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第66話 人形

〈セツナ視点〉


 深夜、姉さんの言う通り、バーミュラーから小都市トランボに向かう商人と交渉して、その馬車に乗せて貰うことになった。


 恰幅の良い商人の男は「まさかこんな美人の冒険者が乗ってくれるなんて嬉しい限りだ」と言って私が乗ることに許可をした。


 小都市トランボまでの道中の護衛に冒険者5人パーティーの男達が付いている。私も冒険者と偽っている為に途中で護衛の交替を申し出たが、ソロの女冒険者は何かと大変だろう、とのことで馬車の中でくつろいでくれと言ってくれた。


 そして私は今、馬車に乗り込み、姉さんの言う尾行対象者と2人で、たくさんの商品に囲まれながらトランボまでの道のりを進む。


 尾行対象者はマントと襟巻きをして、フードを被っている為に目元しか見えない。だから男であるか女であるかわからない。寧ろ、そのがたいの良さから男である可能性の方が高い。姉さん曰く、土属性魔法で身体に土を纏わせて体格を変えているらしい。


「トランボまで何をしに行くのですか?」


「……」


 返事すら返ってこない。あと二、三質問したが、同様の反応であった為、私は黙った。暫し沈黙の時を過ごすと、尾行対象の女は、立ち上がり護衛の冒険者パーティーの1人と見張りを代わる。


 ──やはり男と思われている……


 その女の代わりにこの馬車に入ってきた冒険者の男は、軽薄さを絵に描いたような男だった。私に鬱陶しいほど絡んできては、これまでの冒険者人生を語る。


 私はうんざりするような男の武勇伝の間に言葉を差し込んだ。


「お休みにならなくて宜しいのですか?」


「あぁ、全然問題なしよ!寧ろこれだけの美人と会話が出来て、こっちは癒されてんだ」


 会話。一方的で退屈な、新しい暴力と言っても過言ではない。冒険者の男はまた語りだした。


「今までたくさんの美人と会話してきた。公爵令嬢から奴隷の娘まで、本当にたくさんだ。男は、美女の為なら何でもする。いや、そうせざるを得ないんだ」


 私はその言葉に返した。


「ならば、男は武勇の為ではなく女の為に戦っているということになりませんか?」


 私が質問したことに男は喜んだ。


「お?確かにそう言えるな」


「そうであるならば男は女に支配される弱い存在なのでは?」


 一瞬の静寂の後、男は笑い始めた。


「ハハハハハハ!!そりゃちげぇねぇ!!男は女を従えてるつもりだが、その実、女に支配されて──」


 大笑いしていた男だが、馬車が突如として止まった。男は体勢を崩し、息を飲んだ。


「て、敵襲!!」


 その言葉を合図に私とのその軽薄男は馬車から降りる。


「ひ、ひぃぃ」

「た、助け……」


 月明かりと馭者の近くで灯る小さなランプが夜の草原を頼りなく照らす。そこに商人の男と馭者の悲鳴、短剣と長剣のぶつかり合う甲高い音、護衛の冒険者達の困惑の声が聞こえる。


「ちっ!?」

「なんだコイツら!?」

「ただの野盗じゃねぇ!?」


 赤黒いボロボロのローブを纏った者達が護衛の冒険者達にそれぞれ攻撃を仕掛けていた。


 ──尾行対象者は!?


 尾行対象者も同様にして、赤黒いローブを着た者に襲われていた。


 軽薄男が言う。


「今助け──」


 仲間達を助けようと一歩踏み出したが、私達の背後に同じ様なローブを纏った者が迫っていた。


「何人いんだよ!?」


 軽薄男がそう溢しながら、腰に差した短剣を抜き、ローブの者が振り下ろしたギザギザの刃の短剣を受け止める。


 軽薄男の真っ直ぐな刃の短剣がギザギザの刃の凹凸に挟まれたことによって、金属を引っ掻くような嫌な音が響いた。

 

 そんな戦っている2人を飛び越えて、もう1人の赤黒いローブを纏った者が私の元までやって来た。2人を飛び越え、そのまま落下する勢いを使って短剣を私の脳天目掛けて振り下ろした。


 私は杖を盾のようにして、振り下ろされた短剣を受け止める。


 ──?


