第10話:帝国スカウト部隊、学園襲撃。リオ、正体を隠したまま迎撃へ
その日の午後、学園都市アルケディア全域に、緊急警報の魔導音が鳴り響いた。
耳をつんざくような鋭い音。
普段は訓練日のみ鳴らされるはずの警報だが、今日は違った。
魔力の震えが街全体を包み、教室の窓が震える。
(……嫌な感じがする)
胸の奥がざわつき、鼓動が早まる。
直後、校内放送が響いた。
《全生徒は至急、避難指示に従うように!
繰り返します——ガルディナ帝国の武装部隊が学園に侵入しました!》
「——っ!?」
教室が一瞬にして騒然となる。
「帝国!?」「どうして学園に……!」
「スカウト部隊が暴走したって噂……本当だったのかよ」
ガルディナ帝国。
軍事大国であり、強力な魔闘士を育てる国。
魔力を肉体強化に特化させた“魔闘術”は、正面から受ければ一般生徒では耐えられない。
(なのに……なんで学園に?)
疑問が浮かんだ次の瞬間、校舎の外から轟音が響いた。
爆音。
衝撃波。
地面が揺れ、窓ガラスが震える。
遠くで煙が上がるのが見えた。
「やば……実戦科が戦ってる……!」
叫び声が外から響く。
「お前ら全員ついて来い! 避難だ!!」
クロード教官が声を上げ、クラスを導く。
生徒たちはパニック状態のまま走り出す。
だが——
(……逃げなきゃいけないのに……)
足が勝手に止まる。
(行かないと……誰かが、危ない)
胸の奥で《完全適応》が脈打つ。
危険の気配が鮮明に感じられた。
フィアが振り返る。
「リオ!? 何してるの、早く!」
「ご、ごめん……後で行くよ!」
「後でって……!?」
フィアの声を振り切り、僕は逆方向へ走った。
校舎の角を曲がると、爆風の名残が髪を揺らす。
視界の先には、帝国の魔闘士たちが複数人。
鎧に刻まれた紋章、赤く輝く魔力。
彼らは実戦科の生徒を追い詰めていた。
「くそっ! 魔闘術強化《赤熱化》……硬すぎる!」
「こいつら……本気で連れ去る気だ……!」
実戦科上位組の生徒ですら、押されている。
帝国兵の筋肉は魔力で肥大し、動きは鋭く、重く、速い。
(あのままじゃ……)
考える前に、身体が動いた。
帝国兵の死角へ素早く侵入し、拳を受け止めず、流すようにかわす。
その瞬間、脳内で魔闘術が解析されていく。
(筋肉強化……重心移動は直線的……攻撃の起点は右脚……
対処法は——ここ!)
僕は、帝国兵の太腿の付け根へ軽く指を添える。
ただそれだけ。
「……がっ!?」
巨体が簡単に崩れ落ちた。
次の兵が迫る。
重い拳が振り上げられ、地面を砕くほどの一撃が飛んでくる。
(あれを正面から受けたら死ぬ……
でも“最適回避”は……)
身体が勝手に選んだルートは、相手の懐へ滑り込む動き。
僕は足を引っかけて重心を崩させ、背中に軽く手を添える。
すると——
「ぅおっ!?」
帝国兵の巨体が宙を舞い、後方へ転倒した。
(……また勝手に……!)
避けるだけのつもりなのに、“倒す最適解”を実行してしまっている。
その間にも、別の帝国兵が走り込んでくる。
「何者だ、てめぇ——」
拳が飛んでくる。
ただの人間では避けきれない速度。
(ここをこうして……軌道は……)
僕の身体はさらに強化された動きでかわし、相手の腕の関節を軽く押した。
骨が折れることもなく、帝国兵はその場に崩れ落ちる。
「……なんだ、あの動き……」
「実戦科でもありえねぇ……」
生徒たちが呆然と見つめていた。
(……やり過ぎだ……!
これじゃ完全にバレる……!)
焦りが胸を締めつける。
隠密で助けるつもりだったのに、結果は真逆になりつつあった。
帝国兵たちを無力化したあと、僕は誰にも見られないうちにその場を離れようとした。
だが——
「……待って」
風が揺れ、草が震える。
高台の階段の上に、一人の少女が立っていた。
銀髪が夕日を受けて淡く光り、鋭い瞳がこちらを見ている。
セレナ・ヴァルクレア。
彼女は風の剣姫と呼ばれるに相応しい佇まいで、静かに呟いた。
「……あの動き……見間違えるはずがない。
さっき帝国兵を倒したの……リオだろ?」
「っ……!」
心臓が跳ねる。
隠していたはずなのに、彼女には見られていた。
セレナは階段をゆっくり降りながら、視線を逸らさずに言う。
「隠したいなら、別に責めない。
でも……どうしてあんな動きができる?」
「……あれは……ただの偶然で……!」
「偶然で魔闘士を三人も倒す人なんて見たことない」
セレナの声は冷静で、嘘を許さない響きを持っていた。
「リオ。
あなたは——いったい何者?」
返す言葉が喉に詰まった。
その時、遠くで再び爆発音が響き、学園の空へ黒煙が上がった。
セレナは一瞬そちらへ目を向け、そして僕へ視線を戻す。
「……今は追及しない。けど、逃げないで。
あなたは……絶対に“普通じゃない”」
そう告げて、彼女は風のように走り去った。
(……隠したいだけなのに……どうしてこうなるんだよ……)
胸の奥が重く沈む。
帝国の乱入。
学園の混乱。
影の事件。
盗まれた魔導具。
そして、ノアの影が近づいている気配。
(……ここから先は、もう……)
隠し続けるのが、限界に近づいている。
そう感じざるを得ない夜だった。




