第84話 再会
〈ケインズ商会ジョン・メイナー視点〉
私はレストラン『レ・バリック』の2階の部屋、執務室にて事務作業をしていた。セラフ君が来店してきたようだ。とっていた個室に従業員は案内したと報告してくれた。しかし予定の2名ではなく、3名であったと言っていた。何故か。私は一瞬疑問に思ったが、今はそれどころではない。
明日のヌーナン村の領主、ケネス・オルマー様との約束を無事取り付けることができたが、ヌーナン村にて建築工事をするための人材と、そこで店を切り盛りする為の従業員の選定、異動の為の書類整理に勤しんでいた。異動のせいで、更には王弟の反乱のせいで経営に影響が起きないかを勘案しなければならない。ちなみにスミスは、このバーミュラーにあるケインズ商会の運営する鍛冶屋の元へと赴き、ヌーナン村にこれからできる鍛冶屋の店主として働いてくれないかと交渉している。
──もう夜も遅い。途中で切り上げてセラフ君達のところへと顔を出しに行くべきか…スミスもそろそろ戻ってくるはずだ……
そう思ったその時、慌ただしく階段を駆け上がる音が聞こえた。その足音からして2名が私のいる執務室に向かって走ってくる。
ノックもせずに扉が開かれ、懐かしい顔が現れた。
「ジョン!頼む、力を貸してくれ!!」
突然現れた同郷の友の名を私は口ずさむ。
「ファーディナンド……」
そしてそのファーディナンドの後からやって来たこのお店の店長が羽交い締めにする。
「メ、メイナー様!申し訳ありません!この者が急にメイナー様に会わせろと」
「ジョン!頼む!!」
2人が揉み合い、同時に発声するのを私は止めた。
「彼は私の旧友です。手を離しても構いませんよ」
店長に対して私は告げた。その店長はあっけらかんとして、自分の行いを恥じるかのようにファーディナンドから手を離し、俯く。私は言った。
「貴方の対応はなにも間違っておりません。寧ろ称賛されるべき行いをしました。ありがとうございます。そして旧友の代わりに謝罪します。申し訳ありません」
「そ、そんな!?滅相もありません!!」
「下がって良いですよ」
「はい!」
扉が閉じられ、久し振りに会ったファーディナンドと二人きりとなった。先程までの勢いを失ったファーディナンドはどこか居心地が悪そうだった。何せ、私達は最後に喧嘩別れをしてしまったからだ。
先程の騒がしさから想像もできない沈黙の中、私はファーディナンドの格好を下から上へ眺めた。
──王国の兵士をやっているんじゃなかったのか?
ファーディナンドは兵士とは程遠い、村人のような格好をしていた。私は言った。
「まさか貴方の方から会いに来るなんて思いませんでしたよ?それに私は今日ここへ到着したばかりなんですよ?よく私の居場所が分かりましたね」
「あ、あぁ、お前に会えたのは偶然だ……それよりも大変なんだ!」
「何がです?」
私はファーディナンドの様相から当たりをつけた。
──資金の援助か?
