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第96話 教皇

〈セラフ視点〉


「お二人のことは既に知っていると思われますが、改めて私からご紹介いたします。こちらマーシャ・デンカーさんとファーディナンド・デンカーさんです」


 2階から二人はやって来て、僕とジャンヌと向かい合うように丸テーブルに座る。


 なんと偶然にもマーシャお姉ちゃんとファーディナンドお兄ちゃんは、僕らの宿屋『黒い仔豚亭』で働く為にメイナーさんが呼び寄せた旧友らしい。


 メイナーさんとファーディナンドお兄ちゃん──いやファーディナンドさんか?──は見た通り仲良しだった。お互いを信頼しているのがよくわかる。しかしメイナーさんはマーシャお姉ちゃんと接する際、僕と接するように非常に丁寧だ。どうやら子供の接し方にまだ慣れていないようだ。


 メイナーさんは今度は僕とジャンヌの紹介を二人にした。


「ジャンヌ殿はお二人の働く宿屋で給仕をしていて、セラフ君は厨房で料理を担当しております」


 マーシャお姉ちゃんとファーディナンドさんは感心するようにして僕らを見た。メイナーさんは続ける。


「それとこのステーキはセラフ君が先程厨房で全員分を焼いてくれたのですよ?冷めない内に召し上がりましょう」


 マーシャお姉ちゃん達は僕に目を合わせながら感嘆し、ナイフとフォークを綺麗に扱って僕の焼いたステーキ肉に手をつける。


 この丸テーブルにはメイナーさんの他にスミスさんやシェフに、店長さんもいる。他の従業員は、今日はお店が復旧の為に休みにしたようで出勤していない。


 僕は8人分のステーキを焼いた。


 シェフは僕のステーキの焼き方に興味津々だった。ポイントは1回両面を焼いた後、少しお肉を休ませて、お肉の表面についた水気を拭き取ってから2回目を焼くことだ。そうすることで外はカリカリで

中はちょうどよいレアの状態で焼けるのだ。そして牛肉を焼いた時に出た脂と醤油とニンニク、ジンジャー、あと赤ワインと砂糖でソースを作った。


 皆がほぼ同時にステーキ肉を口に運んだ。


「美味しい……」

「旨い!」


 まず初めに反応を示したのはマーシャお姉ちゃんとファーディナンドさんだ。シェフとメイナーさん、スミスさんに店長さんは肉を咀嚼しながら、吟味している。


 メイナーさんが肉を飲み込んで言った。


「これは──」


 メイナーさんが感想を述べる前にシェフが割って入るようにして言う。


「実に美味しい!!」 


 僕はホッとした。スミスさんも店長さんも頷く。そしてシェフは少し早口で感想を言った。


「ただのステーキだと思ったが、焼き方の工夫でこれ程美味しくなるのか!?それにこのソース!」


 メイナーさんが共感するように頷きながら、口を開いた。


「このソースは醤油と赤ワインとお砂糖が入っておりますね?」


 僕は答える。


「はい。お肉を焼いたフライパンでそのまま作りました」


 シェフが言った。


「なるほど牛の脂をそのまま利用して味に深みを出す……しかしこの醤油というソースは実に味わい深い……」


 僕も自分で焼いたステーキを食べた。


 ──これで、皆にバフがついた。


 具体的な効果は、まだ判明していないが、恐らくは身体強化が付与されているだろう。


 これからここを出て、早朝にヌーナン村に着くようにする。皆にバフをかけられて一仕事終えた気に、僕はなっていた。


 ──なんせ僕は一度眠ると、戦力にならないからね……


 さぁ、夕食を食べ終えたら出発だ。


─────────────────────

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〈ハルモニア神聖国三大楽典ミカエラ視点〉


 眩しいくらいに白い大理石の床と柱、その床と柱には金でできた装飾が施されており、この部屋の眩しさをより際立たせていた。天井や壁には聖書に書かれた場面を切り取った色とりどりのフレスコ画が描かれ、この『署名の間』を彩る。


 私はそのひんやりとした大理石の床に跪き、赤い豪奢な椅子に座す教皇猊下の言葉を待った。


「それではミカエラ、貴方の見てきたことを述べてください」


 私は顔を上げ、猊下を見た。石膏のように白い肌、齢60を過ぎているにも拘わらずまだまだその若さと美貌を保っておられる。やはり教皇猊下ともあろうお方はただ者ではないと思わざるを得ない。その横に燃えるような赤い髪をした私同様三大楽典の1人プリマ・カルダネラがいた。そして私の報告を聞こうと枢機卿すうききょうの殆どがこの会議に参加していた。


