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元禄美装録  作者: 月音
第一章

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其ノ四 二部式の着物

次の日、紗江は呉服屋の暖簾をくぐった。

両手には、丁寧に包まれた着物。


「おや、お嬢さん……?」


「出来ましたよ」


女将が目を丸くする。

「昨日、お預けしたばかりじゃないか!」


「はい、急ぎなんですよね」

紗江が包みを開く。


女将の目が輝いた。

袖の丈、襟の合わせ、裾の始末――全てが完璧だった。


「まあ……なんて美しい」

女将が着物を手に取り、細かく確認する。


「縫い目も細かくて、丁寧な仕事だねえ。こんなに早く、しかもこんなに上手に仕上げるなんて……」

女将は感心したように首を振った。

「ありがとう!お嬢さん、本当に助かったよ」


紗江は照れくさそうに笑った。


女将は懐から巾着を取り出した。

「これ、約束したお代だよ。それと……」


女将は奥から一反の反物を持ってきた。

「これ、物はいいんだけどね。ほら、いくつか傷があるだろう? だから安く仕入れたんだけど、買い手がつかなくてさ」


「……!」


「お嬢さんなら、上手く使えるんじゃないかと思ってね。お礼に持っていくかい」


「本当ですか! ありがとうございます!」

紗江は嬉しそうに反物を抱きしめた。



数日後――澄月庵

裁縫所で、紗江が針を走らせている。


反物は、見事に形を変えていた。


淡い水色の無地の反物。


使える部分が限られていた為、上下に分かれた二部式の着物に仕立てた。


襟とスカートの裾には薄桃色の桜と金糸の蝶の刺繍を施した。

別布で作った、帯代わりの太めのリボンを前で締める。

(……この時代に二部式なんて、きっとないんだろうな)


紗江は小さく笑った。

(着るの楽だから、江戸っ子にもおすすめなんだけどな)


「……面白い」

背後から声がした。

振り向くと、葵が立っていた。


「葵様!」

「その着物、従来の形とは違うな」

葵が近づいてくる。


「はい……何ヶ所か傷があって、そこを避けて仕立てたんですよ」

紗江が恥ずかしそうに言う。


葵は着物をじっと見つめた。

「いやいや、見事だ」


「本当ですか?」


「ああ。これは加賀屋の女将に見てもらうと良い」


「加賀屋……?」


「この界隈では名の知れた大店のやり手女将だ」

葵は紗江を真っすぐ見つめた。

「ともに行ってみるか」


  

ーー加賀屋ーー呉服屋


加賀屋は江戸でも評判の老舗だ。

木の柱は磨き込まれ、帳場には商談の声が絶えない。中へ入ると、木の香と呉服の匂い。

奥には豪商や武家の奥方の姿も見える。


「す、すごい……」

紗江が思わず立ち止まる。


「大丈夫だ。自信を持て」

葵が静かに言った。


店に入ると、凛とした雰囲気の女性が現れた。

四十代ほどだろうか。着物の着こなしも所作も洗練されている。


「これはこれは、葵様。ようこそいらっしゃいました。お珍しいですね」

女将が微笑みながら迎える。


「女将に見て欲しい物があるのだが」

葵が紗江を促す。


「私、小織紗江と申します」

紗江が頭を下げ、包みを差し出した。

「あの、これを見ていただけますか……」


女将が包みを開く。

その瞬間、表情が変わった。

「……まあ、紗江様、着て見せて頂けませんか」


着替えのため部屋へ案内されると、紗江はものの数分で戻ってきた。


「……まあ、もうお召し替えになられたのですか」

女将の目が輝いた。


「反物が傷物だったと葵様から伺いました。ここまで見事に蘇らせるとは。しかも、こんなに早く着付けができて……帯を使っていないのにこんなに華やかに……」


女将は紗江をまっすぐ見つめた。

「お嬢さん、この着物、うちの店に置かせてもらえませんか?」


「……はい。ぜひ、お願いします!」

紗江が頭を下げる。



ーー加賀屋からの帰り道


「葵様……本当に、ありがとうございました」

紗江が葵に微笑んだ。


「礼を言うのは私の方だ」

葵が言った。


「紗江のそんな顔を見られて、私の方が幸せかもしれんな」

その言葉に、紗江の頬が赤くなる。


「……葵様」


二人の間に、柔らかな空気が流れた。


西の空が茜に染まり、風が草木を揺らした。


ここまで読んでくださり、ありがとうございました!


初めての投稿で緊張していますが、

紗江と葵の物語を温かく見守っていただけたら嬉しいです。


感想、評価、ブックマーク、とても励みになります。

よろしくお願いします!

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