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第71話 商談

〈ケインズ商会代表ジョン・メイナー視点〉


 魔の森近郊にある田舎村に、やたらと旨い料理を提供する宿屋があると、冒険者達が噂していた。


 お喋り好きな冒険者達は多いが、やはり多くの話題は戦闘や、冒険者のアイツが凄いだとか、アイツが気に食わないだとか、そんな話が多い。また話す場所によって話題が違う。武具店なら最近見た新しい武器や防具、Aランク冒険者や近頃注目されている冒険者の装備品の話をしたり、冒険者ギルドならどんなクエストをこなしたか、自分や誰がどんなモンスターを討伐したか等を語りたがる。


 そして食事処なら最近食べた料理についてだ。これは冒険者よりも貴族や役人、商人の間でなされることが多い会話である。しかし冒険者達が、とある村の宿屋で出された料理が美味しいと話題にして盛り上がっていることを知った。


 たまたま市場調査と、とある理由で帝国の安い酒場で昼食を取っていたところ、冒険者が話していたのを小耳に挟んだのだ。

 

 正直言って、冒険者達の味覚は信じられない。しかし私は、その田舎村の立地に少しだけ興味があった。


 最近帝国から攻撃にあった小都市バーミュラーと帝国との国境に近い場所にその田舎村は位置しており──その田舎村もまた帝国に攻撃を受けたようだが、それを退けたらしい──、貴族や街の美食家が訪れるには少々遠い道のりである。それに数多くのモンスターが棲息している魔の森も近くにある。


 冒険者の言う、旨い料理。その言葉に飛び付くには勇気がいる。しかしそんなところにこそ商売の種がまだ同業者に見付からずに存在する可能性もある。


 私は護衛兼共同経営者のスミスと共にこのヌーナン村へやってきた。そしてその旨い料理とやらを食べて驚愕する。


 ──これは旨い!何より類似する味がないから売れる!!このソースを足掛かりに帝国とシュマール王国に向けて市場を広げても良い!!いやむしろそうすべきだ!!


 私は早速店主に商談を持ちかけた。


 店主の言う、ランチ営業終了時間、そして本営業の仕込みを終えるまでの間、この『黒い仔豚亭』やヌーナン村を見て回った。


『黒い仔豚亭』は食事処の本館と別館、そしてその2つの施設を繋ぐ通路にも宿泊部屋がある。現在その通路は建設中らしいが、あと数部屋作ることができれば完成する見込みのようだ。既に完成した部屋は利用できるようで、そのおかげで我々も泊まることができた。


 部屋の内装は質素で装飾等はほぼ皆無であったが、何より驚いたのは大浴場があることだ。その大浴場は趣き深い造りになっており、湯に浸かることで旅の疲れが癒えた気がした。バロッサ王国やシュマール王国、帝国や神聖国でもこのような大衆浴場等見たことがなく、実に素晴らしい。


 冒険者だけでなくバーミュラーの街からやって来る役人やお金を多少もっている中間層の街人、そしてバーミュラーの非番の衛兵のような者も見かけたのもこの大浴場のあるおかげだろう。おまけにあの料理、ジンジャーソテーの美味しさときたらたまならない。癖になる味わいだ。本営業には昼の営業にないメニューもあるようなので、それも期待ができる。また働いている給仕達は皆美しく、話題になるのも当然であった。


 そして村を囲う防壁も見事であり、モンスターの棲息する魔の森が近くにあるが、そこで商売をしても何も問題ないという安心感を生み出している。 


 私はスミスとこの村を見て回ると、あっという間に約束の時間となる。夕食はこの商談を終えたあと、ここで取ることにしよう。商談成立というこれ以上ない美味な酒のつまみを是が非でも勝ち取らねばならない。


 私達は再び『黒い仔豚亭』の門戸を叩き、店主の奥様だろうか?若くて美しい女性によって席へと案内された。そこから店主とその息子らしき人物が厨房でせっせと仕込みをしている様子が窺える。


 ──ここの店主は元Bランク冒険者のデイヴィッド・リーンバーンであり、息子は亡くなったと聞いたが……


 そんなことを考えていると、店主は手を手拭いで拭いながら厨房からやって来る。その店主と子供の2人は我々と対になるように座した。  


「すまねぇな、待たしちまって……」


「御心遣い、感謝申し上げます」


 私はそう言ってから、もう一度自己紹介をし、隣にいるスミスも紹介した。


 そして店主の隣にいる子供に視線を合わせた。するとその視線に気が付いたのか店主が言う。


「コイツは、ここで住み込みで働いている者の息子でな、厨房を手伝ってもらってるんだ」


 私は笑顔で応じた。


「ええ、厨房での立ち振舞いを見ておりましたが、まだ小さいのにとても優秀なお子さんですね」


 やはり息子ではなかった。まだ子供だがおそらく後継者か。こういう商談を見せるのも勉強になる。そう思った私だが、次の店主の語った言葉に驚かされた。


「それによ、アンタが欲しているソースはコイツが偶然作った代物でよ」


「こ、この子があのソースを作ったのですか!?」


 私だけでなく、いつも冷静なスミスも流石に反応を示す。


「まさか!?この子が!?」


 店主は続けて言った。


「もしこの話が上手くまとまったら作り方や大量生産できるかどうかをコイツに聞かなきゃなんねぇからな、最初っから居たほうが都合が良いと思ったんだ」


 渦中の子供はというと、後頭部をかきながら照れ臭そうに言葉を呟いていた。


「ま、まぁ、それ程でも……」


 そして店主が切り出す。


「で?あのソースをどんな条件で卸したいんだ?」


 商談が始まる。私は言った。


「まず、この商談の席を設けて頂けたこと、誠に感謝しております。そしてこの席を設けて頂けたということは、条件次第ではソースの製造方法や特質等を教えて頂けるということで相違ないですか?」