 私はゴクリと唾を飲み込み、喉を潤してから声を発する。


「私と同じく三大楽典の1人リディア・クレイルは、私の交渉に応じることはありませんでした。そして恥ずかしながら、交渉の場すら設けることができませんでした」


「なんだと!?」

「やはり裏切りか……」

「クレイルに限ってそのようなこと……」

「まさか三大楽典ともあろう者が凶行に及ぶとは……」


 ざわつく枢機卿達よりも、私の報告を興味深く聞くプリマの方に私は気を取られた。教皇猊下はざわつく枢機卿を黙らせ、私に優しく尋ねる。

 

「話し合いにも応じなかったというのは、リディアはその意思すら見せなかったということですか?」


「はい。詳しく申し上げますと、リディアが私の呼び掛けに答えることがなかったので、奴が一体どのような気概でいるのかをまず確かめたく、私はゴーレムを作成し、魔の森の中間部、そして最深部へゴーレムを派遣したのですが、最深部に足を踏み入れた瞬間、あっという間に打ち砕かれてしまったのでございます」


 ほぉ、とプリマはまたしても興味深げな反応を示した。猊下は尚も尋ねる。


「あのリディアが……一体どのようにして貴方のゴーレムが撃ち砕かれたのですか?」


 猊下は我々の戦闘能力をキチンと把握していらっしゃる。


「それをこの目で確認することは叶いませんでした。しかし私のゴーレムであることをリディアは間違いなく認識しております」


「魔の森最深部は非常に危険な場所であり、知能の高いモンスターもいると聞いておりますが、そのモンスターの仕業でなくリディアによる犯行だと断言できる根拠はありますか?」


「はい。いくら知能の高い凶悪なモンスターであっても、私の造ったゴーレムを一撃で倒すのは至難の業でございます。それが1体だけでなく3体が倒されたのです。そんなことができるのは私のゴーレムの弱点を知っているリディアしか考えられません。それと──」


 教皇猊下は首を傾げて「何か?」という表情をした。私は続けて述べる。


「リディアの関与についての証人をこの場に召喚しても宜しいでしょうか」


「許可します」


 私はセツナを呼び寄せた。ここ『署名の間』にハルモニア神聖国の運営に関わる者以外が入室するのは珍しい。


 コツコツと音を立てながらとんがり帽子を被ったセツナが私の隣までやって来るのに枢機卿達はヒソヒソと喋り始めた。


 セツナは帽子を脱ぎ、跪く。私は説明した。


「この者は、魔の森近郊にある村、ヌーナン村に夜襲をかけようとした暗殺者でございます」


 ざわつく枢機卿達だが、猊下は静かに口を開く。


「夜襲…シュマールは先の帝国の侵略を小都市バーミュラーにて退けたと聞きますが……」


「はい。帝国は国境付近の警備を担当しているバーリントン辺境伯と共謀して小都市バーミュラーを攻略しようとしておりました。その侵略の前夜、バーミュラー攻略の一助の為に、帝国とバーリントン辺境伯の計らいによって、このセツナはヌーナン村に夜襲をかけているのです。しかしその夜襲は失敗に終わります」


 教皇猊下とプリマは答えを予測しながら聞いているように見えた。枢機卿達も黙り始める。


「セツナに発言の許可を求めます」


「セツナよ、神ソニアの前で発言なさい」


 セツナは言った。


「はい。我々は50人の暗殺者と共にヌーナン村に夜襲をかけましたが、突如として現れたアーミーアンツの大群によってその夜襲は失敗に終わりました」


 枢機卿達は口々に言った。


「アーミーアンツ!?」

「クレイルの最後の報告と一致している」

「しかし何故ヌーナン村を守り、ミカエラ殿の交渉を拒絶したのだ!?」

「おぉ、神よ……」


 ざわつく枢機卿達とは対照的に、教皇猊下とプリマは静かに思考する。その思考から先に答えを導き出したのは燃えるような赤い髪をしたプリマだった。


「ミカエラのゴーレムを一気に3体も破壊できるモンスターやアーミーアンツの大群を支配できた。リディアの性格ならそんなモンスター達を使役できたらこの国を裏切るのは当然だな。奴め、魔の森に独立国でも造っちまうつもりなんじゃねぇか?」


