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第85話 雄と雌

〈ヴィスコンティ伯爵視点〉


 エイブル新国王陛下のめいにより、小都市バーミュラーに赴いて幾日か経った。初めはここを統治できるものだとばかり思っていたが、フタを開けてみると都市長ロバート・ザッパの監視役だった。


 ザッパに嫌味を言うのは快感を伴ったが、それにも飽き、暇で質素な生活にだんだん嫌気が差してきた。しかし、エイブル新国王陛下がインゴベルを王都より追放し、この生活にもそろそろおさらばできる。後は徐々にエイブル新国王陛下の統治のもと、ここを我がヴィスコンティ家の領地としようではないか。


 そんなことを考えていた折に、フースバル将軍から派兵されてきた500人の兵と、Aランク冒険者のミルトン率いる『聖なる獅子殺し』がバーミュラーへやって来て、ここにマシュ王女が逃げ込んでいるという情報をもたらしてきた。


 これは好機だ。


 今すぐにでもマシュを捕らえ、エイブル新国王陛下に献上し、褒賞を貰う。


 ──バーリントン辺境伯の地をも、我が領地にできれば、我がヴィスコンティ家は貴族社会で頭一つ抜けることができる……


 直ぐに都市の封鎖を命令したが、ザッパが邪魔をして来た。


「都市の封鎖は現実的ではありません!」


「ならばマシュに逃げられても良いのか!?」


 このやり取りは既に何度目だろうか?ザッパは封鎖に伴う民の疲弊・混乱や帝国の侵略を恐れているようだ。


「ここを封鎖してしまえば、民の経済活動が止まり、飢えと不満が爆発するかもしれない!そしてこの混乱に乗じて再び国境警備兵やヌーナン村が帝国の侵略対象となってしまう恐れもあります!そうなればここも安全ではありませぬ!」


 この老害が。


「多少の犠牲は致し方あるまい。それより罪人を捕らえる方が重要ではないか?」


「マシュ殿下が罪人と決まった訳ではないではないですか!?」


「ほほう?ならばエイブル国王陛下が間違ったことをしていると?」


「そ、それは……」


 私とザッパの問答にAランク冒険者のミルトンが口を挟んだ。


「論点がズレてきたな。一応今は、俺の仲間がここを包囲している。実質封鎖していると言っても過言ではない」


 ──冒険者風情が、生意気な口をききよって……


 そう思ったが、ミルトンは今私の考えに近いこちら側にいる。下手に敵をつくるべきではない。


「ならば、この都市中にマシュの手配書をばらまくべきだ」


 ザッパは勿論反対をした。そしてミルトンもこれには反対する。


「それはやめておいた方が良い」


「何故だ!?」


 苛立ちながら私は質問した。


「確かにマシュ王女は王弟側から見れば反逆者だ。だがここバーミュラーではまだ影響力のある王女様のままだ」


「ならば民達の意識改革をこれを機にすべきなんじゃないのか!?」


「あんたらお貴族様は本当に世間とズレてんだな?」


 私はとうとう堪忍袋の緒が切れた。


「貴様!?先程から無礼だぞ!?」


 我慢の限界に達した私は立ち上がり、指を差しながらミルトンを叱責する。


「伯爵家に対して、なんたる口のきき方だ!?冒険者等物乞いと変わらんではないか!?お前らが今まで何をしてきたと言うん──」


 ミルトンは座りながら私を睨む。私のいきり立った筈の青筋が次第に萎んでいくのが自覚できた。そしてかつてない恐怖が私の内側から芽生え始める。


「うッ……」


 ミルトンは言った。


「アンタら貴族も民達から金を巻き上げてる物乞いとかわりゃしねぇ。伯爵家なんて肩書きはただの飾りだ。それはAランク冒険者も同じ、飾りをとれば、それはただの人だ。その人同士が同じ部屋にいて、どっちが上か下か決める時はどうすれば良い?」


 私はミルトンの凄味に圧倒され、先程立ち上がったばかりだが、直立を維持し、支える筋肉が強張り、立っていられなくなった。私はその場に座り込む。


「強さだ。強さによって上か下か決まる。これは貴族なんて概念のない、有史以前から決まっている自然の摂理だ」


 私は呼吸を整えながら、ミルトンの話に耳を傾けた。いや、傾けることしかできなかった


「貴族なんて概念はつい最近できたばかりの肩書きだろ?だがその概念もバカにはできねぇ、その肩書きによって人は簡単に支配されることを望むんだからな?エイブルも国王としての肩書きを手に入れたが、まだその日も浅い。故に今まで王女という肩書きを持っていたマシュの方が力が強いんだ」


 ミルトンは私に同意を求めている。私は恐怖で自然と漏れでる呼吸をしながら返事をした。


「ひゅ~、ひゅ~…わ、わかった……」

 

「わかってくれればそれで良い」


 ミルトンは続けて提案する。


「うちのパーティーメンバーが調べた結果、マシュ王女は男の護衛といるようだ」


 ザッパが問い質す。


「何故男と断定できるのですか?侍女である可能性もあるでは?」


「肉は好きか?」


 唐突な質問にザッパは困惑する。


「は?」


「好きかと訊いたんだ」


「あぁ、よく食べる……」


「アンタのような人間が食べる肉の殆どは雌の肉だ。雄の肉は筋肉質で硬く、おまけにクサイ」


「……」


「王女の臭いと共にそんな雄の臭いが混ざってんだよ」


「な、なるほど……」 


「だからもしこの都市を封鎖するなら、男と女の2人組の犯罪者がバーミュラーに侵入したと触れ込むのが良いんじゃないか?まあその前に明日の朝、俺の仲間がここを捜索する。その時にきっと捕まえるから安心しろ」


 ミルトンのえもいわれぬ圧力が失くなった。恐怖から解放された私は気がつく。どこからかツンとした匂いが鼻を突いた。私は匂いの元を辿った。それは私の下半身からだった。衣服の湿り気と匂いによって不快感と羞恥心が私を襲った。


─────────────────────

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〈ロバート・ザッパ視点〉


 Aランク冒険者ミルトン・クロスビーが、仲間がここを捜索するために、テイムしたモンスターをバーミュラーに入れることの許可を求めた。


 私はそれに同意することしかできなかった。


 ──恐ろしい男だ……


 あの殺気。まるで討伐難易度Aランクのモンスターを前にしているようだった。その殺気に当てられたヴィスコンティ伯爵が失禁するのも当然だ。


 ──その強さは六将軍をも凌ぐか……


 封鎖に関しては、一時的であることがわかったが、このままではマシュ王女殿下が捕らわれてしまう。


 ──いや、今さら何を思う?


 これで民達の安全が保たれたではないか。帝国が攻めてきても何とか対処ができる。


 ──本当にそれで良いのか?


 都市長としての立場と兵士として今まで生きてきた私の価値観がぶつかり合う。


 そして明確な答えを出せぬまま、明日を迎えてしまった。 

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