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第73話 凍り付く

〈セラフ視点〉


 僕らは厨房へ移動した。その途中、厨房からジャンヌとリュカとアビゲイルが、塹壕より前線の様子を窺おうとする兵士のようにちょこんと顔の上半分を出して僕らの様子を見ていた。僕らが厨房へと向かうと、そこから彼女達は退散した。


 厨房へ入った僕は氷箱から凍った魚を取り出し、これから付与魔法を魚にかけて、生命を維持させようとしたが、


「ま、待ってください!」


 突然大きな声を出したメイナーさんに僕とデイヴィッドさんは視線を合わせた。


「お食事を頂いた時にも思ったのですが、どうして氷がこんなにたくさんあるのですか?魔の森に氷窟でもあるんですか?」

 

 僕らにとってはもう当たり前のこととなっていた為、氷が珍しいことを忘れていた。


「いえ、付与魔法の力で氷らせました」


「ど、どうやって!?」


 今まで冷静だったメイナーさんは、取り乱していた。僕は説明する。


「水は、僕らの目に見えないほど小さな物質が繋ぎ合わさって出来ています。その小さな物質の動きを止めると凍り、再び動き出すと溶けます……」


 僕は手をかざし、水の分子に働きかけるイメージで付与魔法をかけた。氷は溶けて魚がピクピクと動き出した。因みにこの魚はあのキモい水陸両用魚のいた湖から釣った獲物だ。


「水を構成する物質が激しく動き出すと熱を持って沸騰します。僕らもたくさん運動したら汗をかくでしょ?それと同じことを火にかけたり、冷やしたりして水の状態を変えてるんです。僕のやっているのは付与魔法でその目に見えない水の物質に働きかけているって感じですかね?」


 メイナーさんと護衛のスミスさんは口をあんぐりと開けて呟いた。


「か、神の御業だ……」


 ──この驚きよう……


 僕はこれから見せようと思ったことをやめる決断を下した。本来なら付与魔法を使って、魚の生命活動を陸地で伸ばすことができることを実演しようとしていた。しかしそれを知られると、これが人間にも使えるのではないかと思わせてしまう可能性があった。確かに人間にも同じことができるし、治癒もできる、リュカやジャンヌのように動物を人間に変えてしまうことも可能だ。それらを悟られてしまうのなら、ここまでで十分だ。


 1ヶ月は溶けない氷をたくさん作って、それをメイナーさん達に渡す。その氷に囲われた生鮮食品を王国や帝国へと卸す。それだけで十分だ。


「どうです?この氷を大量に作ります。これならバロッサ王国、シュマール王国だけじゃなくてヴィクトール帝国全土にも新鮮な──」


「契約しましょう!!」


 メイナーさんは僕の手を力強く両手で包み込み、熱のこもった返事を聞かせてくれた。


 僕は思った。


 ──計画通り……


 ケインズ商会についてはアルベールさんやセツナさんによる調査を元に、商談をした。


 僕らが何故ケインズ商会に目を付けたのかと言うと、彼等が帝国への進出を考えていたからというのもそうだが、一番の理由はシュマール王国のイナニス王妃殿下とマシュ王女殿下御用達のレストランをケインズ商会が運営しているからだ。そのシェフをお城に呼んで、食事会を定期的に開いているなんて噂も聞いていた。


 王妃殿下達に新しい料理や食材をここヌーナン村から製造、調達していることを知ってもらい、何とかして王妃殿下達と関係を築けたらと僕らは画策していたのだ。


 そして今同時に、ヴィクトール帝国とハルモニア神聖国、ハルモニア神聖国とリディア・クレイルをぶつけるための作戦が進行している。


 ハルモニア神聖国から来たと思われるあのお姉さんは本当にハルモニア神聖国から来たのか?そうであるならばどのような報告を自国にもたらすのだろうか?そしておそらく今頃、ヴィクトール帝国ではハルモニア神聖国が魔の森やヌーナン村を占拠、或いはその途中であるといった報告がなされていることだろう。