 私は違和感を抱きながらも、この者達について考察した。


 おそらくバーミュラーで私のことを尾行していた者による仕業であり、ヌーナン村を襲撃した暗殺者仲間達を殺して回っている者だ。


 バーミュラーで私を尾行していた時は1人であった筈なのに、この護衛の冒険者5名と尾行対象のハルモニア神聖国から来たであろう女と私、計7名の戦闘人数に対してキチンと7名で襲ってきている。


 これは前以て馬車の護衛人数を調べ上げて人数を揃えたのか?それとも──。


 私は盾にしていた杖に魔力を込め、魔法を唱えた。


「ウィンドカッター」


 一筋の風刃が眼前の赤黒いローブを纏った者の胴体を真っ二つに切った。しかしその者から血は流れず、ボロボロのローブの切れ端が風刃によって切り裂かれ、その破片が舞っただけだ。


 ──やはり、魔力体(まりょくたい)……


 軽薄男を飛び越え、落下しながら振り下ろされた攻撃であった。全体重がかかった筈の一振を杖で受け止めた際に私は悟った。見た目以上にその攻撃が軽かったのだ。それに私が尾行されてから馬車に乗ることが確定した間に暗殺者7人を集められるような時間はなく、これが魔力で造られた人形であると予測がついたと同時に、この暗殺者の正体がわかった。


 ──カイトス将軍の部下に人形を操る者がいると聞いたことがある。名前は確かザクセン……


 私は1体の人形を破壊した為に他の人形の強度が上がったことに気が付く。


「うぉ!?」

「うわぁ!?」

「クソッ……」


 なるほど、操作する人形が減れば、その分残った人形の操作に専念できる。


 ──尾行対象者は?


 私がそちらに目を向けると尾行対象者は短剣で腹を貫かれている瞬間だった。そしてその短剣は引き抜かれ、呆気なく背中を地面につけて横たわる。そして尾行対象者を攻撃していた1体の人形が他の冒険者達の元へと加勢しに行く。私は魔法を唱えた。


「エアリアル!!」


 私から6本の小さな竜巻が巻き起こり、6人の赤黒いローブの者達に向かって突き進んだ。赤黒いローブの者達は竜巻に巻き込まれる。ローブを細かく刻まれ、中身の魔力体が霧散していく。


 ザクセンの魔法と風属性魔法を操る私とでは相性が良かった。魔力体を動かすには、その魔力体とそれを操るザクセン本体を魔力で繋ぐか、物理的に糸を魔力体と繋げて、その糸に魔力を通す方法等がある。いずれにしても私の風属性魔法と相性が悪い。だから中級魔法であるエアリアルを6つに分散させ、一つ一つの威力が弱まっていてもザクセンの魔力体を倒すことができた。


 このことによって、暗殺者を殺している者達は私やアルベールについて詳しくわかっていないことがわかる。そこには自分達の強さに対する傲りと暗殺者ギルドのことを侮っていた等の理由もあるが、それとは別に雇い主達に時間がないことも裏付けてもいた。


 ──近い内に何かやるつもり?


 冒険者の男達は私に感謝をした。


「アンタすげぇんだな?」

「助かったぜ」

「今の魔法は中級魔法かい?」


 そして横になる尾行対象者を心配するような視線を送る。私はその者に駆け寄ろうとしたが、商人の悲鳴が聞こえる。


「ひぃぃぃ!!」


 声のする方を見ると、赤黒いローブを着たザクセンが商人の首に短剣を突き立てていた。暗殺者である私に商人を助けるなんて選択肢はない筈だ。しかしザクセンは先ほどの私の魔法攻撃で仲間を助ける女として見えたのだろう。