「なんと!?」

「それは一大事だ……」

「三大楽典の裏切り……」

「なんたる冒涜を」

「神の裁きが今すぐ下るぞ!?」


「静粛に願います」


 教皇猊下は再度ざわつく枢機卿達を静まらせ、自らの考えを述べた。


「確かにミカエラの報告と今の話を聞く限り、リディアの影を認めざるを得ないと思います。ヌーナン村を守ったのも、帝国がそこを支配することがリディアにとって都合の悪いことであると予測できますが、しかしそのような数々の行為は何かやむを得ない事情があるから、ととることもできます」


 すると枢機卿の1人が言った。


「そんな事情を汲む必要などありますか!?」


 そうだそうだ、と他の枢機卿が賛同する中、教皇猊下は言った。


「ですから、これから軍を起こしリディア・クレイルの捕縛作戦を敢行するつもりです。今はリディアの暴走によって我が国の情報が他国へと漏洩させないことを優先すべきです。近く行うつもりだったシュマール王国への侵攻やミカエラの造るゴーレムの弱点、プリマの舞による攻撃パターンの対策等、我が神聖国の情報をリディアは知りすぎています。彼女の処遇は捕らえた後に考えても遅くはないでしょう」


 その提案に枢機卿の1人が反論した。


「待ってください!現在シュマール王国は内戦中です。この機を逃してしまうのは得策ではありません!!」


 教皇猊下は言った。


「それが王弟エイブルのシナリオだったらどうしますか?」


「え……?」


 枢機卿達は黙った。


「内戦の内容や経緯からして、インゴベル王と争っているのはまず間違いないでしょう。しかし、これを好機と勇んだ我々や帝国が攻め込んでくることを予期していない訳がありません。ヌーナン村を守ったのもリディアが王弟エイブルに命令された可能性もあります」


「まさか!?」

「既にエイブルと手を組んでいるなど……」

「ありえない!!」


「そうでしょうか?我々がシュマールへ攻め込んでいる内に、リディアの開拓した魔の森へのルートからモンスターの大群がここハルモニアに押し寄せてきた場合、どうするつもりですか?」


 教皇猊下は、黙る枢機卿達に尚言った。


「王弟エイブルと手を組んでいるにしろ、いないにしろ、リディアが我々を裏切っている可能性が高いのなら、我々の動きをつぶさに観察し、攻めいる隙を窺っていると考えた方が良いですね」

 

 そして枢機卿猊下は高らかに命令を下す。


「それではプリマ、貴方を軍の大将に任命します。規模は隠密であることから5000未満に抑えてください。やり方は貴方に全てお任せします」


 プリマは嬉々とした表情で、リディア・クレイル捕縛作戦のめいを受けた。次に猊下は私に目を合わせて言った。


「ミカエラ、貴方はシュマール王国とバロッサ王国との国境付近に軍を起こして、待機して頂きます。プリマとリディアの戦況、帝国やバロッサ王国の動向、シュマールの内戦状況を鑑みて貴方に進軍させることもあるかと思います。帰還して早々にこのような命令をしてしまうことを許してください」


 私は、はいと返事をした。実際にはあの『黒い仔豚亭』という宿屋でだいぶ休んでいたので疲れは殆どなかった。


「それとこの暗殺者セツナは──」


 セツナに関して、教皇猊下が何かを言おうとするとプリマが言った。


「コイツは俺の暗部に所属してもらう」


「え?」

「は?」

「ん?」

  

 私達は間の抜けた声を出す。プリマは言った。


「コイツがリディアや王弟エイブルと繋がっている可能性もあんだろ?だったら俺の側に置いて監視していた方が良いと思うんだ。だから猊下?コイツが怪しい動きをした場合、殺しても構わないよな?」


 猊下は言った。


「い、良いのですか?確かにリディアの密偵の可能性は大いにあります。しかし貴方の暗部に置いてしまうと魔の森まで付いて来ることになるのですよ?危険ではないですか?」


「だから少しでも怪しい動きをしたら殺すつもりだ。それに暗部の人員も欲しかったし、コイツも、セツナだったっけ?俺達の国に入った以上、役に立ってもらわねぇとな」

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