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第81話 出会い

〈セラフ視点〉


 銀色に統一された調理台や食材を保存する容器、たくさんの鍋に包丁が綺麗に並べ立てられていた。


 僕は今、メイナーさんの運営するレストラン『レ・バリック』の厨房にいる。


 白い清潔感のある調理服に身を包んだシェフがメイナーさんに挨拶し、メイナーさんはシェフに僕らを紹介する。そして醤油の入った瓶と氷が厨房の裏口から運ばれていた。


 シェフは醤油の瓶をメイナーさんから手渡され、まるで一流の冒険者が新調された武器を目利きするように眺めた。そして一言。


「…少し味見しても?」


 メイナーさんはどうぞと、促した。シェフは瓶の蓋を開け、小さいお皿に少量入れ、それを口に含んだ。


 シェフの顔が一変した。


「これは…確かに旨い……」


「そうでしょうそうでしょう!!」


 メイナーさんはシェフの反応に興奮していた。自分の惚れ込んだ調味料を料理のプロに認められたのだ。そりゃ誰だって喜ぶ。何なら僕とジャンヌも喜んだ。シェフは言う。


「これは色々な食材に使えそうですね……」


 するとメイナーさんは僕を見つめた。色々な食材の中の1つを知りたいのだろう。僕は言う


「魚肉の薄切りを生のまま醤油につけて食べると美味しいですよ」


 厨房が凍り付く。その時、ちょうどスミスさんが氷の柱を2つ肩に担いで裏口から入ってきた。凍り付いたのは別にその氷の柱のせいではない。


「魚肉の薄切りを!?」

「生で!?」


 僕は、コイツ頭おかしい、といった反応をされて少しだけ恥ずかしかった。その恥ずかしさをかき消すために口を開く。


「勿論、新鮮な魚でないとダメですけど……」


 メイナーさんは、僕の魚の生食について考え込んでいる間に、シェフが言った。


「いやいや、流石に生食は美味しくないですよ!?」


 しかしメイナーさんは言った。


「昨日、食べたカニ……あれはまさか生だったのでは……」


「はい!刺身とは生食のことを言います」


 メイナーさんはシェフに訊いた。


「今日届いた魚はなんです!?」


「バロッサの漁港よりペラジアが入荷されましたが……」


「氷付けとなっていますね?」


「ええ、まぁ……」


「い、今すぐここへ出してください!」


「え……ま、まさか試すおつもりですか?」


 メイナーさんは力強く頷いた。


「し、しかしあれは今日のメインで──」


「良いから!早く!!」


 シェフは渋々ペラジアという僕と同じくらい大きな魚を、小さな氷──殆どが溶けかかっていた──の入った箱から取り出し、まな板の上に乗せた。


 シェフは僕を見る。僕は言った。


「僕が捌いても良いんですか?そ、それにオークのジンジャーソテーは作らなくても?」


「そちらもこの刺身の後に作って頂きます!」


「わ、わかりました……」


 僕は調理台に置かれたペラジアという魚の前へ向かったがシェフは止める。


「やっぱり待ってください!それに少し常温で解凍すべきです」


 メイナーさんが言った。


「いえ、セラフ君なら大丈夫です」


 何が大丈夫なのかとシェフは疑問に思っているだろう。おそらく僕の付与魔法を期待してのことだ。


 ──僕も初めて見る魚だから初見で捌ける自信なんてないんだけどな……


 横たわるペラジアという魚をチラリと見た。それはあの水陸両用魚だった。


 ──いや、お前かい!!


 ほぼ同じ見た目だが、唯一違うのは手足が生えていないところだった。キモくない。ペラジアがその昔、魔の森に入ったことで独自に進化を遂げたのかもしれない。

 

 僕はペラジアに手をかざし、付与魔法を使って解凍した。


「なっ!?解凍されていく……」


 シェフの反応を尻目に、包丁にも付与魔法を付与して、このペラジアという魚をいつものように捌いていく。


 頭を落とし、背を開く。


 シェフは目を見開き、メイナーさんと店長、荷運びの仕事を任されたスミスさんも、その手を止めて僕に興味を抱きながら注目していた。


 実は『黒い仔豚亭』では魚の刺身をまだ出していない。村の近くを流れる川に魚はいるにはいるが、それを刺身で出すと魚の生食は一般的ではないため、悪い評判を広められる可能性があった。まずはオークのジンジャーソテーを押し出して、商会に注目されることを何より優先したのだ。


 またメイナーさんの店には美食家が集まると聞いている。その食に貪欲な美食家達の間で刺身の美味しさを広めてもらい、ゆくゆくは『黒い仔豚亭』でも出せたらという思惑が僕にはあった。


 ペラジアを解体し終え、一番脂の乗った部分、大トロを一定の厚みを持たせて切り分け、小皿に入れた醤油につけて食べる。メイナーさんを差し置いてまずは僕が食べたのは、皆に安心してもらうためのデモンストレーションをする必要があると思ったからだ。


