第76話 情報漏洩
〈セラフ視点〉
宿屋の営業を終え、お客さん達、メイナーさん達も宿泊部屋へと入った。僕らは家族揃っての夕食後に、いつものカウンター席と厨房に椅子を持ち寄り、家族会議を行う。
僕は説明した。
「村長から営業の許可証を貰えたよ」
皆が胸を撫で下ろす。一安心したようだ。僕は続ける。
「それに村長達の様子からして、僕らの知らないところで帝国兵や父さんが接触してない感じだった。寧ろ、いつ村を売った事実が露呈するのか、怯えている様子だったかな?」
デイヴィッドさんが言った。
「へっ!ざまぁ見ろってんだ」
僕は口にする。
「村長家族は僕らと似た状況だよね?帝国に亡命する話はおそらく白紙になったし、国内から罪を問われるかもしれないからさ」
それを受けてアビゲイルが反応した。
「全然似てないわ!村を守るのと罪を犯すのとじゃ全く違うことよ!」
その言葉に母さんとローラさんは頷く。僕は言った。
「狙われるっていう意味で似てるってことなんだけど、ちょっと間違った表現だったかな…ごめん……」
僕はアビゲイルに謝罪した。アビゲイルは何だか怯えているような表情をしていた。僕はアビゲイルにそんな表情をさせてしまったことを後悔した。
気まずくなったこの空間で、僕は続けて提案する。
「…あ、明日メイナーさん達はバーミュラーへ行って、この村の領主様にも許可を取りに行くって言ってるんだ」
ローラさんは表情を少しだけ歪めながら言った。
「ここの領主様ねぇ……」
ヌーナン村の領主様、ケネス・オルマーは兎に角いけ好かない男らしい。僕がまだ赤ちゃんだった時にはもうバーミュラーへ移り住んでいたのだから、母さんも名前しか知らない。年に一度、税を徴収しに来るのだが、使いの者達がやって来るので本人とは会ったことすらない。
僕は言った。
「明日僕もメイナーさん達に付いてバーミュラーへ行こうと思うんだ」
「え?」
「ん~」
「……」
うん。わかるよその反応。皆僕が行くことで何か良くないことが起きるのではないかと心配しているのだ。
アビゲイルが真っ先に尋ねてきた。
「どうして!?どうしてセラフが行く必要あるの?領主様と仲が良いわけでもないのに……」
「確かに、領主様の話を聞いている限り、今日の村長様みたいに僕がメイナーさん達と一緒に領主様から許可を取りに行くことはしない方が良いと思う。舐められそうだし」
「だったらどうして?」
「もしその領主様に父さんの息がかかっていた場合、ケインズ商会の出店許可はおりないと思う。だからその場で次の行動を決めたいと思うんだ。バーミュラーへ行くには馬車で片道6時間はかかる。往復となると半日だ」
ジャンヌの風属性魔法なら10分程度着く。
「そんな時間をかけていちゃ、対応が後手後手に回っちゃうし、その間にどんどん帝国やら神聖国が動き出しちゃうかもしれないからね。それにメイナーさんは断られてもきっと、何かしらのツテを使ってでも出店の許可を取ると思うんだ」
「何かしらのって?」
「ん~例えば、都市長のロバート・ザッパ様に取り次いだり?父さんよりも偉い王妃殿下や王女殿下に話を持っていってくれたりしないかってことを僕は密かに期待しているんだ」
ローラさんが言った。
「そんないきなり王妃殿下達に話を持っていくかね?」
「でもそうしないと、僕の付与魔法が利用できなくなる。それは絶対に避けたい筈だよ。何なら醤油だけじゃなく、蟹や他の食材も安く仕入れられることも伝えたって良い」
デイヴィッドさんが尋ねる。
「もちろん、1人で行くつもりじゃねぇんだろ?」
「うん。ジャンヌと一緒に行くつもり!」
するとリュカが言った。
「えぇ~、リュカはお留守番ですかぁ?」
潤んだ瞳でリュカさんが訊いてくる。
