第88話 治安維持
〈ヴィスコンティ伯爵視点〉
「なんと情けないことよ!?」
私は失望の言葉を吐いたが、胸の内側では歓喜を震わせていた。Aランク冒険者のミルトンはマシュ元王女の捜索を打ち切ると言うのだ。
私の前にいるミルトンに再び叱責した。これはこの前とは違った意味で漏らす程の快感をもたらした。
「昨夜、あんなにも威勢の良い啖呵を切ったものの、このザマはなんだ!?Aランク冒険者は人探しもできんのか!?」
ミルトンは言った。
「まあ、そういうことになるな」
「どう責任をとる!?」
「責任?お前、さっきから何か勘違いしていないか?」
お前と言われたが、ミルトンが凄んできたので、私は少し黙った。
「冒険者は、依頼を成功させて金を得るか、失敗して金を得られないか、それだけしかない。お前ら貴族や役人みたいな責任なんてのは負わねぇ」
またしてもお前、と言われた。するとこの場にいるザッパがミルトンに言った。
「し、しかしAランク冒険者という肩書きに傷をつけることになりませぬか?」
私はザッパに続く。
「そうだそうだ!人探しも録にできんとなるとAランク冒険者の肩書きを剥奪されるぞ!?」
ミルトンは答える。
「確かに傷はつく。だがこれはあくまでも極秘の任務だ。公に記録が残る訳じゃぁねぇ。それに俺達が得意とするのは戦闘だ。凶悪にして強大なモンスターのな?」
最後の一文を言いながら、私を睨み付ける。私は今度は失禁しまいと、目をそらし、床を見つめた。
「だから、今回はこの依頼から降りることにする。ただ、バーミュラーに王女様がいるのは確実だ。これで前金分の働きはした。後は衛兵を導入してお前達で捕らえてくれ」
そう言って、ミルトンは部屋から出ていった。私とザッパは暫し沈黙していた。
私は口を開く。
「…ハ……ハハハハハハ!!何がAランク冒険者だ!!偉そうにしおって!!そうは思わんかザッパ殿!?」
「…い、いえ……それよりも何か狙いがあったとしか……」
「狙いなどあるわけがない!知能に乏しいから冒険者になるしかなかったのだアイツは!!」
再び沈黙が訪れるなか、私は提案した。
「このままこの小都市を封鎖し、今すぐにでも一挙に捜索しようではないか?」
「期間はいか程をお考えですか?」
「それは元王女が見付かるまでだ!マシュのことを証し、住民達にも協力を仰げば直ぐにでも見付かろうぞ!?」
「そ、それはお止めになった方が……」
「何故だ!?」
このザッパがいるせいでバーミュラーは私の支配下ではない。私はミルトンに対する怒りを次第にザッパに向け始めた。
「元とは言っても、ミルトン殿の言うようにマシュ王女殿下の影響は強く──」
「ミルトンは関係なかろう!?」
「し、失礼…しかしマシュ王女の影響力が強いのは事実。公表してしまうと住民の中にはマシュ王女に協力的になる者もいると思われます」
「そんな協力をする者は逆賊として取っ捕まえればいいだけのことだ!」
「そうすれば民達は我々に不信感と不安感、苛立ちを募らせ、この都市が暴徒化する恐れもあります!その隙に帝国に来られれば一溜りもありません!」
「ぐぬ……」
しばし私は考え、そして答えを出す。
「では、この封鎖を長引かせ、民達の不満をわざと煽り、マシュが見付かれば封鎖を解くと触れ込めば良いのではないか?」
「それも危険です!民は疲弊し、帝国との戦争で元々少なかった食料も、昨日やって来たフースバル将軍の500の兵士に与えてしまい、更に少なくなってしまいました」
「ならば短期で見つける」
「ど、どのようにして?」
「これからフースバル将軍の兵士だけでなく衛兵も動員し、宿屋を中心に捜索する。そして食事処から食料を取り上げ、確保するのだ。どうせ封鎖をする、客など来はしない。我らの為に献上せよと命令すれば問題なかろう」
ザッパは納得いっていないような表情であったが、代案が思い浮かばないおかげで口答えすることはなかった。
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〈フースバル将軍から派兵された兵士ラック視点〉
俺は運の良い男だ。王弟が反乱を起こし、イナニス王妃とマシュ王女を捕らえることに成功した。
俺の主であるフースバル将軍が王弟派閥で良かった。俺は運が良い。