 アルベールさんとセツナさんの作戦も成功していれば王弟派閥は南の帝国だけでなく北東のハルモニア神聖国との摩擦も気にしなければならない。


─────────────────────

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〈ヴィクトール帝国宰相マクベス視点〉


 ヌーナン村の調査をしていた親衛隊のバンコーがようやく帰還し、私の私室へとやって来る。バンコーはシュマール国へ、共に越境した仲間を2人引き連れ、私のいる執務室へ入室した。そして扉の前で報告する。


「……400名の帝国兵と2千の騎兵隊はおそらくですが、亡きものとなっておりました」


 私はバンコーの言葉にひっかかりを覚え、質問した。


「おそらくとはどういう意味だ?」


 バンコーは答えた。


「越境した後、2千の騎兵隊、つまりはトーマス・ウェイドがヌーナン村へ派兵させた3千人の騎兵隊の足取りを追いました。その前夜の400人隊を捜索するよりも規模が大きいため、何かしらの痕跡があると思ったからです。すると途中、大地に不自然な痕跡がありました。その不自然な痕跡をよく見ると何かを引きずるような跡があり、それを辿ると魔の森まで続いておりました。私どもはその跡を辿り、そして着いた場所が洞窟でございました。その中に……巨大な底の、見えない程深い、地底へと続くような穴が広がっており、我々が辿っていた引きずるような痕跡がその穴に吸い寄せられるような跡を残しており──」


 私はバンコーの話す内容を想像しながら2千人もの帝国兵がその底も見えないような地底へと身を投げる想像をした。


「何故そのようなことが起きた!?」


 バンコーは答える。


「おそらくトーマス・ウェイドの仰った通り、ハルモニア神聖国三大楽典の1人、リディア・クレイルの仕業かと思われます」


 バンコーが言うならば間違いなかろう。これがトーマス・ウェイドの部下ならば主人の言葉通りの証言をする筈である。だから奴の息のかかっていない私の親衛隊にこの任務を任せたのだ。


 バンコーは続いて、魔の森をリディアが支配している可能性について言及した。


「ここ最近、魔の森ではモンスターの活性化が危ぶまれており、討伐難易度の高いモンスターが度々魔の森入口付近に出現するとの報告がなされております。これもリディア・クレイルによる仕業かと推察しております」


 ハルモニアが魔の森に目を付けるのは当然のことである。そこのモンスターを最深部は難しいかもしれんが、中間部ならば、いやゆっくり時間をかければ最深部まで支配が可能になるかもしれない。それが成功すればハルモニアは新しい領土と強力な兵を手に入れたに等しい。


 そしてそんな極秘作戦を行っているとも知らずに我等がその魔の森から程近いヌーナン村を襲った。


 ──おそらくヌーナン村にもハルモニアから来ていた兵が冒険者を装って何人かが宿泊していたのだろう。リディア・クレイル1人に任せるには、あまりにも規模が大きいからな……


 自分達の作戦が明るみにでるのを防ぐには、兵の抹殺が最も簡単だ。そして我々が調査に赴くことを考慮して、村の平常を装った。


 ──作戦失敗の原因が不明ならば我等も無闇に手が出せないと踏んだか?


 私は粗方答えを出しておきつつもバンコーに尋ねる。


「色々な情勢を考慮にいれてもハルモニア神聖国が関わっている可能性は確かに高いが、決め手に欠ける。慎重なお前が何故ハルモニア神聖国の仕業であると断定したのだ?考えにくいがリディア以外にもそのような魔法を唱えられる者ならあと2人はいるだろう?」


「……ヌーナン村の宿屋にハルモニア神聖国三大楽典の1人ミカエラ・ブオナローテがいたからであります」


 私は凍り付きそうになるくらい驚いた。


「な、なんだと!?それは確かか!?」


 バンコーは力強く頷く。

 

 これでわかった。2度も襲ったヌーナン村が無傷なのはハルモニア神聖国の三大楽典の2人が裏で糸をひいていたからだ。


 シュマールのことについてもハルモニアのことについてもどちらも急を要する案件である。


 ──さて、皇帝陛下にどのように報告し、提案すべか……

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