第82話 誇らしい
〈セラフ視点〉
僕とジャンヌはお隣さん──宿泊部屋が隣のお姉ちゃん──と共にバーミュラーの街並みを歩いた。
あのままメイナーさんのレストランで食事をしても良かったのだが、この前メイナーさんが商談をしに来た時、気を遣ってもらい閉店間際に来て貰ったことを僕は覚えていた。だから、お店の混む時間帯を僕とジャンヌは避け、閉店間際に訪問する予定だった。
しかしお隣さんのお姉ちゃんがお腹をすかせて困っていたみたいだったので、僕らもメイナーさんのレストランに行く前に軽く食べることにした。
「僕はセラフで、こっちがジャンヌ!」
通りを歩きながら僕は自己紹介をした。お姉ちゃんが言う。
「私はマ……」
ぎこちなくお姉ちゃんの言葉が区切られた。僕とジャンヌが首を傾げるとお姉ちゃんは自己紹介をしなおす。
「私はマーシャよ。宜しくねセラフにジャンヌ?」
「宜しくね、マーシャお姉ちゃん!」
「宜しくお願いします」
「…ぉ姉ちゃん……」
そう呼ばれることに慣れていないのか、マーシャお姉ちゃんは少し戸惑っていた。僕はもしかしたら、そう呼ぶことで何か失礼に当たってしまったのではないかと思い、謝罪する。
「ご、ごめんなさいマーシャさん。お姉ちゃんはちょっと馴れ馴れし過ぎましたよね」
マーシャさんは首を横に振って言った。
「ううん!全くそんなことありませんのよ!?マーシャお姉ちゃんと呼んでもらって構いませんわ!」
マーシャお姉ちゃんはテンパるとお嬢様口調になる。
綺麗な金髪に綺麗な肌に珠のように大きな目をしている。しかし服装は質素で所々汚れが目立っていた。
もしかしたら没落してしまった元貴族のご令嬢かもしれない。僕はマーシャお姉ちゃんの過去を探るようなことはしないと決めた。
「もう間もなく、ギヴェオンの英雄譚の演目が始まりま~す!」
派手な衣装を纏った者が看板を掲げながら、大きな声で宣伝している。
「へぇ~、ギヴェオンの英雄譚かぁ~」
1つの時代に1人の英雄が現れ、治世をもたらしたと言われている。ギヴェオンはその最後の時代を担った英雄である。そしてギヴェオンの血を引き継ぐものが代々このシュマール王国の王となって君臨していた。
──ん?てことは僕は、現在の国王陛下の弟に当たる父さんの息子なのだがら、僕にもこの英雄の血が流れていることになるのか?
そう思うと、何だか笑みが溢れてしまう。そんな僕にマーシャお姉ちゃんが言った。
「セラフは英雄ギヴェオンが好きなの?」
僕にもこのギヴェオンの血が入っているなんてことは、マーシャお姉ちゃんは知らない。何だか誇らしげな感情が僕の中に巻き起こったが、それを隠して僕は言った。
「うん!大好き!!」
「そ、そうなのね……セラフはギヴェオンがお好き……」
マーシャお姉ちゃんは何故だか誇らしげだった。
「お姉ちゃんは好き?」
「勿論ですわ!特にギヴェオンが火龍バアルを討伐するところなんて最高ですわ!!」
「火龍バアル?」
「知らないんですの?火龍バアルは四龍のうちの一頭で、口から超級の火属性魔法を放つ恐ろし──」
マーシャお姉ちゃんが火龍の説明を早口でしていると、近くの屋台より大きな声が聞こえた。
「ファイアー!!」
僕らは声のした方向を見た。
火属性魔法が附与された魔道具をガスバーナーのようにして串に刺さった肉を炙るようにして焼いている屋台の店主がいた。
肉を炙る美味しそうな香りが周囲に漂った。僕とジャンヌとマーシャお姉ちゃんは、たまたま通りかかったその屋台の前で止まった。
屋台の店主が言う。
「おっ!いらっしゃい!美味しい美味しいバーミュラーの新名物、牛串ですよぉ~!!」
牛串。この世界に来て牛肉を僕は食べていなかった。僕らの村で牛は専ら乳を搾る為にいて、食べる為ではなかったのだ。
ジャンヌが尋ねる。
「新名物、ということは最近売り出された料理なのですね?」
「そうよ!最近魔の森の近くにあるヌーナン村ってところで串に刺さった鶏肉を食ってな!そこで思い付いたのがこの牛串なんだ!」
「へぇ~」
「ほ~」
僕とジャンヌは感心した。僕らの真似をして開発された商品であるが、悪い気はしない。寧ろ、僕らの影響がこういうところにまで波及していることに嬉しく思ったくらいだ。
マーシャお姉ちゃんはと言うと、よだれを垂らしそうになりながら牛串を見ている。
僕は言った。
