第14話:闇組織の影が学園に迫る――リオへの追跡が始まる
夕刻の空が薄紅に染まり、校庭に長い影を落としていた。
授業が終わり、生徒たちが寮へ戻る時間帯。
いつもなら賑やかなこの時間帯も、今日はどこか落ち着かなかった。
風が揺れる。
木々の葉音に混じって、別の気配がひっそりと忍び込んでいる。
(……まただ)
歩くたび、背後に“重さ”がまとわりつく。
振り返っても誰もいないのに、皮膚に沿って冷たい視線が走る。
昼間からずっと続いている。
誰かが尾行しているような、あの嫌な気配。
(気のせいならいいけど……)
しかし《完全適応》は気のせいでは済ませてくれない。
わずかな魔力の流れや、空気の乱れまで拾い始める。
――影の動き。
――視線の角度。
――風に混じる“闇の気配”。
(……これは、人間のものじゃない)
胸の奥がざわりと震えた。
昨日まで感じたことのない種類の“敵意”が、距離を保ったままこちらを観察している。
何かが学園へ近づいている。
しかも、僕を狙って。
寮へ向かう途中、フィアが心配そうに歩み寄ってきた。
「リオ。大丈夫? さっきから落ち着かない顔してる」
「え、えぇと……まあ……なんというか……」
言葉が濁る。
本当の理由なんて言えるわけがない。
すぐ背後では、誰かが呼吸を潜めている。
その気配は、フィアの光属性が発する清らかな空気にも紛れ込むほど薄く鋭い。
セレナもこちらへ寄ってきて、低い声で言った。
「さっきから風の流れが不自然だ。
誰かに狙われているような……そんな気配を感じる」
(セレナにも分かるのか……やっぱり普通じゃない)
「リオ。さっきの魔導具の件で、狙われた可能性がある。
ひとりでうろつくのは危険だ」
「……だよね」
エリスも心配して袖を掴んだ。
「今日は寮に戻ったら部屋を出ないで……お願い」
ミュリスは逆にニヤニヤしながら僕の背中に顔を寄せる。
「うん……確かに来てるね。強い“闇の気配”が。
でもリオなら大丈夫。私の同族に近い気配を持ってるし?」
「その言い方やめて……余計に怪しまれるから……!」
四人の視線が心配と疑念を混ぜて僕を包む。
(……これ以上彼女たちを巻き込みたくないのに……)
胸の奥が重く沈んだ。
その頃、学園の外。
森の奥深く、光が届かない場所で“別の視線”が学園を捕らえていた。
気配を遮る黒い外套。
仮面から覗く瞳は静かに光り、揺れる魔力の波を読み取っている。
「……黒髪の少年。
この学園に紛れた“異質”が、ようやく浮上したか」
その声は極めて冷たく、波ひとつ立たない氷の湖のようだった。
「暴走した魔導具を止め、影の襲撃を退け、帝国兵を数名無力化……
“無能”のはずの生徒が、そんな真似をできるわけがない」
男は遠隔魔術を発動し、学園全体に意識を伸ばした。
結界の内側に視線を通し、魔力の震えを辿る。
そして——ひとつの点に意識が吸い寄せられる。
「……ここだ」
その場所にいるのは、黒髪の少年。
ほんの小さな灯火のような魔力なのに、その奥に異常な深さが潜んでいる。
「力の気配……間違いない。
“あの力”を持つ者は、ひとりしかいないはずだ」
仮面の奥で、瞳が細められる。
「見つけたぞ……完全適応」
森の影が揺れる。
闇が裂け、ひと筋の冷気が学園へ向けて流れていった。
夜、寮へ戻る頃には気配はさらに濃くなっていた。
まるで影が地面に貼り付くようにして僕を追ってきている。
階段を登るたび、振り返るたび、
誰もいないのに背筋が冷たくなる。
(これは……偶然じゃない。
誰かが……明確に僕を狙ってる)
部屋の前に立った時、フィアがそっと手を伸ばす。
「リオ、今日は本当に気をつけて。
また何かあったら……すぐ呼んで」
セレナは眉を寄せて言った。
「君は嘘をつくのが下手だ。
本当に危険な時だけは……ひとりで抱え込むな」
エリスは俯きながら震えた声で続ける。
「明日の授業……来れるよね……?」
ミュリスは、少し楽しげに、でも真剣に言った。
「どんな影が来ても、私がいるよ。
リオはひとりじゃない」
その言葉に胸が締めつけられる。
誰も傷つけたくない。
巻き込みたくない。
でももう、僕の背後には“本物の影”が迫っている。
(……どうすればいい……?)
扉を閉めた瞬間、外の気配が一瞬だけ強まり——
すぐに消えた。
まるで“場所を把握した”と言わんばかりに。
暗い寮室にひとりで立つ。
窓の外には、夜風に揺れる影の帯。
その向こうに、冷たい目がある気がした。
(……あの視線……間違いない)
いつか見た“闇の気配”とは違う。
もっと重く、もっと深い、底のない闇。
(誰かが……近い)
胸が、ひどく冷たくなる。
(このままじゃ……隠しきれない)
静かな夜の空気が、じわりと張り詰めた。
そして——
僕の知らない場所で、闇がゆっくりと蠢き、学園へ忍び寄っていた。
静かに、確実に。




