表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

75/131

第75話 老い

〈セラフ視点〉


「1番さんにエール入ります!」

「3番さんにキノコのソテーとベーコンエッグ丼入ります!」

「こっちはオークのジンジャーソテーとエールの追加ぁ!」

「醤油が失くなったので、補充して参ります」


 宿屋に戻ると、相変わらずの忙しさだった。僕はオークのジンジャーソテーを作ったり焼き鳥を焼いたりと大忙しだった。


 しかし、お客さんの楽しそうな声や表情を見ると、なんだか嬉しい気持ちになる。そんな中アビゲイルと目があった。忙しい筈なのだが、何だか楽しそうにしているアビゲイルを見て僕は笑顔になる。


 そんな笑顔となった僕を見てか、アビゲイルもまた更なる笑顔になった。


 するとメイナーさん達が来店してきた。もう閉店間際であることに僕は驚いた。メイナーさん達も閉店間際に来た筈なのに、まだたくさんのお客さんがいて驚いていた。


 メイナーさんとスミスさんはハザンさんの隣に座る。ハザンさんは気さくに話し掛けていた。


「アンタら商人だろ?」


「ええ。この村は本当に良い村ですね」


「ダーハッハッ!そうだろ、そうだろう?それもこれもこの『黒い仔豚亭』おかげよ!?だから俺もホラ?」


 ハザンさんはエールの入った樽でできたコップをかかげて、言った。


「この食事処に少しでも恩を返さなきゃな?」


 グビッとエールを口にするハザンさんにメイナーさんは笑い、そして尋ねる。


「今、召し上がっている料理は何という料理名ですか?」


「お、これか?これはカニのサシミっつってよぉ、これがまたうめぇんだ。食べてみるかい?」


 ハザンさんはカニの刺身をメイナーさんのテーブルに置いた。


「それをこのタレにつけて食べんのよ」


 メイナーさんはお言葉に甘えて、と言ってカニの刺身を手に取り、ポン酢もどきにつけて、よく観察しながら口に運ぶ。


「んッ!?」


「どうた?旨いだろ?」


「な、なんですかこの味わいは……美味しいのは勿論なのですが、このみずみずしさといい、この仄かな甘味といい、それにこのタレの酸っぱさとこのサシミ?の甘さが融合して、更なる味わいをもたらして──」


「なっ!?うめぇだろ?」


 ハザンさんはメイナーさんの言葉を最後まで聞かずに言葉を発していた。メイナーさんはメイナーさんで僕の方に視線を向けて、この料理も商品化したいと訴えている、ように見える。


 すると現在工事中の通路兼宿泊施設の扉が開き、大工のトウリョウさんとリュカが出てきた。


 トウリョウさんとリュカはそのままカウンター席に近付き、厨房にいる僕とデイヴィッドさんに言った。


「完成したぞ」

「完成しましたぁ♪︎」


 とうとう本館と別館を繋ぐ通路兼宿泊施設が完成したのだ。僕は思った。


 ──あまりに早い……


 しかも2人とも全く疲れている素振りを見せていない。リュカに至っては、営業を手伝おうとする始末だ。僕は言った。


「手伝わなくて大丈夫だよ、リュカ?それよりもお疲れ様。何食べる?トウリョウさんも何でも好きなもの仰ってください!」


「え~、良いんですかぁ?」

「良いのかい?」

 

 僕は頷くと2人は声を揃えて言った。


「「大トロ!!」」


─────────────────────

─────────────────────


〈シュマール王国六将軍バルカ視点〉


 クライン王亡き後、儂はインゴベル国王陛下の元でここシュマール王国の防衛に勤しんでいた。


 南のヴィクトール帝国と北東のハルモニア神聖国による侵略行為を幾度となく阻んできた。北西のバロッサ王国は近年、侵略行為等は行っていない。だが信用の置けない国である。バロッサの考える事といえば、第一に金になるかどうかであるからだ。あの国は金が全てであり、金のためなら進んで裏切りや謀りを行う。だから帝国に領土を侵略された際にバロッサ王は民草を無惨にも虐殺されてしまったのだ。


 しかしそんなバロッサ王国だからこそ密偵を送りやすく、故に行動もわかりやすかった。冒険者ギルドの本部がバロッサ王国にあるのも納得がいく。


 バロッサ王国は金を軸に、ハルモニア神聖国は信仰を軸に、ヴィクトール帝国は恐怖と力を軸にしていると言っても良い。


 では、我等のシュマール王国はどうだ?何を軸にしている?


