第80話 それぞれの平和
〈セラフ視点〉
僕らはメイナーさんの経営する食事処『レ・バリック』のバーミュラー支店にいた。
メイナーさんは現在、シュマール王国で起きた政変のことをこのレストランの店長さんより聞いている。護衛のスミスさんは荷馬車から醤油と氷の柱を他の従業員やシェフ達と共に一先ず店内に運んでいた。
僕とジャンヌはメイナーさんの後ろでシュマール王国で起きた出来事を黙って聞きながら、それぞれが思案に耽っていた。
──僕らの予想よりも早く、父さんによるクーデターが起きた……
インゴベル国王陛下は王都より北西にあるロスベルグで六将軍アーデン様と共に兵を募り、王都奪還を目論んでいるとのことだ。対して父さんの陣営は王妃イナニス殿下と王女マシュ殿下を捕らえ、人質にしている。
このクーデターのせいで僕らの作戦が危うくなっている。第一に、王妃殿下と王女殿下が捕まってしまい、僕らのヌーナン村の後ろ楯になってもらおう等ということはほぼほぼ叶わなくなった。というか意味をなさなくなった。第二に、これを機にメイナーさんが僕らとの契約を打ち切る恐れがある。
政局が変わり、メイナーさんは経営やその戦略等を見直す必要に迫られている。また、このクーデターによって内政がカオスと化し、帝国や神聖国がシュマール王国の領土を侵略してくるかもしれない。
──いや、だからこそ父さんはこのバーミュラーを自身の支配下に置いたのか?
バーリントン辺境伯の一件は、自身の名声を高めるだけでなく、このクーデターの隙をついて帝国が攻め込む隙を与えないように一旦戦力を削り、攻めづらくするようにバーミュラーの防衛力を増強した。
そう考えれば、僕らの見通しが甘かったと思わざるを得ない。そしてその父さんの思惑は、副次的に僕らの作戦をも曇らせている。
僕はメイナーさんの後ろ姿を見つめた。
メイナーさん視点では、バーミュラーの防衛力が増した今、この内乱に乗じて取り敢えずはヌーナン村までの領土を拡大しに帝国がやって来るかもしれないと考察できなくもない。
しかし実際は、そうならないと僕らは確信している。帝国は今、ヌーナン村はハルモニア神聖国が支配していると思っているからだ。無闇に手は出せない。
──だけど、これをメイナーさんにどう説明すれば良い?いっそのことメイナーさんに全てを打ち明ける?いや、そうすれば本当に全ての計画が白紙に戻ってしまいかねない……
メイナーさんは一通り、現在の国内情勢を黄色に近い金髪の女性店長から聞き終え、僕らの方へと振り返った。そして言った。
「大変なことになりましたね……」
僕は尋ねる。
「ぼ、僕らとの契約はどうなりますか?」
「どうなるとは?」
メイナーさんは首を傾げながら訊いてきた。
「白紙に戻ったりはしませんか?」
「どうして白紙に戻す必要があるのですか?」
「だって、この内乱を機に帝国が僕らの村を襲ってくるかもしれないじゃないですか?」
僕は自ら不利になることを何故か言ってしまった。メイナーさんは微笑みながら答える。
「確かに、内乱に乗じて他国が攻め込むことはよくあります。しかし帝国は一度、ここバーミュラーを襲い、失敗しております。またそれを防いだのは内乱を起こした張本人であるエイブル殿下です。安易に再び国境を越えてバーミュラーを襲う可能性は低いでしょう」
「バーミュラーは攻め落とせないかもしれないけど、帝国はヌーナン村までやって来て領土を広げて来るかもしれないじゃないですか!?」
「それも、可能性は低いですね。帝国はバーミュラーに攻め込んだ際に、ヌーナン村にも派兵しておりますが、これも防がれております」
そうか。メイナーさんの言う通り、ヌーナン村を攻め落とすのにも帝国は注意する筈だ。
