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第56話 大トロ

〈セラフ視点〉


 尻尾を落とし、カマを切り、頭を落とす。僕は必死に動画投稿サイトでたまに流れてきたマグロ解体ショーのショート動画を思い出しながら、この水陸両用魚を解体した。


 マグロの見た目通り綺麗な赤い身をこの魚はつけていた。僕が考えながらぎこちなく魚をおろしていると、見かねたデイヴィッドさんも手伝ってくれた。後半はほぼデイヴィッドさんがやってくれた。ちゃんと覚えておこう。


「最後は背骨をとって……」


 背骨を持ち上げながら、身と骨の間に包丁を沿わせて切り進めていく。


 ようやくこの水陸両用魚をおろすことができた。綺麗な赤身から脂の乗った部分である中トロ、大トロと徐々にグラデーションで赤から白みがかったピンク色の身をつけたこの魚を、僕は早速食べようと食べやすい大きさに切りわけ、醤油につけ、口に運ぼうとするとデイヴィッドさんが言った。


「待て!!」


「ん?」


 僕は不思議がった。するとデイヴィッドさんが言った。


「生で食うのか!?」


 そういえばこの世界に来てまだ魚の刺身を食べたことがなかった。もしかしたら魚の生食なんて文化はこの世界にはないのかもしれない。僕は言った。


「何事も挑戦!」


 都合の良い言葉だった。いやこの大トロは絶対に美味しい。僕は確信があり、早く食べたかったのだ。


 大トロを口に運ぶと、思った通り、口の中で身がとろけ、マグロ特有の上品な味わいに上質な脂の仄かな甘味が口の中に広がった。


「ん~!!」


 僕は足踏みをして美味しさを噛み締めた。デイヴィッドさんはそんな僕を見ておかしくなってしまったのかと心配している。


「美味しい!!!」


 僕がそう叫ぶと、ちょうど本館と別館の間の通路をコの字型に繋げようと工事をしているリュカと大工のトウリョウさんが休憩でやって来た。


 リュカが美味しいと言った僕にダッシュで近付く。


「何がです!?何が美味しいんです!?」


 リュカさんは相変わらず食べることがお好きなようで。


「ちょうどよかった。リュカもトウリョウさんも食べてみてよ」


 リュカは目を見開き、鼻息を荒くして、大トロを手で掴んで醤油につけて食した。


「ん~~~~~!!!」


 もともとソプラノの高い声のリュカだが口に入れた瞬間、普段の1オクターブ高い声を出して美味しさを表現した。


 僕やリュカの反応に刺身に抵抗のあったデイヴィッドさんも恐る恐る大トロに手を伸ばす。リュカから遅れてトウリョウさんがやって来て言った。


「こりゃ、一体なんだ?」


 デイヴィッドさんが説明する。


「魚の生食ですよ……」


「魚を!?生で!?」


 覚悟を決めたデイヴィッドさんは目をつむりながら食べた。しかしその目は直ぐに見開かれ、あまりの美味しさに笑みを溢した。


「ブフッ!?なんだこりゃ!?めちゃくちゃうめぇぞ!?」


 僕がトウリョウさんにも薦める。


「これ実は刺身って言って、トウリョウさんが好きな蟹の刺身もほぼ生食に近いんですよ」


「なに!?刺身ってのはそういう意味があんのか!?」


 トウリョウさんもヨシと意気込んで大トロを食した。


「うぉぉぉぉ!!!?うめぇぇぇぇ!!?」


 歓喜の雄叫びが『黒い仔豚亭』に響き渡った。


 すると、正面入り口から女の人の声が聞こえる。


「ここに宿泊したいのだが、部屋は空いているか?」


 僕らは味覚の共有を一旦中断して、来訪してきた冒険者の接客をした。


─────────────────────

─────────────────────


〈帝国宰相マクベスの親衛隊バンコー視点〉


 陽光が高々と昇り、空を明るく照らしている。私は冒険者の格好をして、新設されたシュマール王国と帝国の国境をくぐる。まだまだ我が軍による爪痕が残ってはいるが、シュマール王国の国境警備兵はその任を全うしていた。


 トーマス・ウェイド率いる帝国軍がこの国境を仕切る関所を突破したが、戦に敗れ、敗走した。その中で、この関所を帝国のモノとしようとしたが、兵站が足りず(バーミュラーを占拠しようとした際は、バーミュラーの食料を略奪しようと目論み、また迅速な行軍をするため、トーマス・ウェイド軍は最小限の兵站しか用意していなかった)、帝都へと補給を要請するにも時間が掛かると判断したトーマス・ウェイドは、結局シュマールの領土を全く奪わずに帰還したのだ。


