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元禄美装録  作者: 月音
第一章

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其ノ十 裏切り

澄月庵では、平穏な日々が続いていた。

加賀屋からは毎日注文が絶えない。

夕霧太夫が着た着物の評判は衰えず、次々と新しい客が訪れる。

紗江は近くに裁縫場を借り、お針子を六人ほど

雇うことにした。

庭では、蒼馬が警護をしている。蓮と隼人も交代で見回りを続けていた。

「最近、夜鴉の気配がないな」

蓮が屋根の上で呟く。

「ああ」

蒼馬が答える。

「嵐の前の静けさ、かもしれない」

虫の音がやけに遠く聞こえる。気味が悪いほど静かな夜だった。

 


――その頃、夜鴉の隠れ家


玄斎は、鴦牙と朧火、二人の前に座っていた。

「無刄の様子が、おかしい」

玄斎が静かに言った。

「おかしい……?」

鴦牙が聞く。

「最近、命令への反応が遅い。それに……紗江を襲う任務を、二度も回避した」

朧火が眉をひそめる。

「まさか、あの娘に……」

「そうだ」

玄斎の目が光った。

「無刄は、紗江に心を動かされている」

「……」

「使えない駒は、切るしかない」

玄斎は二人を見た。

「朧火、鴦牙。お前たちで紗江を捕らえよ」

「御意」

「そして――」

玄斎は冷たく笑った。

「無刄が邪魔をするなら、始末せよ」

朧火と鴦牙が顔を見合わせた。

「無刄を……ですか?」

「そうだ。裏切り者に、容赦は無用」


――その夜、澄月庵


紗江はデザイン画を描いていた。クロが膝の上で丸くなっている。

ふと、窓の外に人影が見えた。

「……?」

紗江は立ち上がる。

障子がそっと開いた。

現れたのは、面をつけた黒装束の男――無刄だった。

「……!」

紗江は身構える。

だが、無刄は攻撃してこなかった。

ゆっくりと面を外す。

「怖がらないでくれ」

その声は低く、しかし不思議と優しかった。

面の下から聞こえる声に、紗江は驚いた。

「あなたは……前にも助けてくれた……」

「そうだ。私は、あなたを傷つけるつもりはない」

無刄は紗江を見つめた。

「今夜、あなたを襲う命が出た」

「え……」

「朧火と鴦牙が来る。そして――」

無刄は視線を落とした。

「もし私が邪魔をすれば、私を殺せと」

「そんな……」

紗江は息を呑んだ。

「なぜ、そんな危険を冒してまで……」


「あなたは、私の妹に似ている」

無刄の目が潤む。

「妹を守れなかった自分が、ずっと許せなかった

…せめてあなただけは――」


ーーその時、庭に複数の気配が現れた。

無刄が顔色を変える。


「もう来たか……」

「無刄さん……」

「逃げろ。蒼馬のところへ」

無刄は面を戻した。

「私が、時間を稼ぐ」

そして、庭へ飛び出した。

庭には、朧火と鴦牙が立っていた。

そして、その周囲に十数人の夜鴉の羽たち。

「やぁ、無刄」

鴦牙が皮肉な笑みを浮かべる。

「裏切り者の始末に来たよ」

「……」

無刄は刀を抜いた。

「紗江には、手を出させない」

「残念だね」

朧火が毒粉を撒く。

「あんた、使えない駒だってさ」

無刄が朧火に斬りかかる。

だが、羽たちが邪魔をする。

「くっ……」

(数が多い……)

その時、屋根から蒼馬が飛び降りてきた。

「無刄!」

蒼馬が夜鴉たちを薙ぎ払う。

「蒼馬……」

「言っただろう。お前を守ると」

蒼馬が無刄の隣に並んだ。

「共に戦うか……」

無刄は、わずかに頷いた。

蓮と隼人も駆けつける。

「紗江は!」

「こちらに!」

お蘭が紗江を守りながら叫ぶ。


「よし、食い止めるぞ!」

蒼馬が短刀を構えた。

激しい戦いが始まった。

蒼馬と無刄が背中合わせで戦う。


「無刄、右!」

「分かっている」

刀と刀が交差し、敵を薙ぎ払う。

二人の連携は、まるで長年連れ添った仲間のようだった。


鴦牙が舌打ちする。

「チッ…あの二人、息が合いすぎだろ」

朧火が毒粉を撒こうとするが、合流した蓮が風を起こして防ぐ。

「させるか!」

隼人が短剣で羽たちを次々と倒していく。

閃光。

鴦牙の手から、何かが放たれた。

「無刄、下がれ!」


間に合わない。

刃が、無刄の背中に吸い込まれる。


ドサッと重い音。

蒼馬が駆け寄る。

(かなり、深い傷か……)