しかし思いもよらない言葉が発せられる。
「マシュ王女殿下が行方不明なんだ!?」
「は?」
ファーディナンドがことの経緯を説明する。慌てているようで、説明に要領を得ていない。そこに私の思考の混乱のせいで更に訳の分からないことになっている。一先ずファーディナンドを落ち着かせ、私も思考を安らげようとしたが、そこに鍛冶屋の交渉から帰ってきたスミスが慌ただしく乱入した。
「ジョン!どうしてセラフ君とマシュ王女殿下が一緒に食事してるんだ!?」
「はい!?」
「え!?」
次から次へと……
我々は直ぐにスミスの言う、セラフ君とマシュ王女殿下のいる個室へと向かった。
個室の扉の隙間から、セラフ君とジャンヌ殿、そして確かに村娘のような格好をしたこの国の王女マシュ殿下の姿が見えた。
それが確認できると、ファーディナンドは直ぐにその個室に入り、殿下の元へと向かった。
「殿下ーー!!」
ジャンヌ殿がセラフ君を庇うように立ち上がり、警戒心を顕にしたが、ファーディナンドが咽び泣くような声を出しているのを見て困惑している様子だった。
「よくぞご無事で……」
マシュ殿下は言う。
「ご、ごめんなさい。あまりにお腹がすいていて、この方達にご馳走になっておりましたわ……」
セラフ君が呟く。
「デンカ?」
するとマシュ殿下は慌てながら言った。
「わ、私はマーシャ・デンカーって名前なのですわ!そ、そうよねファーディナンド?」
「ぇ、ええ……」
セラフ君が尚も尋ねる。
「こちらの方は……?」
マシュ殿下は答えた。
「わ、私のお兄様ですわ!」
「お兄さんなのに名字で呼ぶの?」
「わ、私がそう呼ぶようにと、頼んだんですのよ!?お兄様に名前で呼ばれると何だか恥ずかしくって……」
「そ、そうなんだ」
セラフ君は納得していない様子だったが、それ以上は何も訊こうとしなかった。そして私に目を合わせる。私はマシュ王女殿下の意図を汲み取りながら言った。
「驚かせてしまい申し訳ありませんね、セラフ君。それにジャンヌ殿も」
セラフ君もジャンヌ殿も首を横に振って、私の謝罪を拒む。
「この方達は私の旧友でございまして、この小都市に暫く滞在することになっていたのですよ」
「そうなんですか!」
「それよりもセラフ君はどうして、その…マ、マ──」
殿下が口にする。
「マーシャよ」
「マーシャさんと一緒にいるのですか?」
「それは──」
セラフ君は説明した。
──なるほど…たまたま同じ宿屋の隣の部屋だったと……
殿下が言う。
「そう!お兄様ったら帰りがあまりにも遅くって、お腹をすいて死にそうだったのよ!?そしたらセラフとジャンヌに声をかけてもらって、ここでご馳走になっていたのよ!!」
「も、申し訳あり──」
ファーディナンドが敬語で謝罪しようとしたのを殿下は鋭い視線で制する。ファーディナンドはぎこちない謝罪を設定上妹である殿下にする。
「す、すまん……」
私はセラフ君に言った。
「少し、このお二人とお話をしても宜しいですか?」
セラフ君は頷く。
私達は再び執務室へと向かった。
─────────────────────
─────────────────────
〈ファーディナンド視点〉
私は商人、ジョン・メイナーにこれまでの経緯をゆっくりと説明する。王弟の反乱に、ここまでの道中、そしてザッパ様の協力は仰げず、Aランク冒険者ミルトン率いる『聖なる獅子殺し』がこの小都市にやって来ていること。王弟派閥のヴィスコンティ伯爵がバーミュラーを封鎖しようとしていることもジョンに伝えた。
ジョンとは同郷であり、共に育った仲ではあるが、別々の道を選び、最後は喧嘩別れのような形で終わってしまった。シュマールを捨てて、バロッサの商人となったジョンに私はどうしても納得がいかなかったのだ。
ここを訪れた時に、豪商として世界に名を轟かせているジョンがまさかバーミュラーに滞在しているとは思わなかった。自分の名を出して、ジョンと接点が持てれば良いとだけ考えていた私だが、2階の執務室にいると聞いた時は驚いたものだった。そして私はほぼ無意識に従業員の制止を振り切って2階へと向かっていた。
私の説明を聞き終えたジョンは暫く黙り込むと、顔を上げ、共同経営者のスミスという者を呼んで、バーミュラーの外の様子を見に行くようにと命令する。
スミスが執務室より出ていくと、私と殿下とジョンの3人が残った。ジョンは自分達がここにいる経緯を説明する。
