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第54話 大浴場

〈セラフ視点〉


 岩をジャンヌの風属性魔法で砕き、それをリュカの土属性魔法で造った掘りに石畳──石畳よりかは少し乱雑に──のように敷き詰め、またリュカの魔法でそれらを固めて浴槽を造った。そこに『黒い仔豚亭』まで運んできた地下水脈を源泉掛け流しのようにして浴槽に入れ、僕の付与魔法を使って温めた。日本の旅館の露天風呂を意識して作ってみた。排水は地下からいつも水を汲む川の下流と合流するようにした。


 そう、僕は今造ったばかりの温泉に浸かっている。温泉とは少し違うが、まぁ広めなお風呂。大浴場の完成だ。


 この世界で大衆浴場は珍しいようで、浴槽に湯を貯めて入るなんてのは、貴族ぐらいしかしていないようだ。僕らヌーナン村の住民は川や桶に貯めた水で水浴びをしたり、手拭いで身体をふくぐらいのことしかしてこなかったのだ。


 それをこうして、温かい湯に浸かり、湯気によって幻想的な風景と営業の終わった後にくる気だるい疲れを、夜空を眺めながら、洗い流した。隣にいるデイヴィッドさんと目が合う。


「こりゃぁ、良いなぁ~……」


 すると、木で簡易的に造った壁の向こう側から声が聞こえる。


「セラフ様ぁ~?聞こえますかぁ~?」


 壁の向こう側にも同じような浴槽を作り、そこに浸かっているリュカが声をかけてきた。お風呂は男湯と女湯でわけている。今は簡単な作りになっているが、後に大工のトウリョウさんにも手伝ってもらい、キチンとした仕切りや脱衣所を作って完璧に男湯と女湯で分けるつもりだ。一般に解放するのはそれからである。


「聞こえるよぉ~」


 僕は答え、続けて質問する。


「湯加減はどうー?」


「最高ですぅ~♪︎」


 ふやけるようなリュカの声が聞こえる。僕は続けて尋ねた。


「ジャンヌもアビーもどう?気持ちいい~?」


 少し遅れてアビーとジャンヌの声が聞こえた。


「いいよー!」

「とても気持ちいいです!」


 僕は母さんにも訊いた。


「か、母さんはー?」


 まだ母さんに叩かれたお尻がヒリヒリしている。


「…良い湯加減よ」


 まだ微妙に怒っている気がする。確かに水を運んで地震を起こしてしまい、下手したら『黒い仔豚亭』を潰していたかもしれないし、怪我人をだしていたかもしれないのだ。お仕置きされて当然であった。ちなみにローラさんは今日の売り上げを計算しており、後で入るとのことだ。


 危険なことをしてしまったが、これは僕らにとっては大切なことでもあった。僕の狙いでは、商人だけでなく冒険者以外の一般のお客さんにもこのヌーナン村に訪れて貰えるように観光、或いは慰安の施設として注目して貰おうとしたのだ。

 

 後は冒険者の為の武具店や道具屋も必要だし、バーミュラーの街までの街道整備も考えなければならない。


 やることはたくさんある。僕が先のことに思いを馳せていると、アビゲイルの声が聞こえた。


「ちょっと!リュカ!?ダメだって!!」


「え~、良いじゃないですかぁ?」


 リュカの声も聞こえると、ここ男湯と女湯を簡易的に仕切っていた木の壁の端のところからひょっこりリュカが顔を覗かせた。


「セラフ様ぁ、こっちに来て一緒に入りましょーよ?」


「なっ!?」


 僕は顔を赤面させていると、デイヴィッドさんが言った。


「行ってこいって、まだまだ子供の内にしかできないことを今のうちにやっとけよ?」


 いやらしく笑いかけながら僕に言う。


 ──この人は本当に……


 僕は言った。


「い、いや!いいよ、リュカはそっちで──」


 僕が言いかけるとリュカは言った。


「じゃあリュカがそっちに行きますねぇ~」


 裸のリュカが何の躊躇(ちゅうちょ)もなしに男湯に入ってこようとした。しかしリュカの腕を引っ張る者がいて、リュカは一瞬、右半身が男湯に、左半身が女湯にとどまるようにして立ち止まった。