 ──そのせいで、マクベス様の評判は落ちてしまった……


 いや、皇帝陛下曰く、トーマス・ウェイドの判断のおかげで、マクベス様の首が飛ばなかったと仰っていたが、私は納得していない。


 ──現にマクベス様をお守りする為の存在である親衛隊の私が、トーマスの気にする村の調査をしに行く羽目となったのだ……


 1人よりかは、数人でパーティーを組んでいた方が冒険者としては自然であるため、私の他に後2人の冒険者を装った親衛隊を連れてシュマール王国へと入った。


 マクベス様の命令は、侵攻に先んじてシュマール王国に入った帝国兵400人の行方とバーミュラー攻略戦で失った2千の騎兵隊の行方を探る。そしてこれはできればだが、ヌーナン村の村長にも話を窺いたい。


 バーリントン辺境伯の協力を得て、400もの兵が国境を渡り、魔の森に近い小さな村、ヌーナン村を攻め落とす。その後は、兵達や物資を密かにヌーナン村へ送り、待機させ、次の日、帝国の大軍が国境を越えてバーミュラーの街へと行軍するといった作戦であった。


 思えば、先遣隊である400人の帝国兵がヌーナン村を落とせなかったのが敗戦のそもそもの原因なのかもしれない。


 本来であれば、帝国軍と王国軍が戦争をしている間にヌーナン村から出動した別の部隊が加勢に加わり、バーミュラーを落とす。もしくは、王国はヌーナン村を拠点の1つとして軍を向かわすかもしれなかった。その場合はヌーナン村に待機させた帝国兵とその軍とをぶつけてもよかった。


 しかし、その400人はヌーナン村を攻め落とせず、その後に送り込まれた3千人の隊の内2千数百人が還らぬ者となった。


 ──一体どうなっている?聞けば、2千人の兵は突如として発生した地割れに飲み込まれてしまったらしい……そしてその地割れは元に戻ったなどと、到底信じられないことを言っていた……


 私は400人と2千人の帝国兵の足取りを辿りながら、ヌーナン村を目指す。


 馬を走らせて数時間。ヌーナン村が遠くに見えてきた。しかし私は速度の十分上がった馬を止める。前足を高々と上げて(いなな)く馬と、それにつられて2人の親衛隊も馬を止めた。


「どうした?」


 尋ねられたので私は答える。


「ここを見ろ」


 ここから大地が不自然に柔らかく、3千人もの行軍による僅かな跡が途切れていた。まるでこの不自然な大地を境に雨が降ったような奇怪さであった。


 馬を歩かせ、この不自然な大地がどこまで続いているのかを確認する。その不自然な大地は直径150m程の円を描いているのがわかった。その円は2千人がまるごと収まる規模である。


「ここが例の地割れの現場か?」


 ただ単に、ヌーナン村が見えて、怖じ気づいただけのように見えるが、そのヌーナン村を良く見ると、村を囲うように防壁が築かれていた。


「攻め落とすのに臆したか……?」


 すると親衛隊の1人が声を発した。


「おい、これを見てみろ!?」


 私は言われた通り、それを見る。微かではあるが、その円から出るようにして何かを引きずるような跡が大地に残っていた。それは魔の森方面へと続いており、私と他の2人はその跡を辿った。


 そして、立ち止まる。


 ──魔の森……


 その跡は魔の森の入り口まで続いていた。今回はただの調査であるため装備は十分ではない。それに2千人と400人もの兵が行方を眩ませる程の出来事が起きた。


 ──しかもこの怪しげな跡を残して……


 四騎士トーマス・ウェイド曰く、この件にハルモニア神聖国が絡んでいるのではないか、とのことだ。


 私やマクベス閣下は敗戦の原因をハルモニアのせいにしているのではないかと疑ったが、この地面を引きずるような跡を見て、トーマス・ウェイドの言うこともあながち間違ってはいないのではないかと思った。


 ──ハルモニア三大楽典リディア・クレイルの精神支配を受けた?


 私は魔の森の入り口に馬を止め、佇み、暫く考えた。


 もし魔の森に入って事が起これば私達3人で対処できる気がしなかった。しかし装備を整え、この魔の森に再び赴こうとしても、雨が降れば、大地に残るこの跡が消えてしまうかもしれない。


 ──今を逃したら、手懸かりが……


 私は苦渋の決断を下す。


「ゆくぞ……」


 私達は魔の森へと入った。

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