第79話 バーミュラーまでの旅路
〈ケインズ商会代表ジョン・メイナー視点〉
旅の疲れを大浴場で癒し、美味しい料理を堪能する。まさか、こんな田舎村でこのような体験ができる等とは思ってもいなかった。
そして絶好の商機がここにあった。その商機を手にした翌日、私は荷馬車に醤油の入った瓶とセラフ君の付与した1ヶ月は溶けない氷の柱を積む。そしてそのセラフ君が『黒い仔豚亭』のメンバー達に見送られながら、馬車に乗った。
「じゃあ!みんな、後は頼んだよ!リュカ?皆を守ってね?」
「はい!」
リュカと呼ばれた可憐な少女は涙ぐんでいた。確かに自分よりも小さな子供がこの村を離れて街へ出掛けるのは心配だろうが、ここの従業員達の心配のしようが少々大袈裟なのではないかと思った。
セラフ君のお母様であるマリーさんは「無事に帰ってきてね」と言い添え、元Bランク冒険者のデイヴィッド氏は「楽しんでけよ!」とセラフ君を鼓舞していた。その娘と妻は心配をしながらも強くセラフ君を信頼している眼差しを送っている。
そしてセラフ君の言っていた護衛、給仕の女性、ジャンヌ殿が馬車に乗り込む。ただの給仕の筈なのに、その凛々しい佇まいと妖艶さを併せ持っているせいで、思わず殿と付けたくなってしまう。貴族の令嬢だと言われても信じてしまいたくなる。
そんなお人が護衛だと聞かされ、私とスミスは驚いた。何でも中級の風属性魔法を使えるらしく、私はこのジャンヌ殿の評価をまた1つ上げねばならないと思った。
たくさんの人に見送られて、ヌーナン村を出た私達は、小都市バーミュラーへと向かう。馭者はスミスが担当している。
「セラフ君はたくさんの人に愛されているのですね」
荷馬車に揺られながらセラフ君に私は話しかけた。
「…いえ、皆僕が何かしでかさないか心配なんだと思いますよ」
「愛されているから心配されているのですよ?それよりも、村を出たのは初めてなのですか?」
「そうなんですよ!だから楽しみなんです!ジャンヌは何回か行ったことあるよね?」
「はい、魔力回復薬を買いに何度か伺ったことがあります」
そうか、醤油や氷を作るのに付与魔法を使っている為、セラフ君の魔力が枯渇して動けなくなるのを回避しているのか。私がそう解釈していると、セラフ君が尋ねてきた。
「あの、これからバーミュラーに行くとは思うんですけど、メイナーさんの生まれたバロッサ王国についてお話を聞かせてほしいんですよね……良いですか?」
シュマール王国の魔の森に近いヌーナン村から1歩も外へ出たことがない10歳の子供ならば、他の国から来た商人に興味を持つのは当然か。
私は、自分の生い立ちやバロッサ王国だけでなくここシュマール王国や他国についても彼に話した。
「実はですね、私は元々シュマール王国出身で、バロッサ人へと帰化したのですよ」
「え!?そうなんですか!?」
「はい。シュマール王国よりもバロッサ王国の方が商人にかかる税率が低いのです──」
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〈セラフ視点〉
「バロッサ王国は、本来はもっと南にまで領土があったのですが、帝国の侵攻を受けて現在の国境まで追いやられてしまったのです……」
メイナーさんはまるで教師のように僕に歴史を語る。僕は気になることを尋ねた。
「元々、バロッサ王国の領土にいた領民はどうなったの?」
メイナーさんは目を伏しながら言った。
「皆殺しにあったと聞いています……」
僕は怒りと不快が入り交じった感情に襲われる。帝国の人達は僕らが住むヌーナン村の村人を全滅させようとしていたのを知っているせいか、その皆殺しにされたバロッサ王国民のことを他人事ではないと僕は思ったのだ。
「帝国ってどうしてそんな侵略をしたりするの?」
「ん~、難しい質問ですね……」
メイナーさんはゆっくりと時間をかけて返答した。子供の僕に偏見を与えない為だろう。
「富を得るため…ですかね……」
商人らしい言葉だった。メイナーさんは続ける。
「帝国は領土を増やすことによって、農作物や狩猟量、鉱物等の資源を増やすことができます。それはゆくゆくは帝国を統べる皇帝に寄与します」
