第70話 商人欲求
〈セラフ視点〉
目が覚めた。昨夜、アルベールさん達は上手く尾行をまき、ジャンヌの作戦通りことを運べたのだろうか?
僕がそんなことを目覚めて直ぐのぼ~っとした頭で考えていると、
「セラフ~?」
母さんの呼ぶ声が聞こえる。
「起きたら早く手伝いなさ~い!」
僕は部屋から出て吹き抜け部分から1階で掃き掃除をしている母さんに返事をした。
「ふぁ~い」
階段を降りて、食事処のテーブルを拭いているアビゲイルに挨拶した。
「おはよぉ~」
「おはよう!っもうセラフったら本当に朝が弱いのね」
「皆が強すぎるんだよ」
「早く顔洗ってきなさい!」
「ふぁ~い」
僕は大浴場を作った時についでに作った井戸から水を汲んで、顔を洗った。水源が確保されたことによって本当に便利になった。
「よしッ!」
僕は厨房へ向かうとまず、オーマの食事を作った。デイヴィッドさんとジャンヌが既に厨房に入って僕らの朝食を作っている。オーマの朝食は昨日の余り物のオーク肉の切り落としと鶏肉だ。
それを裏庭にいオーマに与える。オーマは僕の持つご飯には目もくれず、僕に抱き付くようにやって来た。僕はオーマの柔らかいモフモフの毛を一通り堪能した後、食事の入ったお皿を置いた。
もう一度厨房へ戻ってきた僕をデイヴィッドさんとジャンヌと、そこにリュカが加わり、僕を迎えた。朝食作りを手伝い、そしてそれを運ぶ。
家族揃ってご飯を食べる。
僕はこの時間が何よりも好きだった。昼食は皆が働きながら休憩時間中に各自で食べるのだから、この朝食と夕食が何よりも幸せな時間である。
食べ終えた僕らは、それぞれの仕事につく。僕はエールの買い付けだ。いつものように女神セイバー様にお祈りをして、修道司祭様からエール樽を買って、『黒い仔豚亭』に運ぶ。その後はアーミーアンツからキノコとモンスターの素材と人間でも食べられる食材をもらった。
素材と食材を持って厨房へ帰ると、デイヴィッドさんとジャンヌが狩りから帰ってきていた。リュカは大工のトウリョウさんと本館と別館を繋ぐ通路の建設工事をしている。
ローラさんとアビゲイルと母さんが宿屋に残って、宿泊しているお客さんに朝食を出したり、チェックアウトしたお客さんの部屋を清掃したりしている。大工のトウリョウさんの弟子のシデさんにもそれらを手伝ってもらっている。そして忘れてはならないのが、ハルモニア神聖国からやってきたお姉さんの造った石像だ。
僕はその石像を飾っている別館の通路と通路が交差するところまで行き、石像の様子を見に行った。石像さんの身体を拭ってピカピカにした後、精神強化が弱まっていないかを確認する。ここで精神強化が弱まっていたら追加で付与魔法をかけるのだ。リュカやジャンヌと違って、魔力を循環させるような神経が最初からないので、こうやって充電するように精神強化を付与しないと動かなくなってしまうのだ。
「これでヨシッ!」
僕は石像さんにサヨナラを告げた。その際、石像さんが礼をして、ただの石像に戻る。僕は、これから新しく始めたランチ営業に赴いた。
前までは食事処の営業が夕方からであり、食事等は宿泊したお客さん向けの簡単なパンや干し肉程度しか出していなかった。しかし大衆浴場の開放に伴って徐々に冒険者だけでなく観光客もヌーナン村に来訪するようになり、限られたメニューしか出さないランチ営業を実施することとなったのだ。
「Aセット、ライスで入ります!」
「こちらもAセットのライスお願いします」
「Bセット、パンが2番さんに入ります」
Aセットは葉物サラダとオークのジンジャーソテーとキノコのスープ、それとライスかパンを選んで貰う感じで、Bセットは鶏肉のソテーに醤油とオニオンとニンニクを炒め合わせたソースをかけたモノとサラダとスープになる。これもライスかパンか選べるようになっている。
この2つのメニューをランチメニューにしている。勿論今までのように干し肉とパンとスープだけのメニューもあるが、殆どのお客さんはこのランチメニューを注文する。
「Aセットお待たせぇ!」
僕はオークのジンジャーソテーをデシャップに出して、そう叫んだ。
今日のランチ営業でジンジャーソテーを幾つ作ったのかわからないほどだ。
──ローラさんに訊けばどのくらい出たのかわかるんだろうけど……
そんなことを考えているとランチ営業も、もう終わりを迎える。しかしそのランチ営業終了間近にやって来たお客さんが大きな声をあげた。
「このソースはどうやって作ったのですかぁ!?」
僕はもしや、と思って厨房より声のした方向を見る。
とうとう魚がかかった。
母さんが魚こと、テーブルに座り、オークのジンジャーソテーを指差す商人のような格好をした者に何やら質問されており、厨房にいるデイヴィッドさんを呼ぶ。