 我が国は伝統と歴史を軸に構成されていると言っても良いだろう。しかしその自慢の伝統も今は危うい。


 王弟エイブル殿下がヴィクトール帝国同様、恐怖と力で兄であるインゴベル国王陛下を討とうとしているからだ。


 最近、戦争は度々あるが平穏を保っていたシュマール王国に暗雲が立ち込める。帝国が小都市バーミュラーを攻め落とそうと、バーリントン元辺境伯と共謀して国境を越えてきたのだ。その侵略行為から、インゴベル陛下の体制に異を唱える者が続出した。


 そして近頃暗殺が多発している。それもインゴベル陛下の派閥に属する有力貴族が暗殺の標的になっているのだ。 


 そんな陛下にとって良くない情勢下、そして良からぬ情報がもたらされた現在、儂は今、陛下の護衛を買って出た。


 民が、王都が、寝静まる夜。蝋燭(ろうそく)の頼りない灯りを見つめながら、寝ずの番を陛下の寝室の前で儂はしている。今や誰も信じることができない。皆、自分の明日を保持する為に、バロッサ王国のような自分の利益になることばかりするようになってしまったのだ。


 ──おっと、1人で寝ずの番をしているとつい悲観的になってしまう……


 そうかと思うと眠気が襲ってくる。薄くなり、白に染まった髪を左手でかきむしる。眠気を誤魔化した。


 戦場ともなると5日寝ないで戦いに明け暮れていたこともある。老体ではあるが、寝ずの護衛ならば3日程度なら容易にできる筈であった。


 今日がその3日目の夜である。少しウトウトしてしまった。


 歳を取るとできなくなることが山程増える。できなくなることは単なる別れだ。別れには悲しみが付きまとうが、それは新たな出会いでもある。いつまでも若くいたいと思い、別れを迎えた筈の世界に拘り続けるからこそ、人は苦しむのだ。歳を重ね、若い新たな才能と出会う。儂の親父殿の世代がしたように、そんな若い世代に知識を引き継いでいく。


 ──だが……


 儂は目の前に現れた若き才能を見やる。


「ヒクサス……」


 儂の白髪とは対照的に、艶のある黒い髪を背中まで伸ばした若者が愛槍を携えてやって来た。


「そのまま大人しく就寝に付いていれば良かったんだがな……」

 

「香か、姑息な真似を……」


 この眠気は睡眠を誘う香を焚かれていたからであった。故に老いのせいではないことが判明し、儂は愉快な気持ちとなる。


「騎士道だけでは世の中生き残れないのですぞ、バルカ殿?」


 儂は落胆した。


「だから儂は、お主の六将軍就任に反対したのだ」


「おおっと、それはあんまりではないですか?バルカ殿やアーデン殿に見劣りしない程の武功を上げ続けたんですよ?」


 儂は落胆のため息を吐く。今さらあれ程議論したことをここで浴びせかけても意味がない。ヒクサスは再び口を開いた。


「しかし言いたいことなら俺にもわかりますよ、バルカ殿?六将軍とは国王陛下の為に身を捧げる存在。高い志の元、軍や部下、そして民達をも導く責務があると言いたいのでしょう?」


 儂は沈黙し、ヒクサスの論の先を促した。


「だがそんな糞の役にも立たない精神など俺には、いやこの時代には必要ない!バルカ殿、貴殿は尊敬に値しますが、時代と共に価値観もまた移り変わる。今、この戦乱の時代に大切なことは生き残ることですぞ!?貴殿は騎士道を、俺は生存をかけてこの国を、他国をも揺るがす兄弟喧嘩に参戦しているんだ!」


