第64話 恥じらい
〈ジャンヌ視点〉
早朝よりヌーナン村を出て、陽が傾き始めた頃に、ようやく小都市バーミュラーに到着した。高い石造りの壁、仰々しい門をくぐり、色とりどりの石畳や家々、人々の服装が私の視界を満たす。以前、バーリントン辺境伯の軍がバーミュラーまでやって来た際は、この門をくぐり抜け、ことの顛末と都市庁舎付近で隠密行動をしていた為にこの小都市をよく観察できていなかった。
──馬車というのはこうも移動が遅いのか……
ハルモニア神聖国から来たであろう女はバーミュラーに到着するとまず、きらびやかな街並みとは反対に人気のない路地裏に入り、土属性魔法を使って土を自らの身体に纏い始めた。そこから全身を覆うローブを羽織り、フードを被ると、端から見れば男のゴツゴツとした体型に見える。
──なるほど……このようにして偽装している辺り、この者がハルモニア神聖国から来たという可能性がまた一段上がる……
偽装をし終えた女はその格好のまま、ここから北東にある別の小都市トランボ──ハルモニア神聖国に近い小都市──へ向けて発車する定期便の馬車の時刻表を見ていた。暫しすると、その女はうな垂れ、商人達のたむろする馬車まで向かい、色々と交渉をしていた。
遠くからでもその話し声を聞こえるよう風属性魔法を使った。なんでも今日の夜に小都市トランボへ向けて出発する商人の馬車に乗せて貰うことになったようだ。
女は商人に感謝を告げて、バーミュラーの宿屋に泊まる。約束の時刻までその宿から動かないだろうと考えた私は少しだけこの小都市を歩き回った。
家々に灯りがともり始め、夕食の香りが仄かにし始める。
私は夜に染まりかけた街をまわり、私に特別注意を向ける者がいないかを探索した。
──あのバーリントン辺境伯の屋敷で感じたあの魔力……
あの手練れがもしかしたら私を狙っているかもしれない。
店に来る冒険者達の観察を私はよくしていた。冒険者のランクを、その立ち振舞いや魔力の纏い方を見て判断したりもしていた。しかし微々たる差しかないため、冒険者ランクを言い当てるのは難しかった。しかし辺境伯の屋敷で魔力を発していた者は、ハルモニア神聖国から来たと思われるゴーレムを操る女よりも遥かに強いと確信をもって言える。あんな奴らが、今後セラフ様や私を狙ってくるかもしれない。
現在私は街を練り歩く。私に注目している奴を確認する為だ。
結構いた。
私を狙っているような視線。それは殺意というよりかは、私のような背の高い女がこの街に少ないのか、私に注目する人が多かった印象だ。特に男からの視線を感じる。以前この街に訪れた時よりも数倍は注目されていると感じたが、しかし以前は隠密行動をしていたせいで注目されなかっただけであると直ぐに思い直す。
私は人目を避けて、一旦路地裏へと入った。
夕闇を更に濃密にする路地裏の細道。
暗い路地裏を歩いていると、私の前に3人組の冒険者のような出で立ちをした者達が立ちはだかる。
「よぉ、姉ちゃん?ここら辺じゃぁ見ねぇ顔だな?」
私と同じくらいの身長の男を先頭に、ソイツの部下と思われる2人がそれぞれ左右に立ち、嫌らしい笑顔を私に向けていた。勿論彼等の視線を私は気付いた為、ここへ誘い出したのだ。
──コイツら、何故私をつけ回すのか……もしかしたら王弟の情報を持っているかもしれない……
その3人の冒険者は、ちょうど私の進行方向を遮るようにして立つ。コイツらに尋問をしても良いのだが、コイツら以外にまだ私のことをつけ回している奴等がいる。尋問を目撃されるのは厄介だ。私は目の前の3人の間を通り抜けるように進行方向を少しずらして歩き、3人とすれ違った。
間を通る私を、ネットリと纏わりつくような視線で3人組は見つめてきた。私が完全にコイツらの横を通り抜け、3歩ほど歩くと、私と同じくらいの身長の冒険者が言った。