厨房の外へと手を拭いながら出たデイヴィッドさんの様子を僕は他のお客さんと同様に窺う。
醤油について尋ねているあの商人のような者はバーミュラーの街から来た観光客とは違って、豪華な光沢のある緑色の服を召しており、丸くて大きな眼鏡をかけ、そのレンズの奥には柔和だがどこか侮れない目付きをしている。そんな商人とその護衛なのか、青色髪で体格の良い青年がオークのジンジャーソテーを食べながら興奮しているような様子を見せていた。
眼鏡をかけた商人のような者はデイヴィッドさんに言う。
「このソースは実に素晴らしいです!オーク肉とよく調和がとれていて、甘いようで辛みも感じられ、オーク肉の味わいをより深くさせています!!」
「お客さん、お目が高いですね」
「えぇ、噂通りの美味でした!是非とも、このソースを我が商会に卸して頂けませんか?」
「商会?」
「失礼いたしました!私はケインズ商会のジョン・メイナーと申します。どうかこのソースを──」
デイヴィッドさんはジョン・メイナーという商人の言葉を遮って言った。
「うちの料理に目を付けてくれたのは、ありがたいが、少しだけ待ってくれるか?もう少しでこのランチ営業も終わるんだ」
「えぇ!いくらでもお待ちしますとも!なんなら、この宿にも宿泊しておりますので、夜の営業を終えてからじっくり腰を据えて商談しても問題ありません」
商人はそう言って、夕食が無料になる木の札を掲げ、自分が宿泊客であることを証した。
「おぉ、わかったぜ。そうだな、このランチ営業が終わって、夕方から始まる営業の仕込みが終わった後から話を聞こうか?その間、大浴場にでも入ってゆっくりしてってくれ!」
これで良い。最初から僕らが商人の力を借りて、この村を発展させたいと思わせてはいけない。
あの日、帝国の侵略を退けた翌日、敵の敵をそれぞれにぶつけることでヌーナン村の侵略を止めようと話し合った。それともう一つ、アビゲイルやリュカ達の愛嬌を使ってこの宿屋に話題性を持たせようという方向性の話もした。この村を発展させることによって、今よりも他所から侵略されにくくする。
──それには商人の力が必要だ……
商談はじっくり、互いの腹を探り合うことから始めなくてはならない。
僕は前世の宗教勧誘の記憶を思い出していた。飛び込み営業のように片っ端から、アタックをしても良いが、それでは勧誘確率も低ければ周囲の評判は下がってしまう。寧ろ勧誘という行為は、勧誘をする信者を孤立させることが目的の場合が多い。勧誘に明け暮れた信者はやがて頼る者がいなくなり、孤独となる。その孤独な信者を宗教団体が囲い込み、抜け出させなくさせる戦法だ。
それとは別の手法。互いの腹を探り合うことから始める。その探り合いで見つけた心理こそ、相手は信じる。僕らの最終目的は、王弟である僕の父さんの捕縛、ヴィクトール帝国とハルモニア神聖国を争わせ、ハルモニア神聖国とリディア・クレイルを争わせる目的がある。
今並べ立てただけでも目眩を引き起こしそうな大それた目的だが、それらを実現させるためにはまず、この村の防衛力を基盤にすべきだと思ったのだ。
その為には、お金は勿論、この村を守りたいと思ってくれる人との協力関係を築くべきであった。それが例えビジネスの関係でも結ばないよりかは良いだろう。
僕らは商人、ジョン・メイナーさんを待たせてランチ営業をこなし、夕方の営業の仕込みを終わらせる。
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〈シュマール王国六将軍カイトス視点〉
ヌーナン村に夜襲をかけた暗殺者どもをこれまで狩ってきた。王弟殿下がやたらあの村を気にしていたことを俺は不信に思った。だから自ら暗殺者どもを狩る任務を買って出たのだ。勿論、そうとは王弟殿下に悟られぬよう、只の忠義のためと見せかけている。
殿下は、俺達がヌーナン村の夜襲をかけた暗殺者を狩るのと同時に、国王派閥に属する有力貴族を暗殺させた。この暗殺者はヌーナン村に夜襲をかけた暗殺者達よりも余程優秀だった。
頭に包帯のような白い布を巻き付けた男。
──名はスレイ……
あの男は危険だった。元魔法盗賊だった俺の信号がビシビシと反応を示す。何が危険なのか上手く言葉にできないが、身体つきや身のこなし、言葉選びやその言動、椅子から立ち上がる所作ですら寒気を覚える程だった。
ヌーナン村に夜襲をかけたあの日、暗殺者達に一体何が起きたのかを俺は部下に尋問させた。しかし奴等は口を割る瞬間に死んでいく。
不信に思った俺は、死体を解剖させ、死因を突き止めた。心臓が鋭利な刃物によって切り刻まれていたのだ。