 ヒクサスが演説をしている最中、新たな客が現れた。巨躯を揺さぶり、その体格に合わせて作成された厳めしい鎧を着込んだ儂よりも若く、ヒクサスよりも歳を取った男。


「ゴルドーか……」


 儂とヒクサスと同じく六将軍の肩書きを持つ者であり、インゴベル国王陛下から王弟エイブル殿下にいち早く鞍替えをした武人だ。ゴルドーがその固く引き結ばれた口を開く。


「話は終わりだ。インゴベル国王陛下を捕縛させてもらう」


 儂はまたしてもため息をつく。


「こんな老骨に2人の六将軍が襲い掛かろうなどと…落ちたものよのぉ──」


 儂は剣を構え、かつての六将軍達を思い馳せながら、ヒクサスとゴルドーに続きの言葉を口にする。


「この反逆者共めが!!陛下の寝室の前で平伏すがいい!!」


 2人は一斉に武器を構えながら儂に襲いかかってきた。


 ゴルドーを先頭に、その後ろにヒクサスが槍で狙ってくる。ゴルドーはその巨体に似つかわしくない速度で剣を振り上げ、一瞬にして振り下ろす。そしてその巨体の横を掠めるようにヒクサスの槍が儂に向かって突かれた。


 儂は父であり師でもある親父殿との稽古、若き頃の記憶を思い出していた。一対二という不利な戦闘においての思考とその対策を。この傷だらけの身体には、そういった経験をも染み込んでいる。


 向かってくるヒクサスの槍に対して、儂は剣を下から上へ振り上げ、その槍を弾いた。弾かれた槍はゴルドーの振り下ろそうとする剣とその腕にぶつかる。


 乱れたその一瞬の隙に、儂は振り上げた剣をそのままゴルドーの喉元に向かって刺突した。


 ──とった!!


 そう思ったがしかし、儂の視界の端にヒクサスが写り込む。そしてヒクサスは儂の首筋を、握っている長剣で横一閃に振り払う。


 ──なッ!?槍を捨てたか?


 ヒュン、と風を斬り裂く音が聞こえ、儂の首筋から血が吹き出た。あろうことかヒクサスは愛槍を囮にしていたのだ。その槍が床に落ちて、ガランと音を立てた。儂がその槍を剣で弾くのを予知していたかのように、両の手から槍を手放し、素早く回り込んで腰に差した剣で儂の喉元をかっ斬ったのだ。


 膝をつき、陛下の寝室に突っ伏す儂に向かってヒクサスは言った。


「こうやってだな、自分の大事にしていたモンを自ら手放すことだって時には必要なんだよ?貴殿はそれを手放さずに生きてこれた。ただ運の良かった老いぼれだ」


 ヒクサスはそう言って、床に落ちた愛槍を拾い上げる。そしてまた口を開いた。


「それにバルカ殿が大切にしていた騎士道やその歴史は、利用しやすい。バルカ殿が書いた兵法の指南書を読めば、貴殿が何をし、何を考えているのかがわかる…ってもう聞いてないか?」


 返す言葉もない。きっと儂はどこかで若さを馬鹿にしていたのだろう。何が別れと出会いだ。儂はまだ過去の世界に戻りたくて、そこに醜くもしがみついていただけではないか。


 説教をするヒクサスを無視してゴルドーは儂をまたぎ、陛下の寝室を開ける。そして息を飲むような音を漏らした。


「ッ!?」


 だがまだ、やられっぱなしは癪である。裏切り者の若造達に一泡ふかせてやったわい。


「陛下がいない……」


 ヒクサスは言った。


「なるほど、そういうことね……」


 ただの時間稼ぎの駒に過ぎない儂に視線を向けて声を発しているのがわかる。すると廊下を走り、こちらに誰かが向かってくる足音が聞こえてきた。


「ゴルドー様!」


「どうした?」


「フースバル様がマシュ王女殿下の護衛を倒し、寝室へ入ったのですが、そこには誰もおらず、ミルクの入った魔法瓶が床に転がっていただけだったとのことで─」


 徐々に声が遠退く。またしても誰かが来た。


「おい、どうなってる?王妃がいなかったぞ?」


 声からして六将軍の4人の裏切り者の1人カイトスの声である。ゴルドーが言った。


「今すぐ、王都から出た馬車の行方を捜索させろ!」 


「きゅ、急報です!」


「今度はなんだ!?」


「六将軍バルカ様の兵が武装し、城を囲んでいるとのことです!!」


「なんだと!?」


 陛下、御武運を……後は頼みましたぞ、アーデン殿、そして我が子らよ……

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