第12話:危険な魔導具暴走事件。リオ、クラスメイトの前で仕方なく本気を出す
昼休みが終わる少し前、学園の空気がざわつき始めていた。
どこか遠くで重たい振動が響き、窓ガラスが微かに震えている。
(……また嫌な予感がする)
胸の奥で《完全適応》が静かにざわめき、手足の感覚が研ぎ澄まされていく。
こういう時は、必ず“何か”が起きる。
そして、その違和感はほどなくして現実になった。
《警告。特別区画にて危険魔導具の反応を確認。
全生徒は教室に待機し——》
放送が途中で途切れ、校舎全体がぐらりと揺れた。
「な、何!?」「地震!?」
「魔力の揺れ……強すぎる……!」
教室中が騒然となる。
窓の外を見ると、学園東区画の方角に、渦のような光の柱が立ち上っていた。
まるで空を削るような、奔流する魔力の渦。
(——あれは……魔力吸引型の魔導具が暴走してる!?)
昨日、禁術研究所から盗まれた危険魔導具。
間違いなく、あれだ。
魔力を吸い取り、臨界を超えれば周囲の魔力そのものを爆発させる危険な代物だ。
(このままだと……東区画の生徒、巻き込まれる……!)
廊下の向こうから、悲鳴が上がった。
「助けて……!」「魔力が吸われて……動けない……っ!」
フィアが青ざめた顔で窓へ飛びつく。
「リオ……あの魔力の渦……やばいわ。
あれに巻き込まれたら普通の生徒じゃ……!」
セレナが唇を噛む。
「教官はまだ来ない……! 行くしかない……!」
エリスが僕の手を掴む。
「だめ……! 危険すぎる……!」
そしてミュリスが顔色を変え、小さく呟いた。
「……あれ、魔族の魔力まで吸い始めてる……やばいよ……!」
(……迷ってる暇なんてない。
このままじゃ、クラスメイトも……フィアたちも……死ぬ)
胸の奥で何かが“線を越えた”。
「ごめん……ちょっとだけ行ってくる」
「リオ!?」
「待て、リオ!」
「やめて……っ!」
四人の声を背に受けながら、僕は走り出した。
東区画に近づくほど、空気は凍りつくようだった。
魔導具が吸い込む魔力で、大気そのものが軋んでいる。
廊下を曲がった瞬間——
風が逆流した。
「きゃっ……!」
クラスメイトたちが数人、魔力嵐に巻き込まれ、床に倒れ込んでいる。
魔力を根こそぎ引っ張られているせいで、身体を動かす力が残っていない。
(まずい……このままだと……)
魔力嵐の中心には、黒い金属の立方装置が空中に浮かび、光を吸い込むように脈動していた。
まるで生き物のように、周囲の魔力を食らっている。
近くにいた女子生徒が、吸引に逆らえず悲鳴を上げた。
「いや……いやぁ……っ! 助けて……!」
(間に合わない——!)
その瞬間、身体が勝手に跳んでいた。
風を裂き、吸引力をかいくぐり、渦の中心へ。
「——っ!」
女子生徒の腕を掴み、後方へ押し出す。
次に男子生徒を抱えて転がり、さらなる吸引から遠ざけた。
「な、なんで……身体が……勝手に……?」
《完全適応》が渦の流れを読み、僕の動きを先に最適化している。
僕が意識するより早く、影から影へ弾かれるように動く。
(……くそ……また勝手に……!
でも今はそれでいい。使わせてもらうよ……!)
中央に浮かぶ魔導具は、既に臨界を超えつつあった。
金属の表面が歪み、亀裂が光を吐き出している。
(これ……暴発したら、区画ごと吹き飛ぶ)
爆発まで——おそらく数十秒。
その時。
「リオ——ッ!!」
背後から、フィアの声が届いた。
振り返ると、フィア、セレナ、エリス、ミュリス。
そして数名のクラスメイトまでが、追いついてきていた。
「危険すぎる! 戻ってこい!!」
「行くなと言っただろう!」
「り、リオ……っ!」
「あはは……ほんと無茶するねぇ……!」
(来るな……今の中心に来たら、吸われる……!)
「みんなは下がって!! ここは僕が——」
「リオ、無理よ!! あれは魔力吸引魔導具の暴走状態よ!?
近づいただけで魔力を持っていかれるわ!」
「……だから僕がやらないといけないんだ」
フィアが息をのむ。
「ど、どういう意味よ……!」
僕は深く息を吸った。
(最低限……ほんの少しだけ……)
これ以上使えば、“異質さ”が完全に露呈する。
でも使わなければ、誰かが確実に死ぬ。
迷っている時間は、もうなかった。
「いく……!」
足を踏み出した瞬間、空気が変わった。
風の流れ、吸引力の向き、魔力の渦……
すべてが“見える”。
足元には、見えない道が描かれるようだった。
僕の身体は、その道を一歩も狂わずに踏んでいく。
魔力に引かれない角度。
吸引の穴を避ける最小ステップ。
そして——
魔導具の中心へ手を伸ばす。
(核は……ここだ……!)
装置表面の歪み、魔力の流れ、金属の反応速度——
すべてから瞬時に“弱点”が導き出される。
「——っ!」
指先で、装置の核に軽く触れた。
ただそれだけ。
それだけで、吸引魔力が一気に反転し、静寂が訪れた。
暴走が、止まった。
「…………」
誰もが声を失った。
魔導具は、ぐらりと揺れ、床へ落ちて砕けた。
吸い込まれていた魔力が空気中へ散り、渦は消える。
やっと、呼吸が戻ってくる。
(……はぁ……よかった……暴発しなくて……)
「……リオ……」
フィアの震える声が聞こえた。
顔を上げると——
セレナが息を止めたまま僕を見つめていた。
エリスは青ざめ、ミュリスは呆然として口を開けている。
クラスメイトたちも固まって動かない。
「お、お前……いま……」
「魔力吸引の中心を……逆流させた……?」
「なんで……生きてる……?」
誰もが理解できないという顔をしていた。
フィアが一歩近づき、震える声で言った。
「リオ……
こんなの……“普通の人間”にできるわけがない……」
「…………」
次にセレナが口を開く。
「動きが……完全に異常だった。
吸引の中を駆け抜けるなんて……自殺行為だろう」
エリスは目を潤ませながら呟く。
「リオ……ほんとに……誰なの……?」
ミュリスはゆっくり笑った。
「やっと……みんなにも分かってきたね」
視線が僕に集中する。
逃げ場は、もうどこにもない。
誰が呟いたのかはわからない。
でも、その声は確かに僕の耳に届いた。
「お前……本当に誰なんだ……?」
その問いだけが、いつまでも胸に残った。