「無刄ッ!」

蒼馬の声が夜を裂く。


血が、月光を黒く染め、無刄が膝をついている。

「くっ……」

「無刄、動くな!」

だが、無刄は立ち上がった。

「まだ……戦える」

そして、朧火に斬りかかる。

「無理をするな!」

蒼馬が無刄を庇う。

だが、羽たちが二人を囲む。

「終わり、だね」

鴦牙が笑った。


―その時―

「そうはさせぬ」

風が吹き抜け、葵が現れた。

緋色の羽織が月光に映える。黒漆の刀を抜き放ち、その気配は修羅のようだった。


「葵様……!」

紗江が奥から叫んだ。

葵は一瞬で夜鴉たちを薙ぎ払った。


その速さに、朧火も鴦牙も驚く。

「ふん、葵様はいつもかっこいいねー」

鴦牙が皮肉を言う。


葵の声は冷たかった。

「次は、容赦せぬ」


「撤退だ」

朧火と鴦牙、そして残った羽たちが闇に消えた。

夜鴉が去った後、無刄は地面に倒れた。

「無刄!」

蒼馬が駆け寄る。

背中の傷が深い。血が流れている。

「くそ……」

「……すまない」

無刄が小さく呟いた。

「足手まといに、なった」

「馬鹿を言うな」

蒼馬は無刄を抱き起こした。

「お前は、紗江殿を守ったんだ」

「……」

「それは、誇るべきことだろ」

無刄の目から、涙が零れた。

「私は……裏切り者だ」

「違う」

蒼馬は無刄の肩を叩いた。

「お前は、人に戻っただけだ」

紗江が駆け寄ってきた。

「無刄さん……」

「紗江……」

無刄は紗江を見た。

「無事で……よかった」

「無刄さん、ありがとうございます」

紗江は涙を流していた。

「私を助けるために……」

「あなたは……本当に良く似ている」

無刄は微笑んだ。


葵が無刄の前に膝をついた。

「無刄、そなたは今日から、我らの仲間だ」

「……えっ」


葵は無刄の手を取った。

「共に、戦ってくれぬか?」

無刄は、言葉を失った。


やがて、小さく頷いた。

「……」

蒼馬が笑った。

「良かった」

蓮と隼人も笑顔で頷いた。

お蘭が駆け寄ってくる。

「すぐに手当を!」

無刄は、部屋の中へ運ばれた。


――その夜

無刄は横たわり、お蘭が傷の手当をしていた。

「深い傷ですが、命に別状はありません」

「……ありがとう」

紗江が無刄の隣に座った。

「無刄さん、本当にありがとうございました」

「いや……私は、ただ――」

「妹さんのこと……教えてもらえますか?」

無刄は、しばらく沈黙した後、静かに語り始めた。

「妹は……いつも笑っていた」

その声は遠い。


「私が訓練で疲れて帰ると……小さな手で、にぎりめしを作って待っていてくれて……」


無刄の目が、わずかに潤む。


「不恰好なにぎりめしだった。でも――

「あれ以上に美味いものは、もう二度と食えない」


口にするのが辛いのか、言葉が詰まる。

「……」

無刄の目に、懐かしさが浮かぶ。


「だが……」


「忍びの里が襲われて……ほぼ全滅してしまった」


「……里が炎に包まれた」

無刄の声が震える。


「泣きながら手を伸ばす妹の姿が、今も瞼に焼きついている」


「それ以来、私は心を殺して生きてきた」

無刄は紗江を見た。


「だが、あなたを見た時……妹を思い出した」

「無刄さん……」

「だから、あなただけは守りたかった」

紗江は無刄の手を握った。 

「ありがとうございます。無刄さんは、妹さんをちゃんと守ったんです」

「……?」

「私という形で、妹さんを守ったんです。そう思って、もう自分を許してあげてください」

その言葉に、無刄の目から涙が溢れた。


「……うっ」

無刄は声を詰まらせ、堰を切ったように涙を流した。



――その頃、夜鴉の里


玄斎は、報告を受けていた。

「やはり無刄が、裏切ったか」

「葵の仲間になったようです」

鴦牙が報告する。

「ふむ……」

玄斎は表情を変えなかったが、その目には冷たい光が宿った。

「ならば、次の手を打たねばな」

「はい」

玄斎が鴦牙を見る。

「冥を呼べ」

「御意」

鴦牙が部屋を出ていく。


しばらくして、静かな気配が近づいてくる。

足音も、気配も、ほとんど感じられない。

闇の中から、冥が姿を現した。


黒装束に身を包んだ、小柄な影。

だが、その目には冷徹な光が宿っている。

「お呼びでしょうか、玄斎様」

冷たく、低い声。

「冥……」

玄斎が冷たい目で冥を見る。

「葵の動きを探れ。澄月庵の周辺を、よく見ておけ」

「……御意」


「特に……」

玄斎が一拍置く。

「小織紗江という女がいる。よく観察しろ」


冥が消える。

まるで、最初からいなかったかのように。


「柳沢様にも、報告せねば」

玄斎は立ち上がった。

「葵の勢力が、強くなっている」

「……」

「だが、それだけ追い詰める価値がある」

玄斎の目が光った。

「次は、必ず」



――翌朝、澄月庵

無刄は目を覚ました。

隣では、蒼馬が座っていた。

「目が覚めたか」

「蒼馬……」

「傷はどうだ」

「……痛むが、大丈夫だ」

無刄は起き上がろうとする。

「無理をするな」

蒼馬が止める。

「しばらくは、安静にしていろ」


「……すまない」


「謝るな」

蒼馬は微笑んだ。


無刄は、蒼馬を見つめた。

「蒼馬……お前との戦いは、楽しかった」

「ああ。私もだ」

蒼馬が笑う。

「だが、これからは敵ではなく――」

「仲間、か」

無刄も微笑んだ。

「悪くないな」

二人は、拳を合わせた。


柔らかい日差しが二人を照らしている。


ここまで其ノ十 裏切り読んでくださり、ありがとうございました!


初めての投稿で緊張していますが、

紗江と葵の物語を温かく見守っていただけたら嬉しいです。


次回更新は11月11日を予定しています。

引き続き、よろしくお願いします!

感想、評価、ブックマーク、とても励みになります。

よろしくお願いします!

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