遠隔に魔法を発動させる魔法があるのか、ましてやそれを任意の瞬間に発動させることなど可能なのか?帝国に自分の感情を切っ掛けに魔法を発動させる魔法技術があった筈だが、それの応用か?それとも古代魔法にそんな魔法があるのか?同じ六将軍のバルカやアーデンに尋ねれば、それらしい答えが返ってきそうだが、奴等老将軍はインゴベル国王派閥だ。
俺の行動や言動を注意深くさぐり、本当のことを教えてはくれないかもしれねぇし、同じ王弟派閥の者に勘違いされても困る。かといってその王弟派閥に話を持ち込めば、俺が持っている情報を共有することになってしまう可能性がある。
同じ王弟派閥に属する将軍達は、現在仲間ではあるが、蹴落とし合う敵であり、何が起こるかわからない乱世の時代に情報は独占すべであることは間違いない。なるべくなら俺の持つ情報を流したくない。これは王弟エイブル殿下にも当て嵌まる。だから俺はこの暗殺者暗殺の任務を買って出たのだ。
そして昨夜、ヌーナン村襲撃の首謀者であるアルベールとその女の部下を発見した。元々目撃情報や暗殺者達の尋問を鑑みてバーミュラー周辺を集中的に捜索させて正解だった。
昨夜見つからなければ、今日のこの1日しか猶予がなかった。
そしてようやくその2人と接触した部下達が帰ってきたのだが、俺は頭を抱えた。
「暗殺者2人を取り逃がし、ミルドレッドに関しては明日の作戦で使用するつもりだった兵100人が死んだ?」
部下のミルドレッド、ヌーヴェル、ザクセンが俺にそれぞれ跪きながら報告したのを俺はまとめた。
ミルドレッドが言った。
「申し訳ありません!」
「どうやって殺られたんだ?相手は1人だったんだろ?」
「そ、それがよくわからず…瞬きをした次の瞬間には消えておりまして……」
「なんだと!?」
ミルドレッドは跪いた状態で俯いた。
「ヌーヴェル、お前は見ていたんだろ?」
「はい。ドッカーンって一瞬で爆発した感じでした」
「お前らが精神支配や幻覚魔法をかけられて、そのような幻を見たっていう可能性はないのか?」
ミルドレッドが答える。
「その可能性は否定できませんが…私の兵は、もう召喚できなくなっております……」
「召喚距離が超過したんじゃねぇのか?」
「いえ、あの後バーミュラーに戻り、待機させていた場所から兵達は消えておりました。その後、近くで召喚魔法を唱えましたが……」
ミルドレッドは最後まで言葉にはせずに、首を横に振った。
──なしのつぶてか……
「精神支配といえば──」
ザクセンがガラガラの低い声で言った。
「俺が追っていた女の暗殺者は、土属性魔法を使う女と一緒だった。その女はゴーレムを俺の魔法体と戦わせて、本体は身を潜めて、機を窺っていた……」
土属性魔法、ゴーレム。先程の精神支配と自らが口にしたことによって、とある可能性に思い至った。
「その女の顔は見たのか?」
「よくは見ていないが……黒髪だった。青みがかった……」
青みがかった黒髪のゴーレム使いの女。ミルドレッドやヌーヴェルが精神支配されたかもしれないこの状況。
「ハルモニアか……」
ミルドレッドが言った。
「し、しかし、私の兵が一瞬にして殺されたのですよ?そんなこと精神支配魔法では決してできません!」
「いや、お前らに兵士達が消えたのを見せ、後にその100人を殺したとすれば説明がつく」
「……で、ですが、アルベールは南に浮遊していきました。ハルモニアの息がかかっているならば、その場合北へと向かわせるのではありませんか?」
「それもお前らの見た幻覚の可能性もある。また、敢えて南側に行ったと見せて帝国の影をちらつかせているかもしれねぇ。アルベールは魔法詠唱者じゃないと拷問して訊いたんだろ?」
俺は今まで暗殺者を狩っていたザクセンに視線を向ける。
ザクセンは言った。
「はい……確か頬を腫らした暗殺者がそのような情報を吐きました……」
「帝国の魔法技術には感情で魔法発動を誘発させる技術がある。それを他者にかけるなんてできるかどうかわかんねぇが、それを逆手に取って本来魔法を使えないアルベールが魔法を唱えたかのようにして偽装したんじゃねぇか?ただ、帝国の関与も全く無視して良いわけじゃねぇけどな?」
「元々アルベールは帝国と繋がっておりましたが、その場合、敢えてヌーナン村の夜襲を失敗する必要があるのですか?」
「それはわかんねぇ。ただ、俺達六将軍のように、仲間同士の蹴落とし合いが帝国四騎士内にもある。それによぉ、アルベールが帝国と、部下の女が神聖国と別々に繋がっている可能性だってある」
「な、なるほど……そうであるならぼ我々はどう動けば……王弟殿下にご報告を?」
「いや、しない。ヌーナン村はどうもキナくせぇ。他の将軍共にこの貧乏クジを引かせる。俺達は明日の作戦、いや今日の深夜の作戦に集中するぞ?」
「ははぁ!」
「わかった……」
「うぃーす」