第87話 領主様との契約
〈ケインズ商会代表ジョン・メイナー視点〉
色白の肥満体型。目は腫れており、昨夜の酒がまだ残っている様子だ。薄くなりかけた金髪が頭皮に張り付き、口元は嫌らしく歪んでいる。
ヌーナン村の領主ケネス・オルマーは、つまらなそうな表情を私に向けていたが、ヌーナン村に私の商会の店を出させてほしいと頼むと、その口元を嫌らしく歪ませて、私に言った。
「余の領地で商売がしたいと申すのならば、それ相応の金を払って貰わなければならぬぞ?」
「以下ほど、御用意すれば宜しいでしょうか?」
「売り上げの5割を村の税と共に毎年我がオルマー家に寄越すのだ!」
私は言った。
「ん~、困りましたねぇ……」
私が悩んでいるとオルマーは言った。
「な、ならば4割でどうだ?」
「そうですね……オルマー様、私共は元々バロッサ王国からやって来た、しがない商売人です」
「な、何の話をしておる?」
「主に生鮮食品を扱ってきたのですが…お魚はお好きですか?」
「あぁ、魚も肉も大好きだ」
私の質問に困惑しつつもオルマーは答えてくれた。
「商売も肉や魚と同じなのです。牛や豚を生まれた直後に召し上がりますか?」
オルマーは首を横に振る。
「そうです。つまり食べ頃になるまで育てる必要があるのです」
私は続けて言った。
「店舗も同じでございます。初めはなかなかお客様が入りません。苦節した時を何年も続けることで初めて富を得るのでございます」
オルマーは次第に話を飲み込み始めた。
「お店を出して1年はまず売り上げの1割をお渡しします。2~5年目に2割、5~10年に3割、そして10年~永遠に、仰る5割をお渡ししようと思うのですが、如何でしょうか?」
おそらくオルマーは初めの1、2年は私達の店の売り上げを気にするものだが、それ以降のことは忘れてしまうだろう。10年から永遠に5割と言ったのは、10年目に差し掛かった際に1度店を畳んでも良いと考えているからだ。そして別の者がまたオルマーと同じように契約すれば良い。
「おぉ、よいぞよいぞ!但しだな、一時金を余に納めて貰わないとならぬぞ?」
オルマーは嫌らしい笑顔で続けて声を発する。
「金貨にして50枚だ!」
掌を広げて、5本の指を強調していた。この提案を私は予想していた。昨日の段階で王弟派閥が内乱を起こしたのを知り、帝国領と程近いヌーナン村に帝国が再び侵攻してくるとオルマーは考えているのだ。つまり、1年も待たずに私の事業計画は崩壊すると考えられてもおかしくはない。
しかし私は了承の返事をした。
「……かしこまりました。こちらをお納め下さい」
「宜しいのですか?」
スミスがわざとらしく私に尋ねる。
「構いません」
観念した演技をしながらスミスは懐から金貨50枚の入った袋を出した。念のため、私は金貨100枚の入った袋を自分の懐に隠していたが、思ったよりも安くすみ、私の懐の金貨は出す必要がなくなった。
オルマーは我々の決断に満足したような表情を浮かべていた。私はそんなオルマーに告げる。
「早速、明日よりお店の建設に当たろうかと思います。何か許可証のようなものを頂けますでしょうか?」
オルマーは難色を示す。流石に約定の準備などは慎重にするかと私が思ったところ、オルマーは口を開いた。
「おぉ、それがそのような書面を余は持ち合わせていないのだ」
私は間髪入れずに言った。
「ならば私の用意した書面にサインを頂いても宜しいですか?それが契約書として機能致しますので」
「おぉ、それは準備の良いことだ!」
オルマーは何の疑いもなしに、私の用意した契約書にサインをし、今後とも仲良くしてほしいと私に言って、握手を求めてきた。
私は難なく、ヌーナン村の領主様より契約書を貰い、店へと戻った。お店にはセラフ君とジャンヌ殿がおり、これからここ『レ・バリック』で昼食を取るとのことだ。セラフ君は私が領主様と上手く契約が結べるのかどうか心配していたようだが、私の手にした契約書を見て安心したようだった。
「私もこの昼食会に参加しても宜しいですか?」
セラフ君は言った。
「是非!」
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〈セラフ視点〉
メイナーさんは席についた。
──あれ?普通に話つけてきてない?
メイナーさんが当然のようにヌーナン村の領主様から営業の許可を取って付けたことに僕は、呆気にとられていた。
これでわかったのは、ヌーナン村の領主様はまだ僕の父さんの影響下にないことがわかった。
「セラフ君達はお買い物をもう済まされたのですか?」
僕がこの街にやって来た名目は、魔力回復薬を買うためと街に出て見聞を深めるためということになっている。
「はい!あのような楽しいお店が、ヌーナン村に出店されるのを想像するととてもワクワクします!!」
僕がケルベロスと一通り戯れた後、魔道具屋さんに行ったり、武具店に寄ったり、露店で装飾品──リュカとアビゲイルのお土産を買うため──を見たりしていたのだ。因みに、魔道具屋さんに入ったとき、試しに魔道具に魔力を通してはその効果を楽しんでいたのだが、試しすぎてお店の人に怒られたのはここだけの話である。
それとケルベロスに触れていた際、Aランク冒険者ミルトン・クロスビー様と相対した。今まで会ってきたどの冒険者よりも強いのがわかった。デイヴィッドさんやあのハルモニアから来たと思われるお姉さんよりも強い筈である。しかし、僕は現役時代のデイヴィッドさんを知らない。デイヴィッドさんにはただの強さ以上に何か人を奮い立たせるカリスマ性みたいなものがあると思わざるを得ないのだ。
だからといってAランク冒険者のミルトン・クロスビー様もただの人ではないことが僕には理解できた。そんな人が罪人を捕まえる為に行動しているのだ。きっとその罪人達はもう捕まっている筈である。
しかし僕の見通しは甘かった。
その罪人はまだ捕まらず、本来僕らは直ぐにでもバーミュラーからヌーナン村へ行って工事に着手したかったのだが、ここバーミュラーがまだまだ封鎖される運びとなってしまったのだ。
僕とジャンヌは狼狽えたがメイナーさんは驚くことなく、静かに思案していた。