「じゃあこれを3本ください!」
「まいどあり!!」
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〈マシュ(マーシャ)王女視点〉
咄嗟に自分のことをマーシャと名乗った。セラフは私のことを名前以外は何も訊いてこない。それは従者であるジャンヌも同様だ。
私達は通りを歩きながら、何を食べようかと思案していた。しかしそれよりも私は色々なお店、色々な人達が行き交うのを見て心を踊らせていた。こんな状況ではあるが、バーミュラーは初めてであるし、こうして王女としてではなく、ただの村娘として街を歩いたことなどなかったからだ。
セラフもジャンヌも私を村娘として認識している。私のことをお姉ちゃんと呼んできた時、初めは聞き慣れない響きにむず痒さを抱いたが、そのむず痒さはやがて温かみに変わっていた。
私はセラフにお姉ちゃんと呼ぶのを許可し、我が祖先にして英雄のギヴェオンについて語るその途中で、一軒の出店の前で立ち止まることとなった。
香ばしく焼かれる牛串を見て、私は自分が空腹であったことを思い出した。
ジャンヌが店主と言葉を交わしていたが私の耳にはその内容が入ってこない。
──早くこの牛串を食べたい……
するとセラフが注文した。
「じゃあこれを3本ください!」
「まいどあり!!」
私が3本の牛串を受け取ると、店主が言った。
「あれ?どっかで見たことある顔だな……」
私の心臓がドキリと跳ね上がった。そして顔を背けると店主は言った。
「わかった!アンタ──」
──おやめになって!それ以上言わないでくださいませ!!
私がそう念じていると店主は続ける。
「あの宿屋の給仕だろ!?」
ん?
私は背けていた顔を店主に向ける。店主は私ではなくジャンヌを見ていた。ジャンヌは言った。
「はい。そうです。ですが、私はアナタのことを覚えておりません、どうかお許しを」
「いやいや、あんなにも客が入ってりゃ、1回来た客をいちいち覚えらんねぇって!そうだ!俺がここで儲けられるのはアンタらのおかげだ!お礼にこの牛串はタダでやるよ!」
セラフが嬉しそうに言った。
「本当に!?」
「ああ、男に二言はねぇ!」
「やった~!ありがとう!!」
「ありがとうございます」
私も慌てて感謝を告げた。
「あ、ありがとう存じます」
私達は出店を後にして、それぞれ串を持ち、食べながら歩くと危ないので立ち止まって牛串を頬張った。
──おいしい……けどちょっと固い……
するとセラフが言った。
「美味しいけど、ちょっと固いかな……まずフライパンで軽く火を通してから、もう少し小さい一口サイズに切って、軽く煮た方が串に刺しやすいし、柔らかくなって美味しいかも……」
セラフの言葉に感心した。牛串の店主がジャンヌのことを宿屋の給仕だと言っていた。
──セラフもその宿屋で働いているのだろうか?
そんなことを考えながら、私達はあと二、三件出店の品物を買っては、食べた。
そして私は言う。
「あの、この代金は必ずお返し致します」
セラフが言った。
「返さなくて良いよ?困った時はお互い様だからさ。だから今度マーシャお姉ちゃんが困っている人を見た時は、その人のことを助けてあげてよ」
私よりも年下の男の子の言葉に私は感動してしまった。そうだ。私はこの国の王女なのだ。私は周囲を見渡す。この国の民達が幸せに暮らせるように尽力するのが私の勤め。
「必ず…必ずそう致しますわ!!」
セラフは笑顔で応じてくれた。
「僕らはそろそろ知り合いのレストランに行くんだけど、マーシャお姉ちゃんはどうする?一緒に来る?」
「いえ、私はご遠慮するわ。流石にそこまでは……」
そう言って、セラフとジャンヌと別れようとしたが、帰り道がわからなくなっていた。それにもう暗い夜となってしまっていた。どうしようかと思っているのがジャンヌに伝わったのか、彼女は言った。
「ですがここからお一人で宿に戻るのは少々、危険です」
セラフがそれに同意するようにして言った。
「確かにもう夜だし……やっぱり付いて来てよ!」
私は厚かましくも頷いて、セラフ達の言う知り合いのレストラン──おそらくメイナー氏のレストラン──へ行くこととなった。
──ファーディナンドのことはどうしましょう……宿部屋を出る時に、手紙を置いたから大丈夫だとは思うけれど……
