第69話 耳鳴り
〈アルベール視点〉
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「良いか、セツナにアルベール?」
ジャンヌの姉さんが言った。
「自分の身が危険だと思った時、それを唱えろ。そうすれば目の前の敵は死に、お前達はそれぞれ目的の地へと飛ばされる」
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姉さんの言葉を思い出しながら、俺はミルドレッドより召喚された100人の兵に向かって唱えた。
「ヴェントゥスインパクト!」
俺の詠唱を他所に、100人の兵が四方八方から襲ってくる。
「うらぁぁぁ!!!」
「うおぉぉぉ!!!」
「はあぁぁぁ!!!」
「あれ?」
生まれてこの方、魔法なんて唱えたことがなかった。誰しもが魔力を持っているのだが、その魔力を魔法に変換するには適性が必要であり、俺にはその適性がない。だから今まで剣を振るってきたのだ。
100人の兵が助走をつけながら剣を振り上げた。つまりは俺に剣が届く間合いまで後少しということだ。魔法を唱えた筈なのに何も起きない。
「う、嘘だろ!?オイ!!」
俺がいよいよ危機感を抱くと、俺に向かって風が下から上へ、そして上へ行った風がまた下へと循環し、縦回転するように高速で巻き起こる。その風は俺の正面と両側面、背面でも巻き起こり、高速回転している風がそれ以上早く回転することができないと踠くような鋭い高音域に達したその瞬間、回転していた風が圧縮され、俺や突撃してくる兵、雄叫びや鉄靴が打ち鳴らされる音すらも、全てが吸い寄せられる。しかしその吸い寄せは直ぐにおさまり、つかの間の静寂が訪れたかと思えば、雷が落ちたかのような轟音が鳴り響き、爆発した。
その爆発に巻き込まれた100人の兵は跡形もなく消え、少し離れていたミルドレッドとヌーヴェルが、今何があったのかといったような表情をポカンと浮かべている。
俺はさっき言った言葉を、もう一度言った。同じ言葉なのに用途が全く違っていた。
「う、嘘だろ……おい……」
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〈ミルドレッド視点〉
100人の兵を召喚した。暗殺者アルベールには多少嘘をついた。この召喚魔法には色々な制限がある。まずはその上限が人間ならば100人である点だ。これを知らない相手は、私が無尽蔵に兵を召喚できると思い、戦意を喪失させる。また契約した兵達と一定の距離を離れれば、召喚できなくなってしまう制約もある。
それらを隠す為にも、この魔法はここぞというと時にしか唱えることがない。また私は回復魔法士としてシュマール王国で知られているのも召喚魔法を気取られない1つの戦略である。そんな私が、たかが1人の暗殺者に真の魔法を晒したのだ。
絶対に逃げられないよう、そして誰にも見られないように調整しなければならない。その為には、短時間でこの任務をこなすことが条件の1つであるし、絶対に捕まえ、情報を吐いた後には抹殺しなければならない。
アルベールは、我がカイトス様の仕えるエイブル殿下の企てに勘づいている。
──インゴベル国王を捕縛し、クーデターを起こす……
その前に、エイブル殿下が気にしていたヌーナン村に夜襲をかけた暗殺者達の行方と夜襲の詳細を訊かねばならない。
ただ金を騙しとった裏切りなら良いのだが、そうでない場合、クーデター後の作戦に支障をきたす恐れがある。それだけでなく、カイトス様がやたらヌーナン村に興味を示していた。カイトス様が興味を示す時は、決まって何か裏がある。
だからクーデターという、大きな謀をする前に、懸念点を今の内にあらっておく必要があるのだ。
さて、100人の兵が今まさにアルベールという暗殺者を捕らえようとしている。アルベールを取り囲むように100人を召喚し、四方八方逃げ場のないようにした。
アルベールが怪我を負っても私の回復魔法で措置すれば問題ない。
兵達に隠密であることを伝え忘れたがまあ良い。一時の雄叫びなら目を瞑ろうではないか。
「うらぁぁぁ!!!」
「うおぉぉぉ!!!」
「はあぁぁぁ!!!」
私は自分の獲物を取られて不貞腐れているヌーヴェルを見た。
──どう、慰めてやろうか……
しかしその時、声が聞こえた。
「ヴェントゥスインパクト!」
何やら知らない魔法を唱えるような声だった。私は襲い掛かる100人の方に再び視線を戻した。
何も起きていない。
キィィィンと耳鳴りのような音が聞こえるが、気のせいだろう。アルベールを捕らえた後のことを考えようか。
すると轟音がアルベールのいた方向、私の召喚した兵の辺りから聞こえた。私はその轟音に一瞬怯み、目を瞑った。目を瞑ると言っても、普段の瞬きよりも大して変わらぬ行為である。つまり一瞬だ。しかしその一瞬で世界は一変していた。
瞬きをし終えた私が捉えた光景は、100人の兵がアルベールを捕縛した光景ではなく、アルベールがたったの1人でその場にいる光景だった。
──私の兵はどこへ行った!?
辺りを見回しても寂れた区域の変わらぬ景色しかない。先程まで雄叫びやら荒々しく走る足音やらがうるさいくらいに聞こえていたが、今は全くの無音だ。ヌーヴェルと目が合った。私の動揺を見てとったか、ヌーヴェルは首を横に振る。
「うぉっ!?」
アルベールの驚く声が聞こえた。私とヌーヴェルは直ぐにアルベールの方を見やると、アルベールは中空に浮き、鳥が飛ぶような高度まで達すると、そのまま南の方角へ飛び去って行った。
私とヌーヴェルの2人だけが、この場に取り残される。柔らかい温かな風が私の頬を撫で、嘲笑うようにして吹いた。




