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第55話 人生の意味

〈セラフ視点〉


 大浴場と別館が完成した。本館の奥に大浴場があり、その更に奥に別館がある。僕らの施設は縦に並んでいる位置関係となった。


 別館の造りは、木造と石造りのハーフティンバー様式となっており、1本の通路が真っ直ぐ伸び、その通路の両側に2つずつ部屋が建造され、その両側合計4部屋とそれぞれの部屋の上、2階にも同様にして部屋を作った。つまり合計8部屋を通り過ぎると、1本伸びた通路と交わるように十字路を造る。その十字路の交わった中央部分に飾りとして木を生やす。その十字路と木を通り過ぎると同じように両側に2つずつ部屋を用意し、その上にも2階部屋を造った。別館は全部で16部屋となった。2階へは十字路を左右に曲がった所にそれぞれ階段をシンメトリーになるようにして大工のトウリョウさんが造ってくれた。


 どうしてこのように早くして別館と大浴場が建設できたかというと、リュカの魔法のおかげだ。本当ならその魔法を秘密にすべきだったかもしれないが、大浴場建設の際に大工のトウリョウさんにその力を見られてしまった為に、協力することとなったのだ。


 勿論、トウリョウさんと弟子のシデさんにはリュカの魔法については秘密にしてもらっている。


 トウリョウさん達は次にこの村の居住者を増やすつもりで住居を幾つか建てようとしていたのだが、僕らの狙いである観光地として多くの人に来てもらおうという思想に共感してもらい、本館と別館を繋ぐ通路兼宿泊部屋の増築を彼らは提案してきた。


 つまりコの字型に『黒い仔豚亭』を大きくして、コの真ん中に空いたスペースに大浴場があるような形にしようとのことだ。


 僕は勿論賛成したが、デイヴィッドさんとローラさんがそんなに部屋数を増やしてしまうと、僕らだけで宿屋経営を回せなくなってしまうと心配していた。


 するとトウリョウさんはきっと直ぐに働きたいっていう奴が増えると何の根拠もなしに言ってきた。だが僕もトウリョウさんの意見に賛成している。それでも難色を示すデイヴィッドさんとローラさんはきっと、この『黒い仔豚亭』に他国からのスパイや暗殺者が働きに来るかもしれないことに警戒しているのだ。しかしトウリョウさんの弟子のシデさんを、働き手が足りなかったら貸し出すと提案され、この話はまとまった。


 ということでリュカとトウリョウさんの2人で現在、本館と別館を結ぶ通路兼、宿泊施設の増築建設を行っている。シデさんに大浴場の掃除してもらったり、チェックアウトしたお客さんの部屋を直ぐに他のお客さんが泊まれるようにリセットしてもらったりと早速大いに働いてもらっている。


 僕はというと、デイヴィッドさんと2人で魔の森へ来て狩りをしている最中だ。リュカが増築に忙しいので僕が一緒についていったのだ。


 デイヴィッドさんが言う。


「まったく凄いことになっちまったな?」


 僕は、黙った。何故ならこの凄いことというのが僕や母さんのせいでなってしまったからだ。するとデイヴィッドさんが慌てて訂正する。


「おい!勘違いするなよ!?俺は別にセラフやマリーさんのせいだなんて思って言ったわけじゃ──」


 僕は言う。


「わかってるよ。だけど、皆を危険な目に合わせちゃってるのは確かにそうだし、この前も水脈を移動させて地震起こしちゃったし……」


「あ、あれはまぁ、なんだ?次、気を付けりゃ良い。失敗は誰にでもある。寧ろその失敗は何かに挑戦した証だ。俺はセラフのそう言う挑戦的なところが好きだぜ?」 


 僕は前世であれをしちゃいけない、これをしちゃいけないと両親から教わってきた。神のために恥じない人間になれと口を酸っぱく言われてきたのだ。今の母さんだってあれをしちゃいけないと言うけれど、それは僕を心配してのことだった。前世の両親は僕が教えを破ったことによって起こる神の罰を恐れていた。決して僕の為ではなかった。


「だからどんどん失敗しろセラフ!それが俺達が生まれてきた意味だ」


 デイヴィッドさんの言葉に僕は笑いながら返した。


「それは言いすぎじゃない?」


 失敗が人生の意味だなんて僕にはそれがおかしくって、なんだか笑ってしまったのだ。


「言いすぎじゃないぞ?失敗は何かに挑戦しなきゃ決して起きない。生きている限り何かに挑戦してなきゃ面白くねぇだろ?寧ろ失敗を恐れて何もしないなんてのは死んでるも同然だ」


 やはりデイヴィッドさんの言葉には何かの力が作用していると思った。心の奥底にある前世の記憶、田中周作としての僕が洗われる気がした。そしてフツフツと込み上げる熱い想いが僕に行動という意欲をかきたててくる。


「じゃ、じゃあさ……もっと奥に行ってみない?ちょっと寄ってみたいところがあったんだよね」


「良いぜ、行ってみよう。マリーさん達には内緒でな」


 デイヴィッドさんはそう言ってウィンクすると、僕らは魔の森の奥地へと向かった。


 僕とデイヴィッドさんはアーミーアンツの背に乗って魔の森の奥へと向かう。奥と言っても、僕の行こうとしている所は最深部ではなく中間部の奥の方、方角で言えば東南東にあたる。


 どうしてそこへ行きたかったのかというと、アーミーアンツが発見した地下水脈の流れる先を知りたくて、ルーベンスさんの羊を探した時のように自分に付与魔法の感覚強化と魔力強化をかけて水脈の果てを探ってみたのだ。するとその先が魔の森にある大きな湖だということを知覚できた。その湖にはたくさんの海洋生物が棲息しており、新しい食材を手に入れることができるかもしれないと思ったのだ。