僕は、うんうんと頷いてメイナーさんの話を聞いていた。
「また民達を支配しやすくする為でもあります」
「それはどうして?」
「戦争に勝てば賠償金や領土を貰えます。それを民達に分け与えられれば、国の財政から支出を増やすことはありません。国はより豊かになり、民は国の言うことをよりきくようになります。これは何も帝国に限った話ではありません。バロッサやここシュマール、ハルモニア神聖国でも同様に当てはまることでしょう」
「そうなの?」
「はい。民はその国にいて、安心安全で暮らせればそれで良いのです。その生活の中で得た食糧や金品を税として国に納め、国がそれを再分配する。帝国の場合は力や恐怖を他国と自国の民に振り撒き、管理していると言って良いでしょう」
僕は尋ねた。
「バロッサ王国は?」
「バロッサの場合はお金ですね。ハルモニアは宗教、シュマールは歴史的伝統によって支配の正統性を国が主張している」
「歴史的伝統?」
「そうです。例えば、シュマール王国の国王が英雄ギヴェオンの血をひかない全く別の者が国王として君臨した場合、セラフ君は違和感を抱きませんか?」
僕は頷く。日本でいうと天皇が全く違う家系の者になるのと同じだろう。そして宗教も、全く別の神のことを信仰しなさいと言われれば反発したくもなる。またお金をあげるから、言うことをきけと言われれば多くの人は従い、言うことをきかなければ投獄する等と脅されれば言うことをきかざるを得ない。帝国とバロッサのしていることは、大なり小なりシュマールやハルモニアでも行われていることだろうが、それがより顕著なのだろう。そしてそこで生活しているとそれが当たり前となり、差異を生む。
「国によってどのようにして民を支配するのか、その信条が違い、違うからこそ争いが起こるのです」
僕は尋ねた。
「メイナーさんは何を信条としているのですか?」
さっきまでの話だとメイナーさんは元々シュマール人だったが、今はバロッサ王国の商人だ。だからこそ金を積まれれば僕らを裏切ってしまうのではないかと不安に思ったから尋ねたのだ。
メイナーさんは口を開く。
「世界平和ですね」
メイナーさんは不適な笑みを浮かべるがしかし、その言葉には確かな説得力のある響きを有していた。
そんな話をしながら、持ってきた昼食をジャンヌとメイナーさん、スミスさんと食べ、ようやくバーミュラーに到着した。メイナーさんとスミスさんは僕の持ってきたサンドイッチを目を輝かせながら食べていた。
そして小都市バーミュラーに到着する。早朝に出発して今はもう夕方に差し掛かる時間帯だ。
僕は小都市バーミュラーを取り囲む、空に届きそうな高い真白い壁を見上げた。
「すっご!!」
ヌーナン村の3倍は高い壁だ。メイナーさんは僕の反応を見て微笑んでいた。
「フフフ、さぁ、中に入りますよ?」
馬車はそのまま小都市バーミュラーの門をくぐる。街の中は石畳が敷かれ、色とりどりの家やお店、露店もあった。
この壁の高さは対帝国の侵攻に備えてのものである。来る途中に、メイナーさんからの話で聞かされたことを僕は思い出した。
僕は馬車に乗ったまま初めて来た街の景色に圧倒されていた。ジャンヌから、どんなところかと事前に話を聞いていたが、実際目の当たりにすると流石に心踊る。
馬車はそのまま街の入り口から真っ直ぐ進み、街の中心地へと入った。左右を見渡すと様々な格好をした人達が往来し、通りを彩っていた。
通路は馬車が並んで横に4両並んで走っても余裕があるくらいに広い。僕は往来する人々やすれ違う馬車に焦点を合わせては、進み行く馬車によって次々と見える景色が移り変わっていく様に胸をときめかせていた。まるでライド系のアトラクションに乗っている心地だった。
しかしメイナーさんは言った。
「何だか様子が変ですね……」
何が変なのか、初めて来る僕にとってはとても活気に溢れた光景だったがメイナーさんは何か違和感を抱いているようだった。
するとこの馬車を御していたスミスさんが言った。
「ジョン!?」
ジョンとはメイナーさんの名前である。
「何かあったのですか?」
スミスさんは言った。
「お、王弟が反乱を起こしたらしい!」