「おい!無視するこたねぇだろ?」
その言葉に嫌らしさと苛立ちが紛れる。
──一旦、もう少し奥へと行って、コイツら以外で私を監視する者達を撒いてから、このデカイ奴だけをさらうか?後の2人は塵も残さぬよう消してしまえば良い……
私は3人組からちょうど追い付けないような早さで路地裏を走った。3人の冒険者は私を捕まえようと追ってくる。
私は角を曲がり、立ち止まる。曲がり角の壁に寄りかかり、こちらに向かって走ってくる3人組を待ち伏せた。3人の内2人を細切れにするために、魔力を練り上げる。
3人の男達の気配が迫り、私の待ち構える角を曲がろうとすると、その3人組は突如として声を上げた。
「ぐあっ!?」
「ぐげぇ!?」
「ぐごぉ!?」
私は3人組の様子を窺おうと、来た道、先程曲がった角をもう一度曲がり直した。するとそこには石畳にのびて転がっている3人組がいた。そしてその3人組を気絶させたアルベールとセツナがいる。そう、途中で気が付いたが、3人組以外に私のことをつけ回しているのがこの2人だったのだ。私が何故だか注目されていたのでアルベールとセツナはなかなか私に会うことができなかったようだ。
バーミュラーへ来たのは、ハルモニア神聖国から来た女を尾行する以外にもう一つ目的があった。それはこの2人と会うことである。
アルベールとセツナの表情は何故か青ざめていた為、私は尋ねた。
「どうして怯えている?」
アルベールは震える口を動かして言った。
「い、いやぁ、その姉さん?」
「なんだ?」
「姉さんのとんでもねぇ魔力に当てられちまったもんで……その……恐怖が……なぁ?」
アルベールはセツナに視線を合わせた。セツナは激しく首を縦に振っている。
「そうか?それよりもお前らが手を出さなくとも、私1人で対処できたぞ?」
アルベールが口を開く。
「ま、街の中では、あんまり殺しはしない方が……その、死体も残りますし……」
セツナもその意見に同意したので、私は言い返した。
「そのくらいわかっている。だから跡形もなく切り刻んでやろうと思っていた」
またしても2人は表情を強張らせた。アルベールは言う。
「だ、だけど今日このバーミュラーは姉さんの話題で持ち切りだったんですよ。だからきっと色んな人に目ぇ付けられてて、この路地裏に入ったのだって色んな奴等に目撃されてたと思うんですよ」
「何故私が話題になっているんだ?目立った行動はしていないはずだが」
私は3人組の1人に訊こうと思っていたことをアルベールに尋ねた。
「そりゃ、姉さんが美人だからですよ」
「美人?ふざけているのか?」
アルベールが恐怖で表情を歪ませていると、セツナが口を開いた。
「姉さんは美人です!街の人達も姉さんのあまりの美貌に噂をしていたんです!!本当なんです!!」
私はセツナの前へ歩み寄った。そして手を前へ差し出す。私の手はセツナの右耳を掠め、そのまま路地裏の壁にその手をつき、セツナの眼前に迫りながら尋ねた。
「セラフ様も……そう思っていると思うか?」
「な、何をでしょうか……?」
セツナの顔が紅潮し、その心拍数が上がっていることがわかった。それは私も同様だ。何故ならとても恥ずかしい質問をしているからだ。
「セラフ様も、その……私のことを美人だと、思っていると思うか?」
「は、はい!思っているに違いありません!!」
私は視線をセツナから反らし、むず痒い表情をした。
──セラフ様が……私のことを美人だと思ってくれている……
私のことを美人だと言ってくれたことが過去にあったが、その時は只のお世辞だと思っていた。
この上なく嬉しい気持ちが込み上がってくる。
「あぁ、姉さん……恥じらう姉さんも素敵……」
セツナが何かを言っていた気がしたが、私は気を取り直して、アルベールに尋ねる。
「…頼んでいた情報をくれ」