「ごめんね、リュカ。ジャンヌはバーミュラーには何回か行ってるし、僕やこの村に何かあったら直ぐにこの村まで帰ってこれるからね。リュカは僕達が留守の間、皆のことを守ってもらいたいんだ。これは凄く重要なことなんだよ?」
「う~…わかりました……」
「お土産も買ってくるから!あっ!リュカの好きそうなおやつも帰ってきたら作ってあげるよ!」
「本当ですかぁ!?約束ですよセラフ様!?」
僕は頷き、皆に許可を取ると、全員渋々頷いてくれた。そしてデイヴィッドさんが言う。
「頼んだぜ、セラフ!よし!じゃあ増築も無事に完成したことだし、新しい部屋割りでも決めっか!?」
そうだ。僕は新しくできた別館と本館を繋ぐ通路兼宿泊施設のことを忘れていた。
とうとう僕も一人部屋を持つ時がきたのだ。
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〈シュマール王国六将軍カイトス視点〉
王妃の寝室へ入ったが、狙い通り王妃は既に城から抜け出していた。
そしてバルカが護衛をしているインゴベル陛下の寝室まで向かった。そこには老将バルカが倒れ、陛下の寝室には誰もいないであろうことがゴルドーとヒクサスの様子を見てわかった。またフースバルが襲ったマシュ王女も寝室にいなかった報告を廊下で聞いていた俺は、思った。
──計画通り……
外から、逃げ出した王族を守ろうと兵達の声が聞こえる。この陛下の寝室の前で息絶える老将軍の兵達の声だ。
ゴルドーは舌打ちをした。
「ちっ、逃したか……しかしインゴベルは何処へ向かうというのだ?」
ヒクサスは答える。
「おそらく、北西のロスベルグかと……」
「何故だ?」
ヒクサスに代わって俺が答える。
「ロスベルグにアーデンが出入りしている情報があったんだよ。そんなことも知らなかったのか?」
ゴルドーは青筋を立てたが、俺は構わず続ける。
「だが安心しろ!こんなこともあろうかと、こことロスベルグの間の道中に伏兵を待機させている」
ゴルドーとヒクサスは驚きの表情を見せた後、険しい顔付きとなる。主にゴルドーが。
「手柄欲しさに情報を漏らしたのは貴様か!?」
ゴルドーは俺の胸ぐらを掴みながら、迫ってきた。眼前に傷だらけの強面が迫る。
「さあ?何のことかな?」
俺は白々しく答えた。ゴルドーの言う通り、インゴベル側に情報を流したのは俺だ。逃げたインゴベル達を俺の伏兵が捕まえて、手柄を独り占めするつもりであった。
しかし、俺が情報を漏らす前に既に国王派閥は今夜の襲撃を知っていたような雰囲気があった。俺は迫るゴルドーの怒りの矛先をヒクサスに向ける。
「俺の他にも怪しい奴いんだろ?なぁ、ヒクサス?」
俺が情報を流す前に、漏洩させた者がいるとしたら最も王弟派閥に遅く入ったヒクサスぐらいしかいない。
ヒクサスは言った。
「…確かに、インゴベル陛下が逃げ出したことにより王都やこの城にいる陛下派閥の者達もこちら側につかせやすくなりましたな。民達も王都より逃げ出した陛下にあまり良い印象は持たず、その逃げ出した陛下達を自分の兵に上手く捕らえさせれば、自分の手柄にもなるなんてことを考える者はたくさんいるだろう」
──チッ、クソガキが……
ゴルドーは俺の胸ぐらをまだ掴みながらも後ろにいるヒクサスに視線を向ける。その隙に、俺はゴルドーの手から逃れる。
そして話題を変えた。いや、訊きたいことを尋ねる。
「バルカ翁に止めを刺したのはどっちだ?」
ゴルドーは俺に今にも襲い掛かりそうな眼差しを向けて答える。
「ヒクサスだ……」
「そうか……」
予想が外れた。本当にヒクサスではなく別の誰かが漏洩させたのか?それともこの場にいない同じく六将軍のフースバルか?
──いずれにしろ、俺の兵がインゴベルを捕らえてから聞き出せば良いだけのことだ……