そんなフースバル将軍の属する王弟派閥だが、捕らえ損ねたという罪人を捕らえる為、Aランク冒険者のミルトン・クロスビー率いる『聖なる獅子殺し』と行動を共にしている。
冒険者は国の政治や政争には関与しない決まりとなっているがこれはただの人探しだ。俺達はミルトンに付いていき、罪人を捕まえれば良いだけである。
簡単な仕事だ。だから俺達のようなゴロツキでもできる。やはり俺は運が良い。こんな簡単な仕事に割り当てられたのだからな。
しかし俺は知っていた。この部隊のコーディー部隊長以外のメンバーは俺含めて荒くれ者ばかりである。王都や他の都市に俺達が行けば、今までのインゴベル国王の統治下にあった民達に反感をもたれかねないのを知っている。
だから俺達は罪人の捜索を名目に、この仕事に回されたのだ。しかしどうだ?その罪人は小都市バーミュラーにいることがわかり、俺達は不本意にもこの小都市に身を置くこととなった。フースバル様はきっと、Aランク冒険者やコーディー部隊長がいるのだからどこかの森や野原で罪人を捕まえられるだろうと高を括っていた筈であり、Aランク冒険者がいれば俺達は大人しくするだろうと思っていたに違いない。
その頼りの1つ、ミルトンが罪人を捕らえる前に離脱してしまった。後は俺達とバーミュラーにいる衛兵達と連携して罪人を捕らえろとのお達しがきた。
少々荒くても構わない、早期に罪人を捕らえろ、というのがこの小都市を治めるロバート・ザッパからの言葉であった。
その言葉を聞いて俺は、この小都市が少々マズイことになると思ったんだ。
男と女の2人組の罪人。それしか俺達には聞かされていない。俺達の中では国王派閥の有力貴族だと噂されている。
男女の2人組が泊まる宿部屋を次から次に開けては捕らえ、都市庁舎に幽閉する。幽閉する理由は、一度捕らえ、ソイツらがその罪人でなくとも、解放してしまえば二度手間になる恐れがあるからだ。だから俺達の狙う罪人を捕まえるまでは幽閉することになっている。
俺の予感が当たった。
男女の2人が泊まっているのだ。しかも今は夜。ナニをしているのか想像できる。しかしこれは仕事だ。女も男も裸同然の格好で捕まえては都市庁舎に連行する。
男は男女の営みを邪魔されたことに怒って、殴りかかってきたりもした。しかし、俺の仲間達がそれを返り討ちにした。男がやられて怯える裸の女。俺は怯えた女の表情が好きだった。
女を連行する際にどさくさに紛れて抱きつき、胸や尻を揉みしだいたり、股をまさぐる仲間もいる。
俺はベッドを背にして床に尻餅をつく女の手を引っ張った。
「や、やめてぇ!!」
言うことをきかない女の頬を俺はひっぱたいた。正直言うと怯えた女の顔が見たくて頬をひっぱたいてやったんだ。すると、この女と一緒にいた男が俺に殴り掛かる。
「何しやがんだ!?」
男の拳よりも俺の仲間の拳の方が早く男の頬を打ち、宿部屋の床に男は叩きつけられた。
男は頬を押さえながら言う。
「こ、こんなことが許されると思ってるのか!?」
「これは治安維持だ。寧ろお前らが言うことをきかない方が許されない」
こりゃ役得だ。運が良い。
今日はもう夜も遅い為に、切り上げた。それにもしかしたらもう罪人は捕まっているかもしれない。都市庁舎に戻りながら俺は思った。
──この仕事はやりがいに満ちている……
国の為になるし、何より楽しかった。だからまだ罪人は捕まってほしくなかった。
都市庁舎に戻るとヴィスコンティ伯爵が俺達の仕事の早さに感心していた。都市庁舎の地下にある牢屋はあっという間に満杯となり、明日からは俺達が寝泊まりをしている食糧庫の地下の空間を使うとのことだ。
──その食糧庫の地下に幽閉するのは女だけにしてほしいな……
こんなにも仕事をしたというのに、目的の罪人がまだ捕まっていないらしい。ということは、明日も同じ宿屋狩りができる。また、この宿屋狩りの他に、明日より始まる食料調達の仕事が割り振られた。その仕事は俺に回されなくて良かった。
──あぁ、そうだ。俺は運が良いんだった。
俺は自分の運の良さを更に実感したと同時に、この罪人捜索に関して、俺はとある疑念を抱いていた。
──本当に有力貴族が逃げ出したのだろうか?
王弟の影響力に打撃を与える誰かがここにいることは確かなのだが、ただの有力貴族ではないと俺は感じ始めていた。