 私は私で、この冒険者達がいる方がザクセンとの戦いが有利に運べると思ったから助けただけである。


「あの日、何があったのか言え」


 これは私に対する問いだ。しかし私は何も言わなかった。私の代わりに、軽薄男が短剣を構えながらそう叫ぶ。


「あの日?一体なんのことだ!?」


「あの日、ヌーナン村で何があったか言え」  


「ヌーナン村?」

「魔の森の近くの村のことか?」

「俺達は何も知らねぇぞ!?」


 その時、冒険者達の視線が私に注がれた。そして私は気が付いた。


 ──マズイ……この冒険者達が敵に回るかもしれないことを失念していた……


 5人の冒険者パーティーに身に覚えがないとすれば、質問の対象は残る私だけだ。仮に人質に取られている商人の男がそう悟り、自分が助かるために大金をはたいて私を捕らえろと命令すれば、この冒険者パーティーは私を捕らえようとするだろう。


 ザクセンの人形と、この冒険者達が協力すれば面倒になる。私は握っている杖に魔力を込め、姉さんより授かった魔刻印の発動の準備をしようとしたがしかし、次の瞬間、ザクセンは大地より突如として現れた巨大な手によって握り潰された。


 ──やはり生きていたか……


 馬車の背後、戦闘中の私達から死角となっているところより現れた者に私は驚愕する。青みがかった黒髪に石膏のように白い肌、鋭角の眉毛と平行して目尻の上がった鋭い目。


 ──ミ、ミカエラ・ブオナローテ!?


 ハルモニア神聖国三大楽典の1人だ。私は咄嗟に赤黒いローブの者に殺られ、草原に横たわった尾行対象者を見た。それは着ているローブだけを残して土に還っていた。


 ザクセン同様、ミカエラも途中で自分とゴーレムを入れ換えて行動していたんだ。それよりも、


 ──ね、姉さん……なんでこんな大物を知らないんですか……


 これでこの者はハルモニア神聖国からの使者であることが確定した。


「ちっ、これも人形か……本体は──」


 ミカエラがそう呟くと馬の嘶く声が聞こえた。私達は声の聞こえた方角を見る。馬に股がった者が遠くへ離れていくのが見えた。


「逃がすか……」


 ミカエラがそう言って、魔力を込め始めると冒険者の男達がぎこちなく動き出した。


「え?」

「身体が勝手に!?」

「な、なんだこれ!?」

 

 そう言ってミカエラに襲い掛かろうとする。ミカエラは舌打ちをする。


「ちっ!」


 私は一瞬考えた。これを機にミカエラを殺してしまおうか?いや、姉さんはミカエラをハルモニア神聖国にこのまま返すべきだと言うだろう。


 答えを出した私は魔法を唱えた。


「ウィンドカッター!」 


 風の刃が冒険者の男達を掠めるように舞った。逃げる時間を稼ぐために冒険者に付着したザクセンの魔力糸を切断する。


 文字通り糸の切れた操り人形のように冒険者達は草原に膝をついた。ザクセンはもう見えないところまで走り去っていた。


「た、助かったぜ」

「はぁ、はぁ、はぁ……」

「自分の身体が勝手に動くなんて気味がわりぃ……」


 冒険者達は私に感謝をし、思い思いの感想を口にしたが、5人全員ミカエラに視線を合わせる。


 流石にこんな大物が現れて、困惑するだろう。しかも極秘任務でこのシュマール王国にやって来ていると推測できるため、私達はミカエラを見たことで消される可能性がある。もし仮に戦闘となれば姉さんから授かった魔刻印を解き放つつもりだ。私が身構えると冒険者の男達はミカエラに言った。


「アンタ女だったんかい!?」

「すげぇ強いし、すげぇ美人だな!?」

「なんださっきの魔法!?土属性魔法か!?」

「それよりも身体が勝手に動いたとは言え、さっきはすまなかったな」


 私は思った。


 ──ミカエラのこと知らんのかッ!?


 ミカエラは暫し呆気に取られていたが、口を開く。


「今ので魔力を使い切ってしまって、少し休ませて貰えないか?」


「おお!そうすると良い!」

「さぁ、出発しよう!」


 消されない?冒険者が無知で助かった。


「さっきの奴は一体なんだったんだ?」


 1人の冒険者の言葉を受けてミカエラが言った。ミカエラは私を指差す。


「そのことについてお前、少し話がある。一緒に荷台に来い」


 私は緩めた緊張を再び張り直した。

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