 ──美味しい……あのキモい魚となんら変わらない……


 思わず笑顔になる僕につられて、メイナーさん、スミスさんと続いてシェフもそれに手をつけた。最後にジャンヌも食べる。ジャンヌは魚の刺身が好きだった。


 3人の表情が一変し、トロける刺身を口に入れた状態で彼等は声を漏らした。


「うおぉぉぉ!?」

「ん~~~!?」

「むごぉぉぉ!!?」


 その状態で大トロを飲み込み、目を見開きながら、僕を見て、一言。


「旨い!」

「旨すぎる!!」

「なんだこれはぁ~!!」


 王弟の反乱等、この厨房にはなかったかのような空気だった。その後、僕はオークのジンジャーソテーを作ってシェフにそのレシピと作り方を共有する。ジャンヌはその間に僕らが泊まる宿屋を探しに出ていった。


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〈マシュ王女視点〉


 私が寝て起きる間に、大変なことが起きていた。初め、ファーディナンドより聞いた時は彼が嘘をついているのかと思った。しかし森を抜け、長い長い道のりを辿り、陽光が沈みかけたその時、小都市バーミュラーが見えてきた辺りで、ここは本当に王都より遠く離れた地であることを私は認識し、エイブル叔父上が反乱を起こしたことを実感した。


 そして私は今、バーミュラーの宿に身を隠している。商人の娘のような格好をして宿のベッドに腰を下ろした。そのまま横になって寝ても良かったが、一日中馬車に乗っていたのだ。身体が汗ばんでおり、このままベッドに横になるのを躊躇い、座る決断を下した。


 護衛のファーディナンドは疲弊した精神と肉体を酷使して、ここバーミュラーにて、都市長のロバート・ザッパを尋ねに行っているようだ。


 ──これからどうなってしまうのだろう……


 私は、近づかない方が良いと注意された窓から夕日の沈むバーミュラーの街並みを眺めた。家々から灯りが漏れだしているのが見える。夕げの支度をしているのか、煙突やら窓から温かみを帯びた煙が、空に向かってその身を燻らせていた。


 その時、私の泊まる部屋の外から物音が聞こえる。ファーディナンドが帰ってきたのか。いや、それにしては早すぎる。


 ──まさか、追っ手か?


 私は扉に耳を押し付け、廊下の様子に聞き耳をたてた。


「すみません。このような部屋しか取れませんでした」


 扉を隔てているため、くぐもった声でしか聞き取れない。どうやらこの扉の向こう側にいるのは女性のようだ。


「十分過ぎるよ?それよりも結構高かったんじゃない?」


 子供の声が聞こえる。会話の仕方からして、この子供が主人で女が従者の関係性だ。私は追っ手ではないことに少しだけ緊張を緩めた。


「はい……メイナー氏の食事処の値段を見た時は、大変驚きました……」


「田舎村の相場で考えちゃダメだよね。僕らの村の相場の倍で準備しなきゃだね」


 そう言って、隣の宿部屋へと入っていく音がした。


 ──メイナー氏の食事処……


 ケインズ商会の手掛けるレストランのシェフをお城へ呼んで、お母様と一緒に食べたことを思い出す。


 ──ここにもそのレストランがあるのね……


 すると、グギュルルとお腹が鳴った。


 私はそのはしたない音を止めようと扉に触れていた手を離してお腹に当てて、押し込んだ。しかしその扉から離した手は私を支える為に重要な役割を担っていたことを、私は離した瞬間に悟った。体勢を崩し、額を扉に当てて何とか自分の身体を支えようとしたが次の瞬間、その扉が私の額によって押し開かれてしまい、私は廊下を転がった。


 ドガンと大きな音を立ててしまった。


 すると、先程会話をしていた隣の宿泊部屋の住人が何事かと私のいる廊下へとやって来た。


「お怪我はありませんか?」

「大丈夫?」


 美しい女性とその子供?が私を心配する。先程までの会話でこの女性が従者でこの男の子が主人であると知っていた私だが、恥ずかしさのあまり、そんなことを思考する暇がなく、見たままの印象を思考してしまった。そんなことよりも、この姿勢だ。顔を真っ赤にして、転がった体勢を戻さずに、自分の無事を主張する。


「も、問題ありませんわ!」


 しかし、グギュルルルルルとさっきよりも大きな音がお腹から鳴ってしまった。


 私は更に顔を真っ赤にして、俯いてしまう。


「お腹空いてるの?」


 男の子が話しかける。私は声を発っさずに頷いた。

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― 新着の感想 ―
ラストは、まさに「あっ」、「ん?」といった情景が思い浮かんじゃいました(笑) これが運命の出会いとなるのか、楽しみです!
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