ここから近い田舎村にケインズ商会の店を出す為、このバーミュラーに住んでいるその村の領主様に営業の許可をもらいに来たという。他にも、建築や人材の要請をするためでもあると。そして殿下と食事をしていたのがその村の出身の子供とその護衛ということらしい。
──なんたる巡り合わせ……
こうして無事に殿下を見つけることができてホッとした私だが、まだまだ問題が山積みだ。
ヴィスコンティ伯爵、フースバル将軍から派遣された500人の兵士、Aランク冒険者ミルトン率いるパーティー『聖なる獅子殺し』をどうするか。ザッパ様の協力も得られない。そして成り行きで殿下のことを知らせてしまった旧友のジョン・メイナーについて、彼がまだ私と殿下の協力者となってくれるのか、それがまだ定かではない。
ジョンは言った。
「封鎖されたら厄介ですね……」
「ちょっと待て……」
「何ですか?」
ジョンは思案に耽り、俯いていた顔を上げる。
「我々に協力してくれるのか?」
ポカンとした表情のままジョンは言った。
「ええ、そのつもりですが?」
「な、何故だ?」
「何故って、貴方が協力してほしいと言ってきたからじゃないですか?」
「いや!確かにそう言ったが、お前に危険が及ぶかもしれないんだぞ!?」
「このまま王弟に国を乗っ取られた方が危険だと思いますね。それに、あの時も言ったではありませんか?」
「あの時?」
「ええ、貴方と喧嘩別れをした時です」
◆ ◆ ◆
「何故バロッサ人に帰化したんだ!?」
友が間違った道へ進んでしまうことに私は激昂した。
「何度も言いましたがシュマール王国では商人の権利が弱く、私の思うことができないのですよ」
「お前の思うこととは、シュマール王国を守ることではないのか!?」
「いえ、私はシュマールだけでなく他の国の民すら救いたいと思っているのです」
「そんなこと!ただの平民に生まれた俺達にできるわけがないだろ!?俺達にできるのは自国の兵士となって、武功をあげる。その武功次第で身分関係なく六代将軍に俺達もなれるんだぞ!?将軍となって内側からも外側からもシュマールを守っていくことが俺達にできる唯一の道だ!」
「いいえ、バロッサの商人にも同じようなことができます!!」
◆ ◆ ◆
あれから10年、ジョンは豪商となり、当時の想いなどはとうに忘れ、大金を稼ぎ、骨の髄までバロッサ人に成り下がったものだと思っていた。
しかし、こうしてあの頃の想いを覚えており、それを遂行しているジョンを前にして、私は自分が恥ずかしくて仕方がなった。
私はその場で膝をつき、ジョンに謝罪をした。
「ジョン、すまなかった!!当時の私はお前の描く物語を理解できていなかった」
「良いんですよ、当時の私も自分の考えが絶対に正しいとしか思っていませんでしたからね。それにまさかここまで商人として上手くいくとも思っていませんでしたよ」
我々の会話が一段落すると、マシュ王女殿下は言った。
「それで、これからどうするの?ここを封鎖されてしまったら私が捕まるのも時間の問題だと思うのだけれど……」
ジョンが言う。
「はい……しかし、今すぐにでもここから出ていくことも危険なのです」
「どうして?」
その時、外へと出ていったスミスが帰ってきた。
「どうでした?」
ジョンの問いに、スミスは答える。
「お前の言った通り、壁の外には監視がいる。しかも討伐難易度Cランク以上のモンスター達だ」
「え!?」
「は!?」
「やはりそうですよね……Aランク冒険者ミルトンの率いるパーティーにはテイマーのヒルダ・キルシュテンがおります。私がミルトンならそうするでしょう」
私は言った。
「つまり、もうここバーミュラーは封鎖されていると?」
「そういうことになりますね。なので明日以降ミルトン達の動向を見てから動きを決めましょう。お二人は宿には戻らず、ここで寝泊まりしてもらうことになります」
「わかったわ」
殿下はそう答える。私は更に質問した。
「か、仮に、ここを脱した後はどうするつもりだ?」
「それについては、思うところがあります」
「ど、どこかあてがあるのか?」
普通ならばインゴベル陛下のいるロスベルグに向けて出立するだろうと考えるが、メイナーは言った。
「ええ、我々がこれから行こうとしているヌーナン村に殿下を避難させようと考えております」




