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第90話 決意

〈ジャンヌ視点〉


 昨夜、小都市内が何やら騒がしかった。


 私は当然起きていた。セラフ様は眠っている。その寝顔をずっと見ていたかったが、私は我慢をして窓辺によった。風属性魔法を発動させ、大気の乱れや風に乗った人の声や音を聞き分けた。何が起きているのかを探る。


「やめてぇぇ!!」

「貴様らには罪人の疑いがかかっている!」

「こんなことして許されると思っているのか!?」

「都市長様がそんなことを命ずるわけがない!」

「離せ!!」

「連行しろ!!」

「対象は男女の2人組だ!!」


 Aランク冒険者が探していた罪人は宿屋に泊まっている可能性が高いとして、強引な方法で捜索をしているようだった。


 この宿屋にも、捜索の手が及ぶのではないかと警戒していたが、その心配はなさそうである。


 そうなった場合、セラフ様を無理矢理起こして──そんなことはしたくない──安全な場所まで飛んで行こうと思っていたが、その騒ぎは夜が深まると次第におさまった。明日の朝、また同じことが起きるだろう。そしてその朝、セラフ様がお目覚めになり、まだ小都市の封鎖及び、罪人が捕まっていない旨をお伝えした。


 セラフ様は「そっか~」と言いながら眠たそうな目を擦り、身支度を整えてメイナー氏のところに向かった。


 いざとなれば私の魔法でここからヌーナン村へ、ひとっ飛びできるが、セラフ様はメイナー氏が無事にここを出られるか、それを危惧しているようだった。


 セラフ様は街を歩きながら私に尋ねる。


「思ったんだけどさ、さっきジャンヌが言ってた捜索対象って男女の2人組な訳だよね?」


「はい」


「それって僕らにも当てはまるのかな?」


「確かに…そうなりますね……」


「しかもさ、結構手荒く捜索してるのに、その衛兵達は罪人の人相すらわかってない感じだよね?」


「はい」


「ってことは極秘の任務ってことだよね?Aランク冒険者まで導入してたし……」


「ま、まさか……」


 私に一抹の不安が過る。


「罪人って僕らのことなんじゃない?」


「で、でしたら直ぐにでもここを離れましょう!?私の魔法ならば──」


「ん~、それは最終手段にしよう!取り敢えずメイナーさん達が無事にヌーナン村へ着けるように僕らが見守らなきゃ!」


「承知いたしました」


 セラフ様との会話をしていると、メイナー氏のレストランが見えてきた。しかしそのレストランには人集りができていた。


 セラフ様と私はその人集りをかき分け、開け放たれた扉から店内を覗くと、あれ程清潔に保たれていたレストランがボロボロに荒らされているのが見えた。


 そして一歩、店内に入るとツンと鼻をつく刺激臭がする。この臭いを私は知っていた。


 醤油だ。


 セラフ様の作った醤油の瓶の破片と醤油が床の絨毯や壁に飛び散り、染み込んでいるのが見える。それにテーブルや椅子がまるで竜巻に煽られたかのように転がってた。この店内の荒れようは昨夜の衛兵の暴れ方と重なる。


 私は吐き気を催しそうな程の嫌悪とどうしようもない殺意を抱いた。


 メイナー氏はスミス氏に肩を担がれ、立っている。メイナー氏の腹部は蹴られたような痕が残り、このお店の店長の女性は後頭部を押さえている。シェフはお尻を手で押さえていた。


 メイナー氏は言った。


「セラフ君、衛兵と蜂会わなかったのですね。よかったです……少々恥ずかしいところを見せてしまいましたね。それと醤油の件なのですが、匂いでわかりますよね…申し訳ありません……どれもダメになってしまいました……」


 私はセラフ様に視線を合わせた。とても悲しそうな表情をしている。


 私はそんなセラフ様の表情を見て、胸が締め付けられた。それと同時にセラフ様にこのような表情をさせた者を許さないとも思った。


 セラフ様は気丈に振る舞うメイナー氏に合わせようと必死に自分の悲しみを押さえ込みながら言った。


「だ、大丈夫ですか……?醤油のことは問題ないです……また作ればいいだけですから、それよりも皆さん、何があったのか聞かせてもらえませんか?」


 セラフ様がそう言い終えると私はセラフ様に尋ねた。


「私の方でも少々調べてみましょうか?」


「うん、お願い……」


 セラフ様はメイナー氏の元へと歩みより、私は店の外へと出た。


 そして醤油の臭いのする方向を睨み付ける。


 ──セラフ様を悲しませた外道には死を……


─────────────────────

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〈バーミュラー都市長ロバート・ザッパ視点〉


 昨夜の出来事、そして今朝出掛けた食料調達の部隊の様子をバーミュラーの騎兵隊隊長のアクセルより聞き、私は憤慨した。


「まるで略奪ではないか!?」


 アクセルは言う。


「効率化しようと我々バーミュラーの衛兵と分担しようとしたのが間違いでした。それにアイツら元々フースバル将軍から厄介払いされた者達に過ぎません。兵士の肩書きはありますが、ゴロツキと変わりませんよ」