 また僕らが大浴場として利用したことにより、そこの湖の水位や生態系に異常がないかを確認したくもあったし、魔の森の最深部に目的の湖が食い込んでいるので、その最深部の様子も見ておきたいとも思ったのだ。


 ──アーミーアンツの女王は生態系には異常はないと言ってたけどね……


 僕らは目的の湖へと到着した。そのあまりの大きさに僕らは愕然とする。もはや海だ。白い砂浜に波が打ち寄せている。向こう岸も見えない。


「こんな所があったのか……」


 デイヴィッドさんがそう溢した。僕は靴を脱いで打ち寄せる波に素足をさらした。川のように冷たすぎない水温が心地よかった。そして感覚強化の付与魔法を自身にかけ、そこに更に魔力強化をかけて湖にいるあらゆる生物を触れるようにして把握したが、


 ──ッ!!?


 突如僕に寒気が襲い掛かる。僕は急いで湖から出た。


「はぁ…はぁ…はぁ……」


 僕の様子を見て、おかしいと思ったデイヴィッドさんが尋ねる。


「どうした?何かいたのか?」


「いた……」


「何が?」


「巨大生物たち……」


 前世の記憶を頼りに例えると、ダイオウイカにメガロドンにリオプレウロドンのような生物達。地下水脈から感覚強化と魔力強化で感じた生命反応よりもより鮮明にそれがわかった。ちっぽけで小さな僕を簡単に飲み込めるような巨大生物達。海洋恐怖症。僕はまさにそうなった。


 すると、一匹のマグロのような大きな魚が水面から飛び出してきた。どうやら僕の魔力に触れて刺激されたのだろう。強力なモンスターや魔力に敏感なモンスターともなると魔力を使って周囲を探知する魔力探知は相手側も知覚できることがあるらしい。


 ──ということはこのマグロのようなモンスターも強いのか?


 見た感じホブゴブリンよりも弱そうだが、そのマグロのような魚を良く見るとピラニアのような鋭い歯をガチガチ鳴らしながら僕に向かって飛んでくる。


「うわぁ!!!」


「セラフッ!?」


 僕は何とか躱して、安堵した。そして砂浜に打ち上がった無力な魚を見る。そのマグロのような魚は横になり身体全身を使って跳ね回っていた。


 ちょうどよかった。食べられるかどうかわからないが、コイツを今日の獲物にしよう。僕とデイヴィッドさんは目を合わせて頷き、同じ思いを共有したがしかし、そのマグロのような魚は横這いから縦向きに起き上がった。


「ん?」

「え?」


 よく見るとその魚には8本の足が着いており、僕らに向かって突進してくる。


 僕はその動きにかつてない程戦慄した。なんだかゴキブリのような動きだったからだ。


「ひ、ひぃぃぃぃぃぃ~!!!」

「う、うわぁぁぁぁぁぁ!!!」


 僕とデイヴィッドさんは悲鳴を上げて、逃げた。


「ッきんも!!コイツきんッも!!」


 アーミーアンツの背に乗って、この場から離れようとしたが、デイヴィッドさんが義足のせいか、乗るのに手間取っている。


 水陸両用魚がデイヴィッドさんに狙いを定めたのがわかった。僕は、自身に身体強化の付与魔法をかけて魚に抱き付き動きを止めた。


 ──うへぇ…ヌメヌメしてて気持ち悪い……


 僕はそのまま抱き付き、首というか全身を絞めつけようとしたが、ヌメリによって逃してしまう。しかし僕が動きを一瞬でも止めたおかげでデイヴィッドさんにも余裕ができ、持っているハンドアックスで魚に止めを刺した。


「はぁ、はぁ、はぁ……」

「ふぅ、ふぅ、ふぅ……」


 と僕らは恐怖を呼吸によって散らすと、横たわった魚を見つめる。


「コイツ、食えるのか?」


「ちょ、挑戦しなきゃ?」


「そ、そうだな……」


 デイヴィッドさんは僕に言った、たくさん挑戦し、失敗しろという言葉を少しだけ悔いているようだった。 


─────────────────────

─────────────────────


 セラフ達のいた湖の対岸、魔の森の最深部に、1人佇む者がいた。その者の持つ、くすんだ金色の針金のような髪が湖面を撫でるように吹き付ける風によって煽られていた。


 そんな風を気にすることもなく、その者は遠くにいるセラフを見て感涙していた。一度見てわかった。あの子供が自分を生み出した神であると。


「あぁ、あのお方……セラフ…セラフ様と仰るのですね……」


 そう言うと、この者は膝をつき、一度自分のことを両腕で抱き締めてから、天を仰ぐ。頬を伝う涙をそのままに、自らを抱擁していた腕をほどいて手を組んだ。


 セラフがこの者の視線に気づけなかったのは、生理的に受け付けなかった魚やその前に感覚強化と魔力強化によって湖にいた海洋生物に恐怖を募らせていたからである。


 その者は今この場で跳躍し、湖を飛び越えればセラフに会うこともできた。


 しかし、


「うッ……」


 彼は臆病者だった。


「セ、セラフ様の信徒として相応しい人物になってからお会いしよう!」


 その時、とあることを思い付いたようだ。


「フフフフ……こ、この魔の森の最深部にて、セラフ様の信仰が根付くよう、神殿や木像を造ろうではありませんか!!セラフ様がそれを見れば信心深い私の存在に気付いてくださるかもしれない」


 不気味な笑いを上げながら、この者はセラフ達を見送ると魔の森最深部へと消えていった。

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