「ダメだってリュカ!!」 


 リュカの腕を引っ張っているのはアビゲイルだ。リュカはそんなアビゲイルに言った。


「アビゲイル様も、ホラッ?」


 リュカはアビゲイルの腕を引っ張った。僕はアビゲイルの裸を見まいと、背を向けた。


「ちょ、ちょっと!」


 アビゲイルの声は仕切りの向こうではなく、こちら側からする。つまりは男湯に入ってきたということだ。


「セ、セラフ!今、こっち見たらぶつからね!?」


 僕は背を向けて激しく頷いた。するとリュカの声が聞こえる。


「一緒に入りましょ?」


「きゃっ!?」


 トンと背中を押されたのかアビゲイルの驚きと焦る声がさっきよりも近くで聞こえた。


 僕はその声につい反応してしまい、後ろを振り返ってしまった。裸のアビゲイルが湯船の中にいる僕めがけて突進してくる。


 僕とアビゲイルは叫んだ。


「うわぁぁぁぁぁ!!!」

「見ちゃいやぁぁぁぁ!!!」


 僕は突っ込んでくる裸のアビゲイルを受け止めた。しかしその勢いは止まらず、抱き合いながら僕らは湯船に沈んだ。勿論2人とも裸だ。混乱の最中、アビゲイルにビンタをされて僕は気を失った。


─────────────────────

─────────────────────


〈アルベールと共にヌーナン村を襲った暗殺者視点〉


 あの日、ヌーナン村を襲おうとした日に俺は心臓に刻印を刻まれた。あの時は、真っ先に情報を吐いたおかげで、あの鷲のように鋭い目をした女は俺を見逃してくれた。


 しかし、今回は逃げられそうにない。


「はぁ!はぁ!はぁ!」


 夕暮れ時、俺は誰かに付けられていると思った。俺を追うような足音から逃げるように俺は走った。


 早く、シュマール王国から出ていくべきだった。帝国がシュマールの領土に侵入してきてから、この王国では暗殺が横行している。国王派閥の有力貴族が暗殺され、その暗殺した暗殺者も密かに殺されている。


 しかし俺は知っている。その殺された暗殺者達の殆どは、ヌーナン村襲撃に参加した暗殺者達である。それもその筈、ヌーナン村襲撃の作戦が失敗して、俺達がおめおめと生きているとなったら、その作戦を命じた者は俺達が裏切ったと思うだろう。


「うっ……」


 逃げるのに夢中となった俺は、気が付けば寂れ、崩れかけた区域にいた。いや、今思えばそこへと誘導するように足音や人影が配置されていた気がする。


「まっ、待ってくれ!!俺はもう足を洗ったんだ!!」


 寂れた区域に俺の声が虚しく響き渡る。あの日から、俺は暗殺稼業を辞めようと思っていた。しかし過去の行いをよしとしない女神による罰が下ったのだ。


 暗い影からボロボロの赤黒いローブを纏った者が壊れかけの廃屋から出てきた。


「あの日、何があったのか言え」


 あの日とはヌーナン村襲撃の日のことだと俺は悟った。しかしこの質問の仕方からして、俺達が単に金だけを手にして裏切った等とは思っていないようだ。そうか、ヌーナン村襲撃の作戦に参加した暗殺者達を今まで殺してきて、そいつらの態度がおかしいと悟ったんだ。


「い、言えねぇんだ!!もし俺が口を開いたら死んじまうんだよ!?」


「ならば今死ぬか?」


 落ち着き払った声は、俺の言ったことをまるで信じていないようだった。


「そ、そうだ!アルベールが全て知ってる!」


「奴はどこにいる?」


「し、知らねぇ」


 左肩に激痛を感じた。気が付くとキザキザの刃が俺の肩に食い込んでいた。もう1人、同じ様な格好をしている者がいつの間にか俺の背後に回り込み、攻撃してきたのだ。


「う、うぎゃぁぁぁぁぁ!!!」


「アルベールではなくお前の口から聞きたい。あの日、何があったのか言え」


 同じ文言と同じ落ち着いた声色が俺を恐怖させる。キザキザの刃を操る者は俺の左肩にその刃を更に食い込ませ、ギコギコと前後させた。


「いぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 俺は死ぬ。そう思った。そして何故あの鷲のような女が魔刻印を俺の心臓に刻んだのか、その理由が今わかった。 


 地獄のようなこの痛みから解放させる為である。 


 俺はそう悟ると直ぐ様叫んだ。


「あの村には怪物が──」


 俺の内側から弾ける音が聞こえた。視界の淵からその中心にかけて徐々に闇が蝕んでいく。俺は立つことができずに倒れ、意識を失った。


 俺は思った。


 ──あぁ、助かった…… 

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