてる……!?)
立ち上がろうとした瞬間、視界がぐにゃりと歪んだ。
魔力が漏れている。
自分の身体から、無意識に。
その証拠に、周囲の空気が震えている。
窓辺に置いたコップがカタカタと揺れ、床の木目まで、波打つように軋んでいた。
「いや……っ……止まれ……!」
止めたいのに、どうにもならない。
魔力が勝手に流れ出す——そんな感覚。
まるで封じられていた何かが割れて、押し寄せてくるような。
胸の奥が熱く、痛く、重い。
背骨の中心が焼けるように熱くなり、皮膚の下で何かが脈を打ち始めた。
(……僕の身体……どうして……?)
布団から転がり落ちて床に手をつく。
手のひらに触れた床板が、ひび割れた。
「っ……!」
魔力を込めた覚えなんてない。
それなのに、触れただけで破壊してしまう。
(これ……僕の魔力じゃない……?)
違う。
これはもっと……底の深い、濃い、黒いもの。
普段感じている魔力とは別の、異質な波。
自分の中にあるはずのないものが、体を押し広げてくる。
まるで——
“封印”が軋んでいる。
痛みが増した瞬間、部屋の空気が一気に歪んだ。
魔導灯の光がぶれ、影が伸び、家具の脚が震える。
寮の外……いや、学園全体に広がる結界が、揺れた。
遠くから、きしむような魔力音が届く。
結界が、僕の魔力のせいで歪んだのだ。
「……っ、そんな……馬鹿な……!」
地面に両手をつき、必死に呼吸を整える。
だけど、内側の脈動は止まらない。
背骨の奥で、ドクン、ドクンと何かが暴れ、
胸の奥の魔力核が無理やり拡張されるような感覚。
(何なんだよ……これ……僕……壊れる……!)
肩が震え、歯がガチガチと鳴る。
意識の端で、誰かの声のようなものが響いた気がした。
囁くような声。
呼びかけるような声。
人間の声ではない。
もっと深く、底なしの闇から響く声。
(……やめろ……聞きたくない……)
拒絶した瞬間、さらに激しい痛みが襲った。
「う、あああああ……!!」
叫んでも、誰にも聞こえないようにと口を押さえる。
ヒロインたちを起こすわけにはいかない。
心配させたくない。
でももう、耐えられる限界が近い。
身体の中で、何かが割れるような音がした。
その瞬間——
窓ガラスが小さく震え、光が瞬き、
外の結界が明確に歪んだ。
淡い光の膜が波打ち、曲がり、ひびが走る。
(……これ……本当に……僕が……?)
信じたくない現実が、目の前で起きている。
僕の身体が原因で、学園の結界が乱れた。
そんなこと、普通できるわけがない。
あの結界は王家と高位術師が構築した、厳重な魔力の壁だ。
生半可な力で触れられるはずがない。
(じゃあ……僕の中のこの力は……)
ただの強さじゃない。
ただの天賦の才じゃない。
ただのチート、なんて軽いものじゃない。
もっと……深い。
もっと……危険な。
「……僕の身体……なにが……起きてるんだ……?」
絞り出すような声が漏れた。
痛みが少し落ち着いた頃、背中の奥でかすかに残る脈動がまだ続いていた。
まるで——封印の隙間から、何かが覗いているような。
その“何か”は、僕の意思とは無関係に、ゆっくりと動いていた。
窓の外で、風が揺れた。
黒い影が一瞬だけ走った気がする。
誰かが見ている。
気のせいじゃない。
あの冷たい視線は、昼間からずっと僕を追っていた。
(……まずい……このままじゃ……)
誰かに見つかる。
知られたくなかった“本当の僕”を。
布団に倒れ込みながら、かろうじて呼吸を整えた。
眠れない夜が続く。
静かな闇の中で、封印の奥の脈動だけが、しつこく生きていた。
(……嫌だ……この力……もし……暴れたら)
誰かが傷つく。
大切な人が巻き込まれる。
(お願いだ……これ以上……動かないでくれ……)
そう願いながら、僕は震える手で胸を押さえた。
だが願いとは裏腹に、内側の力は静かに、着実に目を覚ましつつあった。