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〈聖なる獅子殺しのパーティーメンバー、ヒルダ視点〉
小都市バーミュラーが見えてきた。
ミルトン様もホワイトもフースバル将軍の500人の兵士達もバーミュラーにマシュ王女がいると悟ったことだろう。それでも私は言った。
「バーミュラーにマシュ王女がいると思われます」
ミルトン様が言った。
「適当に宿を取って捜索は明日にするか?」
「いえ、このまま続けても問題ありません」
するとホワイトが言った。
「いやいやケルベロスを小都市に入れるには、それ相応な手続きが必要でしょ?」
フースバル将軍が派遣した500人隊の部隊長に私達は目を合わせた。部隊長コーディーは言う。
「はい。バーミュラーにはエイブル陛下派閥のヴィスコンティ伯爵がいらっしゃいますので、手続きは容易かと……しかしもう公務を終えていると思われるので……」
ホワイトが部隊長コーディーの言葉を遮って言った。
「あのさ、国の一大事に公務も糞もないっての!まぁ別にそっちがそう言うんならなんでも良いんだけどね?でもそれでもしマシュ王女を捕らえ損ねたらどうすんの?」
またホワイトは王女のことを口にしやがった。
「そ、それは……」
ホワイトにイラつきながらも、私は思った。
──この部隊はダメだな。
優秀な者達は現在、王都での混乱を沈静化する為に駆り出されているし、ないとは思うが、インゴベル国王がその混乱に乗じて王都に攻め込んで来るかもしれない為に、北西にある都市ロスベルグ方面を監視していることだろう。対してこの部隊は、我々に頼りっきりの無能集団だ。全てに於いて決定が遅い。これではその伯爵との謁見にも一苦労しそうだ。
ミルトン様が言う。
「この夜中にここから出る者達は限られている。ヒルダには悪いが他のテイムしたモンスターを都市周辺に配備しても良いだろう」
そんな提案をするミルトン様にホワイトが言った。
「え~?どうせヒルダを使うんなら、別にここの許可を得なくても、このケルベロス使って今すぐにでも王女を捕らえた方が効率的じゃないですか?よく考えたら、この国の次期国王からの命令なんでしょ?ケルベロスを街に入れても問題ないと思うし」
さっきと言っていることが違うことに私は更にホワイトに苛立ちを募らせる。ミルトン様はしばし考え込んだ。おそらくミルトン様はこのバーミュラーの立地の重要性を考えている。王弟側に立てば、あまり荒々しいことをしない方が帝国との国境に近いこの重要な小都市の統治を円滑に行えるだろうと考えているようだ。
──このクソチビのホワイトはそこら辺を全くわかっていない……
ミルトン様は私に尋ねる。
「ヒルダはどう思う?このまま直ぐに目標を捕らえた方が、お前の負担が軽くなることはないか?そうであるならそうすべきだと思うんだが……」
一日中ケルベロスの背に乗ってここまで来たのだ。疲労を感じる私だが、直ぐにでもこんな任務を終えて、拠点のお風呂に入りたかった。
「私は──」
癪だがホワイトの意見に乗るつもりであることを言おうとしたが、その時ケルベロスの反応に違和感を抱いた。
ケルベロスは、小都市バーミュラーに近付くにつれて足取りを重くしていた。そしてとうとう完全に止まってしまった。私はケルベロスに尋ねる。
「どうしたの?」
今までこんな反応をしたことがない。バーミュラーに入りたくない、そんな態度をとり始めたのだ。
「なんだ?」
「どうかした?」
ミルトン様とホワイトが私に尋ねる。私は言った。
「いえ、なにかケルベロスの様子がおかしくて……」
ミルトン様は訝しんだが、ホワイトが言った。
「そりゃ、一日中ヒルダを背負って旅してきたからね。流石のケルベロスさんも疲れちゃったんじゃない?」
ホワイトは私の体重が重いからだ、と暗に非難するが、それにミルトン様が乗った。
「やはり、捜索は明日にすべきだな。ヒルダ、悪いがこの小都市の監視を他のモンスターにしてもらう。それで構わないか?」
「ええ…構いません……」
ミルトン様の提案よりも、かつてない反応を示すケルベロスに私の思考は持っていかれていた。
──何か、凶悪なモンスターがバーミュラーの中にいるかのような反応……
私はケルベロスの背から降りて、他のテイムしたモンスター達にバーミュラーから外へと出ていく者達の監視を命令する。