 私はアクセルと共に容疑者を一時的に収容している場所まで向かった。そこは王弟派閥に属するヴィスコンティ伯爵が管理している。


 食料保管庫の食料が少なくなり、その空いた空間を収容所として使うと言っていたのだが、そこにはフースバル将軍から派兵された兵士しかいなかった。


 私とアクセルは思わず鼻を覆った。酒と肉、オニオンやニンニクの臭いが充満しているからだ。


 私は怒鳴った。


「一体これはどういうことだ!?」


 するとフースバル将軍の兵士が言う。


「どういうことって、こういうことですよ?絶賛任務遂行中です」


 酔っ払った兵士がヨタヨタと歩きながら言い寄ってきた。話にならないと思った私はヴィスコンティ伯爵の居場所を尋ねる。


「あぁ、あの変態伯爵なら奥の地下室にいる女達を物色中ですよ」


「なんだと!?」


 私とアクセルはこの食料庫の地下室へと向かった。


 大勢の怯える裸同然の女達の間をヴィスコンティ伯爵が鼻の下を伸ばしながら練り歩いている。


「ヴィスコンティ卿!!一体何をしているのですか!?」


 ヴィスコンティ伯爵は驚き、冷静さを保ちながらこちらを見た。


「何って、ここに罪人がいるかどうかを確かめているのだよ」


 私はヴィスコンティ伯爵を無理矢理、1階と地下室を繋ぐ階段まで引きずった。


「ええい!離せ無礼者!!」


 ヴィスコンティ伯爵は私の引っ張る手を振り払う。目的の階段まで運ぶことができたので私は卿を解放する。


 ヴィスコンティ伯爵は私に敵意を向けながら、尚も勝ち誇った薄気味の悪い笑顔で言った。 


「ザッパ殿も見たくはありませんか?今まで王女として無垢に育ってきた者が、まるで奴隷の如き無様な姿を晒しているところを」


 この人間が何を言っているのか一瞬理解ができなかった。私は必死に平静を保ちながら言った。


「こんな非人道的な行いは決して許されません!どうか今すぐ兵士達を引かせてください!」


 ヴィスコンティ伯爵は首を傾げながら反論した。


「何を言っている?これは少なからず貴殿のせいでもあるのだぞ?」


「何故ですか!?」


「私はマシュ元王女のことを公にし、指名手配すべきだと言っていたのだが、貴殿やミルトンがそれを妨げたではないか?地下にいる女達は本来捕まるべき者達ではない。そうさせたのは貴殿のせいであろう?おっと、元王女がこの小都市にいるのは秘密であったな」


 騎兵隊長のアクセルはその事実に驚いている。かくいう私は咄嗟のことで何も言い返せなかった。しかし騎兵隊長のアクセルが言った。


「それは違いますね」


「なにがだ!?」


 アクセルは物怖じせず言った。


「マシュ王女殿下がこの小都市にいるなんてことは知りませんでしたが、王弟エイブル殿下の意向によって、マシュ王女を捕らえたとシュマール全土に公表しているんだ。それを伯爵閣下の独断で王女はこの小都市にいると触れ回れば、エイブル殿下の顔に泥を塗ることになる」


 ヴィスコンティ伯爵は苦虫を噛み潰したような顔をし始める。アクセルは更に続けた。


「だからこの作戦事態は問題ない。この対応が間違えているのです」

 

「ぐぬ……な、ならば早く捕らえろ!!」


 ヴィスコンティ伯爵はそう言い残して、この場を後にした。


 アクセルは私に言う。


「ザッパ様、どうか我々に命じてくれませんか?」


「な、何をだ?」


「フースバル将軍の兵士達を捕らえる命令です」


「し、しかし……」


「一体どうしちまったんですか!?民を想う貴方が何故迷われるのです!?」


 私は部下であるアクセルに言ってしまった。


「王弟に反感を持たれ、その間に帝国に攻められたらどうする!?ここでバロッサの虐殺が起きる方が民の為にならんではないか!?」


 アクセルは少し黙った。この沈黙を酒を飲んだ1階にいる兵士達の下品な笑い声が埋めた。アクセルは言った。


「…確かに先を考えることは都市長である貴方の務めだ。しかし貴方は王弟派閥に付くべきか、それとも現国王派閥に付くべきか、迷われているだけです。その中途半端な状態がこのような結果を招いているのです。不確かな未来の為に上にいる兵士達に手を貸すのか、確実な現在の為に下にいる女性達の手を取るか、今一度考えてください」


 部下に促され、ようやく私は思い至った。王弟側、インゴベル国王陛下側のどちらか一方に舵を切らねばならないのだ。私は片方を捨てる決心がいつまでも取れずにいた。


 だが、


「…すまなかったな…アクセル……決心はついた。コイツらが一処ひとどころに集まる夕暮れ時を狙うぞ?」


 アクセルはニヤリと笑い掛け、私達は地下にいる者達に必ずや、このような状況をおさめると伝えて、この食料庫から出た。

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