「条件次第でな」


「ありがとうございます。是非、双方共に益がありますよう、実りある商談ができればと存じます。では、お売り頂けると仮定した場合、どのような商品形態をお考えですか?」


 店主は尋ねる。


「商品形態っていうのはどういう意味だ?」


 しめた、と私は思った。店主は元Bランク冒険者ではあるが商談はてんで素人だ。


「例えば、ワインボトルのように1瓶で売りたいのか、それとも1樽で売りたいのか、という意味ですね。もしよろしければあのソースの保管しているところに案内して頂けると、我々も提案しやすいのですが、いかがでしょうか?」


 店主は「わかった」と言って私とスミスを保管場所へと案内しようと立ち上がったが、子供が遮る。


「売りたい商品形態は1瓶ですね。1瓶銀貨70枚を要求します」


 我々は立ち上がったまま思考を巡らせた。

 

 ──ちっ、保管している所を見れば製造方法の秘密がわかるかもしれなかったのに……


 私は子供に言った。


「それは……何故か訊いても宜しいですか?」


「まず、大量生産するには時間と費用がかかる、ということと、このソースは僕らの宿屋には欠かせないものだからです。またそれを大量に売ると、ここでの営業に支障をきたす恐れがあるからです」


 幼い見た目以上にはっきとりした回答が述べられた。

 

「支障をきたす、というのは売る程の量がないからということですか?」


「それもそうだけど、市場に出回ることでここに訪れるお客さんが減っては困るのです」


「なるほど……」


 私は商談相手を店主から、この子供へと切り替えた。再び席に着く。


「……ソースの保存期間は如何程でしょうか?」


「1年と半年ですね」


 思ったよりも長い。あのしょっぱさは塩水を使ったものか……


「……先程、大量生産するには時間と費用がかかると仰っておりましたが、それは何故です?」


「アレを作るために特別な小屋を建てました。大量生産となるとその小屋を大掛かりに建て直す必要があるからです。そしてソースの製造期間は最低でも半年以上かかります」


 これがどこまでが本当で、どこまでが嘘の情報なのかわからない。この子供の語り口からして侮ることができないと私は悟った。


「今日頂いたオークのジンジャーソテーなる料理にもあのソースが使われておりましたが、例えば1瓶でどのくらいのジンジャーソテーができるのですか?」


「70人前程度ですね」


 私は瞬時に計算した。


「それでは我々の採算が合わない計算となってしまいますね……」


 ここで提供されたオークのジンジャーソテーは1人前、銅貨50枚だ。50×70人前で銅貨3500枚。つまり、銀貨にして35枚の価値だ。金貨1枚=銀貨100枚=銅貨10000枚の価値換算となる為、オークのジンジャーソテー70人前のおよそ2倍の値がソース1瓶についている計算となる。しかもこれはソースだけの値段であり、オーク肉やオニオン、ジンジャーの値段が含まれていない。


 不当な価格を押し付けていると私が主張したことになる。今の発言がそもそも不当を意味した発言だと受け取ってくれているのかどうか私にはわからない。すると子供は言った。


「オーク肉とオニオンや他のお野菜を炒め合わせたものはバーミュラーの街では大体銅貨90枚程度です。あのソースの名前は醤油というのですが、それを手にして、まさかここと同じ価格で売ろうとなさっているのですか?」


 市場価格を知っていたか。この子供に私は別の意味で興味を抱いた。故にまだ彼を試したかった。


「いえいえ、そのようなことではございません。ただこちらで、そんなに安価で召し上がれるのならば、お客様がわざわざ高い金額を払って我々の食事処に来て頂けないのではないかと思ったのですよ」


「この村に来るのは、殆どが冒険者です。商人と言えばこの村と契約した薬売りぐらいです。何故ここに商人が来ないのかご存知ですか?」


「続けてください」


「モンスターが出るからです。つまり商人は護衛を雇わなければここへ来ることが難しいんです。護衛の相場は──」


「いえ、もう結構です」


 これ以上は失礼に値すると私は思った。子供は、口を閉ざす。オークのジンジャーソテーの市場見込み価格とこの村へ来るのに必要な経費、それらを勘案しても、あのソースの値段、1瓶銀貨70枚は、適正な価格であると同時に我々にも十分な利益をもたらすことができる。


「わかりました。1瓶銀貨70枚で取引しましょう」


 私の一言で店主は肩の力を抜いたのがわかった。私は続けて言った。


「それでは、製造方法と一度にどのくらいの量を卸して頂けるのかを教えて頂けませんか?」


 子供は言った。店主と違ってまだ肩の力が入っていた。


「製造方法は秘密です……」


 やはりか。子供は少し間を置いて続けた。


「しかし条件を飲んで頂ければ、教えても構いません」


 意外な提案だった。


「条件とはなんでしょうか?」


 私は少しだけ腰かけていた椅子に浅く座り直して尋ねる。子供は言った。


「醤油の製造小屋の建て直しの請け負いと、ケインズ商会の武具店、鍛冶屋、道具屋をここヌーナン村に新しく出店して頂ければ、製造方法をお教え致します」

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― 新着の感想 ―
セラフさんの無双っぽいところ良かったです!
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