第8話 営業
〈セラフ視点〉
「1番さんにエール3つ!」
「3番さんにパンを追加で!」
「あっ1番さんにハムも!」
「スープまだ!?」
酒場は大いに賑わう。
僕はやっと出たスープを5番テーブルに出した。するとそこのテーブルには近所で農園を持つハザンさんとその飲み仲間さん達が座っていた。
「セラフ~?あんまり母ちゃんを困らすなよ?」
「わかってるよ!今日はたまたまルーベンスさんとこの羊を見付けちゃって──」
「おお、そういえばどこで見付けたんだ?」
僕は返答に困った。魔の森へ行ったことがバレれば母さんの怒りはピークに達してしまう。
「え~っと村の外れの、魔の森の近くかな?」
村外れと魔の森はほぼ同義であったが、混乱した僕はそう答えることしかできなかった。すると、僕の背後からアビゲイルの声が聞こえる。
「セラフ!早くあのエールを向こうのテーブルに出して!」
僕はハザンさん達に目配せして、この場をあとにし、追加のエールを運んだ。
追加のエールを7番テーブルに運ぶ。そこのテーブルに座る人達はここら辺では見かけない人達だった。しかし彼等の格好で、ある程度職業がわかった。その4人のグループは鎧を着込んでいる者がいたり、ローブを羽織ってとんがり帽子を被っている者がいたり、重そうな斧や弓と矢筒をテーブルや椅子に立て掛けているのだ。そう、彼等は冒険者だ。
その内の短髪で鎧を着た男性が僕に声をかける。
「なぁ坊主、あそこで働いてる女性が坊主の母ちゃんなのか?」
僕は冒険者の男の言うその女性を見た。僕の母さんだった。
「そうだよ」
僕がそう言うと、冒険者の男は言った。
「お前の父ちゃんはどこにいる?」
母さんは僕が言うのも何だが、かなりの美人だ。お客さんが母さんを狙っているなんて噂話をしょっちゅう耳にする。母さんに僕と言う10歳の息子がいるなんて普通ならわからないが、この冒険者はさっき僕が帰ってきた現場、僕と母さんのやり取りを目撃していたのだろう。僕は冒険者さんの2つ目の質問に取り敢えず嘘をつく。
「父さんは、死んでしまって……」
その言葉に冒険者の男性とパーティーを組んでいたローブを羽織り、とんがり帽子を被った女の人が口を開く。
「バカ!こんな子供に何言わせてんの!?」
「だ、だってよ……わ、わりぃ坊主!これやっから元気だせ、な!?」
僕の掌に銀貨が握らされた。僕はそれを握り締めて、涙を拭うように腕を目に押し当てた。
「はい……」
心の中では「やったぜ」と叫んでいた。僕はオーダーを取りに別のテーブルへと走る。そんな僕に冒険者の男は言った。
「元気だせよぉ~!」
僕は手を上げてその声に応える。すると今度は怒号が聞こえた。
「てめぇ!やんのか!?」
「上等だコラ!!?」
喧嘩が勃発した。ドン、とテーブルを叩いて立ち上がる2人の冒険者。
「やれやれぇ~!」
「なんだ喧嘩か!?」
「いけぇぇ!!」
「どっちが勝つと思う?」
「賭けだ賭けだ!」
こんなことは日常茶飯事だ。酒に酔えば気が大きくなる。そうなれば喧嘩の1つや2つ起きてもおかしくない。
喧嘩をふっかけた方の男はテーブルを蹴り上げ、エールと食べ物を床に撒き散らした。そして喧嘩をふっかけられた男は椅子を持ち上げて、ロングソードのようにして構える。
そしてこんな喧嘩が始まると、いつも厨房からデイヴィッドさんが出てくる。
「なんだハゲ!?」
「邪魔すんな!?」
デイヴィッドさんはニコリと2人に笑いかけてから近付く。デイヴィッドさんの片足が義足なのは冒険者時代に怪我をしたせいだと聞いた。そんなデイヴィッドさんは睨み合う2人を無視して横たわるテーブルを直してから2人の後頭部に手を起き、置き直したテーブルに叩き付ける。2人の冒険者は気を失い、テーブルはその衝撃で壊れてしまった。
「よっ!待ってましたぁ~」
「良いねぇ~!」
「流石デイヴィッド!!」
筋肉アピールをしながらお客さんの声援に応えるデイヴィッドさんは、昔それなりに名を馳せた冒険者だったらしい。
僕に銀貨をくれた冒険者が口ずさむ。
「流石剛力のデイヴィッド……」
次にとんがり帽子を被った女冒険者が言った。
「昔ゴリアテを倒したのも嘘じゃなさそうね……」
拍手と指笛が鳴り響くなか、娘のアビゲイルと奥さんであるローラさんが口を揃えて言った。
「コラー!テーブル壊すなぁ!!」
「コラー!テーブル壊してどうすんだい!!」
デイヴィッドさんは2人から叱責されて、落ち込んでしまったが、これもいつもの流れの内に含まれている。皆がそれを見て笑った。
僕も母さんも笑っていた。
賑わっていた酒場もいよいよ閉店の時間となる。近所の常連さんは家へと帰り、冒険者達は2階の宿部屋へと上がっていく。
僕とアビゲイルは皿洗いを、母さんはテーブルを綺麗に拭いていた。
アビゲイルが僕の洗い終えたお皿を乾いた布巾で拭いながら呟いた。
「ねぇ、セラフ……」
僕はアビゲイルの方を向いた。
「何?」
「ルーベンスさんの羊、見つけたんだってね」
「うん」
「リュカは見つかった?」
「あ……」
僕は仕事の忙しさによってリュカに起きていた問題を忘れていたのだ。
──どうしようどうしようどうしよう……
僕が思考を巡らせていると、アビゲイルは悲し気な表情になって言った。
「リュカ…死んじゃったのかな……」
アビゲイルはリュカの世話を任されており、自分がちゃんと見ていなかったせいで行方不明となってしまったと思っているのだ。
僕はそれを何となく察していた。
「リュカは生きてるよ」
「どうして!?どうしてそう思うの?」
「それは……」
僕が救って人間のような生き物にしちゃいましたなんて言えない。僕がなんと説明すれば良いか考えているとアビゲイルは言った。
「ごめんね…困らせるような質問しちゃって……セラフは私を元気付けようとしてくれてるんだよね……」
僕はアビゲイルの頭に手を乗せた。
「大丈夫だよアビー。僕がなんとかするから……」
アビゲイルは目に涙を溜めた。
「セラフ…手ぇ濡れてるぅ……」
僕は皿を洗っていた手でアビゲイルの頭を撫でていたのだ。
「ご、ごめん!!」
僕は慌てて手をどかそうとするとアビゲイルは言った。
「このままで良いよ……もう少しだけこのままで……」
僕とアビゲイルは目を合わせて笑った。
「おかしいよね。セラフの方がうんと年下なのに……こんなのって……」
僕は首を横に振った。
「おかしくないよ。むしろアビーはしっかりし過ぎてるんだから、たまには甘えても良いんじゃないかな?」
「生意気ぃ~!」
そう言ってアビゲイルは僕のほっぺたをつねった。