メイナーさんは続けて言った。
「だからこそ、早急に我々はヌーナン村へ戻り防衛力を高めるべきなのです。その為にはこれよりヌーナン村の領主様にアポイントメントを取って、明日にでも建設、営業の許可を取得しましょう。この内乱は寧ろ、セラフ君の言う通り領主様にとっては不安の材料です。なので、許可は簡単に取れるのではないでしょうか?」
僕はメイナーさんの言葉を受けて、呆然としていた。自分の考えていたことの真逆をメイナーさんが口にしたからである。だから尋ねてしまった。
「どうして、そこまでしてくれるんですか?」
メイナーさんはウィンクをしながら言った。
「言ったじゃないですか?私の信条は世界平和だと」
続けてメイナーさんは言った。
「さて、早速ですがセラフ君?厨房へ行って黒い仔豚亭の名物、オークのジンジャーソテーをシェフや店長に作ってくれませんか?」
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〈Aランク冒険者ミルトン・クロスビー視点〉
ヒルダがテイムした討伐難易度Bランクのモンスター。三つの頭を有するケルベロスは水を飲むかのようにして大地に頭を垂れた。
これは大地に香りづいた、とある香をたどる為である。
シュマール王国を中心に冒険者をやっている俺達『聖なる獅子殺し』にエイブル新国王陛下が極秘の任務を依頼した。
冒険者は国の政には首を突っ込まないような決まりがあるが、これはただの人探しである。簡単な仕事だが、報酬がたんまりと貰える。
問題があるとすれば、依頼してきた王弟エイブルが昨夜、実兄であるインゴベル国王を王都より追放し、王妃のイナニスを捕らえたところにある。
そう、俺達の依頼された極秘任務とは、昨夜起こした反乱の際に行方不明となったマシュ王女の捜索だ。王女マシュは、王弟によって王妃と共に捕らえたと表では発表されているが、実のところまだ捕まっていない。
「こちらです……」
パーティー『聖なる獅子殺し』のメンバーのヒルダが俺達と、六将軍改め、四大将軍フースバル将軍の部下達500名を案内する。
「ん?」
インゴベル国王をあと一歩のところで捕らえ損ねたと聞く、戦地に向かっていたが、ヒルダのテイムしたケルベロスが止まり、そしてここから南西方面へと向きを変えた。
「どうやらあちらへと方向を変え、逃げたと思われます」
マシュ王女を乗せた馬車は北西のロズベルグを目指していた筈だが、途中で進路を変え、ヒルダの指差す森へと向かったようだ。
「え~、まだ歩くのぉ?早く見つけてよぉ」
パーティーメンバーの、見た目が完全に子供の魔法詠唱者のホワイトが馬の背に腹這いとなりながら子供のようなことを言って、不貞腐れていた。
「うるさいわね」
ヒルダとホワイトが言い合いになりそうになった為に俺が割って入る。
「だから王都でセレスとゼンウと待ってろって言ったろ?」
「え~、王都は王都で騒がしいじゃん。それにこの国の王女様を一目見てみたかったしさ」
ヒルダが振り向いて言葉を飛ばした。
「シッ!王女のことは言っちゃダメだろ!?」
ヒルダは俺達の後ろを歩く500の兵に視線をやってから、もう一度ホワイトに戻して言った。
「後ろの奴等も知らないんだから」
500の兵はフースバル将軍に属している兵ではあるが、その実ただの無能な荒くれ者達だ。
──いや、コイツらを纏めている部隊長だけが知ってるんだっけか?
有能な者は王都で治安を維持し、ロスベルグ付近に向かって行軍している。
「はいは~い」
この返事にヒルダはまだ納得の言っていない表情をしていたが、俺は言った。
「森の中はモンスターがいるかもしれねぇ。そん時は頼りにしてるぞ、ホワイト」
「了解です!ミルトン様!!」